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1億℃の心臓  作者: ねこのけ
第二章
17/27

第十七話 アンドロイド


「いらっしゃいませ~」


 今日も今日とてバイトの日々。土日は給料も増えるから仕方ないとは言え、やはり予定が詰まると疲れもたまると言うもの。


「すみません、これレシート間違っているんですけど・・・・」

「あぁ!申し訳ありません!!今返金しますので少々お待ちください・・・!」


 これだけ会計をしていればミスをしてしまう事もある。こういう時に優しいお客さんだと良いけど、怒鳴る人もいるからこっちが悪いとは言え疲れる。

 

 そうしていつものように不平不満を心の中で漏らしつつ、バイトを続け夕方を教える音楽が成り始めた頃。俺は上がりの時間だと気持ちを楽にしながらも、ピーク時でお客さんが多いからとレジから離れれないでいた。


「らっしゃいませお預かりします~」


 しばらく混みそうだからまだ上がれない事に、少しイライラしながらも仕方ないと会計を進める。だがそれぐらいならいつも通りでなんとも思わないのだが、今俺の目の前にいる奴がそれを邪魔する。


「・・・・いらっしゃいませ」

「こんばんわ~」


 そう言ってカゴをレジ台に置くのは渚だった。流石に勤務時間に来るとは想定しておらず、少したじろいでしまったが睨みをつけつつ小さい声で注意する。


「お前外出るなら先言えって・・・・」

「”お客様”になにかご用ですか?」


 何が面白いのか少し笑いながらそう言う渚。相も変わらず調子の軽い奴だが、俺がこの所微妙な反応していることに気付いていないのだろうか。それともそれを知っててあえてこんな調子なのか、それが分からない。


「4230円になります」

「カードで」


 差し出された俺のカードを俺が差し込む。今日の4時間弱の給料が今使われていると思うと、余計に疲労がたまる気がする。


「お前外で待ってろよ」

「そんな怖い顔しないでくださいよ~」


 そうして支払いを終えた渚を見送り暫くレジ作業をする事15分。やっとバイトから上がれた俺はそさくさと裏口からスーパーをあとにする。すると俺の言った通り待っていた渚が出迎える。


「お疲れ様です」

「外に出るときは事前に言えって」

「過保護すぎですよ~」


 そう言って渚は先へ歩いて行ってしまう。渚は人を殺して普通にというかこれまで以上に、俺に対して距離が近くなった気がする。俺こそは距離を作っているというか普通に接しれていないのだが、だからこそこの渚にどうすれば良いか分からないでいる。


 でも俺がここで渚を放置する訳にはいかない。俺がちゃんと手綱を握らないといけないんだ、そうして更にこのアンドロイドについて知る様に質問を投げかける。


「未来だとアンドロイドはいつできたんだ?」


 西日が差し込み下道を二人で歩く。するとそこまで抵抗を見せる事なく渚は答える。


「そこまで遠くは無いですよ。一般にまで普及するほど廉価になるのは300年ほどかかりますが」

「じゃあアンドロイド自体はもっと近い未来に完成するってことか」

「まぁ岳人さんが生きている内に身近になる事はないですけどね」


 ならば渚はいつの未来から来たんだろうか。この口ぶりだと300年よりも先の未来だとは思うんだけど。そんな俺の疑問に先回りするように渚は言う。


「ちなみに私は1,000年未来から来ました。といってもその時には私の認知範囲ではほぼ人類社会は崩壊してましたけど」


 これが渚を過去に送ったっていうアンドロイドの目的に繋がるのか。人類が滅ぶとか話が大きすぎて相変わらず実感は持てないけれども、情報を集めて損する事はない。そう俺は質問を続ける。


「・・・・・核戦争とか?」

「まぁそれも含め色々ですね。一気に崩れたっぽいですから」


 口ぶりからして伝聞系。恐らく渚自身が体験したというより知識としてあったという感じだろうか。でもそんな世の中で渚はどういう意図で作られたアンドロイドなのだろうか。人類社会が無いなら猶更意味分からないし、でも戦闘も出来るっぽいけど、それ専用ではないだろうし。


 そう俺がやっと本題として渚を知ろうと質問を投げかける。


「じゃあ渚はどういうアンドロイドだったの?」


「・・・・・私は━━」


 そう渚が悩むように口どもった時道すがらすれ違った人と肩が当たり、俺は咄嗟に謝る。


「あ、すみません・・・」


 俺がそう軽く頭を下げるが、ぶつかった相手は何か驚いたように目を見開いて俺をじっと見つめてきていた。


「えっと・・・・何か・・・・?」


 女の人。かなり荒んでいるのかクマも酷いし髪の毛もボサボサだが、それよりも俺はこの人に見覚えがあった。


(昨日街で喧嘩していた人だ)


 だがそう思っても女の人は黙ったまま俺達をジッと見つめて動こうとしない。俺はどうしたのかと、もしかして昨日道でぶつかったのを覚えてやり返しに来たのか、そう思い至った頃渚が俺の左手を握る。


「行きますよ。この人は━━」


 でもそうして差し出された渚の手の首を握り止めたのは、俺とぶつかったその女の人だった。


「君。アンドロイドなのかい?」


 渚の手首が歪みそうな程その人に強く握られていた。渚は痛みは感じないようで女の人を睨み返すが、それに負けじとその女の人も血気迫ると言う言葉が似あうほどすごんでいる。

 

 俺はそんな二人に挟まれ突然の事に混乱していたが、渚がもう片方の空いた手のひらを握ったのを見てまずいと判断し咄嗟に口を動かした。


「え、あ、アンドロイドってのは映画の話で・・・ね?渚?」


 渚がこの女の人を危険と判断すると危ない。なんでこの人がここまで怒っているのか知らないが、下手に渚を刺激させない方が良い。そう思って渚の拳を抑えるよう手を被せるが、女の人は俺に一瞥すらせず渚を睨みつける。


「渚はどういうアンドロイドだったの?ってどう解釈しても映画の話じゃないよな?」


 人の手首だったなら折れてしまいそうな程強く握られ、有り得ない方へと曲がってしまっている渚。だがその当人は何も喋ろうとすらしない。それが余計に不気味に感じて不安を掻き立てるが、女の人は止まらず渚に問い詰める。


「なんか言ったらどうなんだ。アンドロイドなのかあんたは」


 時間が時間なだけあって暗くなりつつあるお陰で、他の歩行者はいないから人目についている訳では無い。だがこの女の人の異様な感じのせいで、俺の冷や汗は止まる事を知らなかった。


「え、あ、あのアンドロイドって何言ってるんです?それに渚も痛がっているのでちょっと・・・」


 そう俺が女の人の手を渚から振りほどこうと手を伸ばすが、その女の人がキッ睨んできて目で制され俺は固まってしまう。貴女が危ないから言っているというのに、なんでそこまで怒っているんだ。そう言いたくなるが、やはり女の人の目的は渚らしくすぐ視線を外してしまう。


「痛くねぇだろ?なぁアンドロイド」


 渚に語り掛けるように女の人が言う。だが渚はまだ何故か黙秘を続け何も喋ろうとしない。だが渚はこの女の人をリスクと捉えてしまっているのか、拳は握られたまま。正体を知られてしまったなら排除すべきだとでも考えているのだろうか。


 俺はどうにかこの女の人の怒りを収めて渚から引き離さなければ。そうどうしようか悩むが、沈黙を貫いていた渚がやっと口を開く。


「私がアンドロイドだったらどうするんです」


 なぜ自身の存在を否定しようとしない。そう俺が思うと同時に、女の人は怒りを露わにし、俺を完全に押しのけ渚を自身に引き付け、互いに当たりそうなぐらいに顔を近づける。


「それは肯定と受け取っても構わないんだな」

「さぁ?貴女の回答次第ですね」


 明らか渚が敵対的な言動を女の人に取る。余計に俺の中で渚がこの女の人を危険に感じているのかもしれない。そう思うとやばいと焦ってしまうが、俺の目の前の二人は互いに引こうとしない。


「癪に障る奴だな。質問に答える気が無いって事か?」

「何度も言いますが貴女の回答次第です」


 何がなんだか状況は分からない。でもこれ以上この二人をヒートアップさせると渚がどう動くか分からない、そう判断した俺は物理的に間に入り無理やり距離を作らせる。


「あ、あのっ!!一回落ち着いて話しましょう!!!」


 強く女の人と渚の肩を掴む。渚は相変わらず何を考えているか分からないが、女の人は明らか怒りというか焦っているような厳しい視線を向けてくる。


「だから私は話し合いを提案しているのですが。拒否しているのはそちらでは?」


 俺の手を汚いとでも言いたげに振り払われてしまう。近くで顔を見ると分かるが目のクマにやはり様子がおかしいのはありありと分かる。そして渚の肩を掴んだ手もその当人によって振り払われてしまった。


「岳人さん。一度家に行きましょう」

「え、いや・・・でも・・・・」


 この人を連れていくのかと確認するように渚に尋ねるが、何か考えがあるらしく頷くだけ。すぐに危害を加えるつもりでは無いって事なのだろうか。それを判断する前に、そんな俺を押しのけ女の人は渚に問いかける。


「期待して良いんだな」

「私も同じく対話を期待してますね」


 言葉の応酬とでも良いのか。渚と女の人が睨み合って言い合うが、どうやら俺は蚊帳の外。だけどどうにか渚とこの女の人が敵対するよな事はあってはいけない。


 そうして気まずい空気の中なんとか二人の間に入って歩く。するとその時スマホが震えその通知に目を通す。どうやら渚からのメッセージらしいが、当の本人は何も俺に視線を送らずただ前を向いているだけ。女の人に気付かれないように見ろって事なのだろう。


彼女、アンドロイドに殺された裁判長の娘です。何をしでかすか分からないので私に対応を一任させてください。


 そのメッセージを確認し俺はスマホをしまう。対応を一任という言葉に引っ掛かりを覚えるから、今はそれを許可はしない。それに渚がリスクとしてこの女の人を認識している可能性が高い以上俺が上手く立ち回らないと。


(でもこの女の人はどこでアンドロイドの事を知ったんだろうか)


 そんな疑問は湧いてくるが、事実この女の人が怒っていると言う事は何かあったんだろう。そう俺は警戒しつつもマンションに着くと、ゆっくりと自室のカギを回す。


「・・・・どぞ」


 そうして部屋に入った女の人は座ろうとせずただ7畳の部屋で立ったままで、窓際側に座る渚を見下ろす。俺は最悪何かあってもいいように、玄関側を塞ぐように立ちその様子を眺める。


「で、私がアンドロイドかどうかでしたっけ」

「・・・・・」


 女の人は何も答えない。だがその答えを待つかのようにジッと渚を見下ろし続ける。


「端的に言えばアンドロイドです。ですが━━」


 そう渚が言いかけた所で女の人は動き出し渚の首に手を掛ける。そして押されるようにして渚はカーペットに押し付けられ、女の人に覆いかぶされられる。だが渚はアンドロイド、首を強く絞められたところで言葉を喋る。


「対話をしようと言ったはずですが」

「機械に会話なんていらないだろ」

「私は貴方の探す個体とは別ですが」


 場がキリキリと音を立てそうなぐらいピリつく。渚がなぜ自身の事をカミングアウトしたのか分からないが、この女の人も渚相手に暴力的になってしまっている。渚の不穏な感じからしてやはり放っておけない、そう俺は動き女の人の肩に手を置く。


「渚を殺したところで貴女の仇じゃない以上どうにも・・・」


 キッと睨み返される。恐らくこの人に正論だとか理屈はもう関係無いのかもしれない。そう感じてしまうほど殺意の籠った視線だった。


「殺すじゃなくて破壊だ。機械に感情移入でもしてるのか?」


 ここまで人に敵意のある視線を向けられたことが初めて心臓が縮む感覚を味わう。


「あ、いや・・・え、貴女は渚を破壊するつもりなんです・・・・?」

 

 そう俺が問うても女の人は肯定するように睨み返してくるだけ。この無言の回答が俺にとって肝の冷える物でしかなく、押さえつけられる渚の顔を俺は見る事が出来なかった。


 だがその渚はゆっくりと語り出す。


「貴女には今2つ選択肢があります」

「あ?何偉そうに・・・・」


 話を聞けと言わんばかりに渚が自身の首に絡みついていた女の人の手首を握り無理やり離し、女の人が押し返され体勢が少し上ずる。


「私の事を忘れるか、私に殺されるかです」


 最悪な選択肢。この女の人からして簡単に引くとは思えない以上、渚は本当に殺す事を選択として入れているのかもしれない。俺が前にあれだけ注意したというのに、やはり俺が忠告した意味を理解出来てないって事かよ。


 でも女の人も俺の予想通り引く気は無いらしく、押し戻さんと渚を押さえつけるようにして言い放つ。


「ハッ・・・なに機械の分際で偉そうに・・・!」


 そう言って開いていた左拳を振り上げるが、それが振り下ろされるより前に渚が女の人の体を引き寄せそのまま立場が入れ替わるようにして床に押さえつけてしまった。


「常識的に考えれば貴女が私に敵対する理由は無いですが」


 立場が逆転して女の人を下に渚が抑え込む。やはり殺す気なのかと俺は咄嗟に動こうとするが、下敷きになった女の人は暴れ言葉を荒げる。


「おまッ離せッ・・!!!」

「回答が無いなら殺すしかないですが」


 渚はただ冷たくそう言って右腕を振り上げる。その動作は女の人にも見えているはずだが、未だ引こうとせず暴れるだけ。渚の様子から本気でやりかねない、俺は茫然として固まっていた足を動かし、その渚の振り上げられた右腕を掴む。


「渚。対話するんだよね」


 声が震えているのが自分でも分かる。だって見上げてくる渚の顔は、本当に表情が無くただただ怖かったから。


「この人が危険な状態なのは理解してますよね」


 だから殺すのか。渚にとっては証拠を隠滅できるからデメリットは無いんだろうと言いたいのかもしれないが、やっぱり俺が人を殺すなと言った意味を理解していないらしい。


 俺はここで腹を括り渚の右腕を握ったまま強い口調を作る。


「ダメだ。お前が人を殺すなら自壊を命令するぞ」


 渚の意味の分からないと言いたげな無機質な顔が見上げてくる。だが強く押したお陰か、ここで引いてくれるらしく渚はため息をつく。


「貴方はつくづく甘い人間ですね」


 渚はそう言い命令だから仕方ないとその右腕を下ろす。そして渚は下敷きにする女の人に尋ねかける。


「私の所有者はこう言ってますがどうしますか?」

「・・・・・・・」


 俺は女の人の言葉を待つ。どちらにしてもこの女の人と和解しないといけないし、これ以上敵対的な行動をされたら渚がまた勝手しかねない。


 だが女の人の家族を殺された恨みはそんな簡単に消える物では無いらしく。


「・・・・・お前らを信用する訳なでいしょう」


 渚が再び拳を作ろうとするのでそれを目で制する。確かにこの人をリスクに感じるのはそうかもしれないが、いきなり暴力的にいこうとするのはやはり理解出来ない。何をそこまで渚にさせるのだろうか。


 だけど今は女の人だ。そう俺は向き直る。


「ですが闇雲に犯人を捜しても成果は出ないんじゃないんですか」


「・・・・・・・・・」


 全くの他人で一時間も話していない。でもこの人がかなり限界だってのは分かる。多分この人は不快に思うだろうけど、正直言って可哀そうという上からの同情が俺の心の中を占めている。


「昨日お友達と喧嘩してましたよね。大学の前で」


「・・・・・・・ッ」


 少しだけ反応を見せ渚に押さえつけられながらも睨んでくる。触れられたくない所だったらしい。

 でも俺は渚に視線をやり言う。


「離してあげて。俺は会話がしたい」


「・・・・・どうなっても知りませんからね」


 そう渚が離れ女の人が自由になると、そのままのそりと起き上がり俺を真正面から睨みつけてくる。


「カッコつけてるつもりですかね」

「・・・・・まぁそうかもしれないですね」


 俺からしたらなんでそこまでして恨んでくるのか分からない。同じアンドロイドだとしても別個体な以上関係ないはず。でもそれを分からない程彼女は追い詰められているのだろうか。それともそれすらどうでも良いのか。


「その顔が腹立つ。その同情したような可哀そうな奴を見る目がッ・・・・!」


 女の人がそう口走りながら俺へと距離を詰め襟元を掴み壁へと俺を押しやる。少しだけ恐怖心からか声が震えるが、それでも俺はこの人の為にあくまで強気に言葉を選ぶ。


「今の貴女は誰が見ても可哀そうですよ。だって差し出された手すらも振り払っているんですから」

「何知った口してんだよッ!!!」


 首元を一気に締められ壁へと強く押しつけられる。目が血走っているのが余計に恐怖を掻き立てるが、それでも俺は負けじと虚勢を張る。


「知らないですよ。貴女が会話を拒絶するんですから!!」

「・・・・だから・・・・だから・・・・・・言ってんだろ・・・・ッ!私の父さんはアンドロイドのせいで・・・・・ッ」


 だが何かが崩れ意図が切れたのか俺を押さえつけたまま女の人は頭を下げ声を震わせる。


「でも渚は貴方のお父さんを殺してませんよ」

「んなの知ってんだよッ!!知ってんだよ・・・・・でもッ・・・・・」


 恨む相手が欲しいって事だろうか。ずっと見つからない犯人よりも今すぐ当たれる相手が欲しい。そうじゃないと心を保てない。でもその対象として渚にされると、君の命が危ないって事を理解して欲しい。


「でもなんですか。貴女は何がしたいんですか」


 寄り添う選択肢もあるのかもしれないが、俺にそんな他人の人生を支えるだけの言葉を用意できない。だからそうやって彼女自身が納得した選択を出来るよう言葉をかける。


 するとその女の人は俺を強く壁に押し付けたまま言葉を零す。


「だからあいつらを殺してッ・・・・私も・・・・・・」


 自分も死ぬとでも言うのだろうか。

 ここまで覚悟が固まってしまっているのか、それとも固めないとどうにかなってしまいそうだったのか。今下手にこの人の復讐を止めようとすると一気に崩れてしまいそうな危うさを感じる。でもこの人は渚を諦めようとしない。


(この人に今選択する余裕は無いか)


 なら俺はどうするべきか。そう考えると、俺にはやはりこの人を放置する選択肢は無かった。


「なら俺達を利用すればいいじゃないですか。で、代わりに渚の事を黙っていてもらう。交換条件って奴です」


 そんな譲歩をする意味は無いが、この人をこのまま一人にさせるのはあまりに危険だ。それにいつか落ち着いてくれればまた違う選択をしてくれるかもしれない。


「偉そうに・・・・上から・・・・・・」


 感情を出し切ったのか少しだけ冷静になったらしい。少しだけ考えているのか俺の首を絞める手が緩む。その間向こうで渚が今にも襲ってきそうな剣幕で俺を見てきているが、それでも俺の意思は変わらない。


「だから互いに利用すれば良いんですよ。上も下も無いです」


「・・・・・・・」


 それに渚がどうこうよりも、この人の復讐劇を止める事は今は出来ないだろうが、いつかはそれを辞めさせてあげたい。復讐は何も生まないなんて事は言わない。そうしないと納得できない事だって世の中にあるし、俺だってそれは経験がある。


「今貴女がしたい事、しなければいけない事をしっかり考えてください」


 けどこの人は悩んでいる。悩んでいるなら悩み切る時間だって必要なはず。でもそれを彼女の復讐心が邪魔をしているのかもしれない。だから少しだけ落ち着く時間を確保してから決めても遅くない。もしそれが破滅的な選択だったとしても。


「どうします。あとは貴女が手を伸ばすだけです」


 首に押し付けられた女の人の手を押し返す。感情が激流の様に溢れているのか怒ったかと思えば涙を流す。こんな人を見れば誰だった放っておけなくなるものだろう。


 だが結局は俺の選択肢は間違っていたのか、女の人は俺から一歩距離を置くとうつむいたまま脇を通り抜けていってしまう。


「あ、ちょっと待って・・・・」


 俺が振り返り肩を掴もうとしても、気付いた時には玄関の扉がバタンと閉じられた後だった。結局俺は何も出来なかった、何かしようと空ぶってしまった、それを教えるように沈黙が流れる。


 でもそんな沈黙を破ったのはいつの間にか俺の後ろに立っていた渚だった。


「初対面の相手にあそこまでよくしますね」

「・・・・そういうお前は殺人を安易に考えすぎだな」


 俺は釘を指すように振り返り渚の答えを待つ。すると渚は少し顔を伏せながらも自分は正しいと言いたげに、俺を見上げる。


「所有者の生命に危険があれば障害を排除するだけです。彼女はあまりに危険ですから」


 関わるのを辞めるべきだと俺に警告する視線。勿論俺と渚の事だけを考えればそうなのだろうけど、生憎そんな考え方ができる人間じゃない。


「でも俺は”人”だから。いつも合理的に判断できる訳じゃない」


「・・・・・・・」


 渚の力を使えばあの女の人を殺して隠しきる事も出来るんだろう。そしてあの様子を見ればいつ暴発して俺らを殺しに来る可能性だってある。だけどやはり俺に人を殺す選択は出てこない。


「絶対に彼女に危害を加えるなよ」


「・・・・・・・私は・・・・・・アンドロイドですから。命令には従います」


 不満不服。ありありとそんな感情らしき物を俺に見せてくる。

 だが俺はまだこのアンドロイドに命令しないといけない事がある。


「あの女の人の位置情報教えて。一人にさせておくわけにはいかない」


 静かに渚は頷く。

 あの状態の女の人は何をしでかすか分からない以上、何が出来るか分からないが追いかけないと。そんな直感でしかないが、ここで何もしないのは俺の罪悪感が許さない。


「あと、渚はここで待機。位置情報だけ俺に送ってくれれば良いから」


 また渚は不満そうに静かに頷く。でもそれで俺は満足しすぐに服を着こみ靴を履く。そうして俺はアンドロイド一体を家に置き、冬空の下走り出したのだった。

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