第十三話 夜を抱えて
右手にレジ袋を食い込ませ、暖房の効いた店内から外へと踏み出す。
「・・・・・・寒」
どんよりとした空。少しだけ頭痛がする。
今日は何だか変な1日だった。あいつと飲んだと思ったらいつの間にかぶっ倒れて、起きたと思ったらゲームしてそのまま学校に行って。
「ねっむ」
そのせいであくびが止まらない。その睡眠不足のせいもあったのだろう。分かっていたのにあいつが私との事を覚えていないのに腹を立ててしまったのは。
でもそれと同時に僅かな違和感もある。岳人は警察を呼んだと言っていたけど、それなら私にも話が来ないとおかしい。でもそれは無いし、あとあいつの部屋なんか一人暮らしっぽくなかったのも気になる。
(前の買い物の連絡と言い、同棲中の彼女でもいるのだろうか)
少しだけ袋を持つ手が強まる。だけどあいつにそんな事出来る器用さも性格も無いとは思っているから、余計に分からない。
「・・・・・・・」
そうして考え事が回っていると手のひらに一瞬冷たい感覚があった。今朝の天気予報を思い出し、それで空を見上げた私は足早に帰路に付く。
「・・・・ま、でもあいつは信用したい」
手のひらに降り積もった雪が解け切る前に握り、そして同じように冷たい雨が降った日の事を思い出していた。
ーーーー
今から1年と少し前の夏頃の事。
大学生という全く新しい環境に人間関係。やっとそれらに慣れ始めていたけど、そんな中でもずっと変わらない物は高校からの彼氏の存在だった。
「またねーっ!」
「うん、また明日」
大学で新しく出来た女友達と別れを告げ、一人帰路につく。友達も出来て母さんも安定してるし、この所はまさに順調と言っても差し支えなかった。そんな生活に少し不満点を挙げるとすれば、最近彼氏の康介と予定が合わずあまり会えてない事ぐらいだった。
「・・・・・梨沙」
そんな帰路の中、スマホの待ち受けに表示されたメッセージの主は高校の頃の友達だった。久々に連絡が来たけど今何をしているんだろう、そう思いながらメッセージ画面を開く。
康介君と別れたの?
そのメッセージに息がつまり手が止まる。でもすぐに最近康介との写真を上げていなかったからそう思ったのだろう、そう考え平静を取り戻す。
なんでー?
少しだけ心拍が跳ねたけどなんとかそれを抑えつつ返信する。そしてすぐに既読が付かないのにやきもきしつつ、待つ事数分画面に新しい返事が表示される。
美緒の投稿見てないん?
また高校の頃の友達の名前が出てくる。美緒は中学からの友達でいつも仲良くて一緒に居た子だったけど、この所は大学が違うのもあって少し疎遠になっていた。それでも繋がっているから投稿も見ていたはずだけど・・・・
なにそれ?
心臓の音が段々と近づいてくる。でも指はまだ震えながらも動く。
ツーショ上がってたからどうなんだろうなーって
そうなんだ
まだ確定じゃない。美緒が私に気を遣って投稿を非表示にしていただけかもしれない。それに元々あの二人も仲良かったし大学も一緒だからそれぐらい・・・・
まぁ別れて無いならよかた!またご飯行こ!
そう一方的に理沙は打ち切ってしまった。ただ私に小骨が喉に刺さった様な不快感だけを残して。
でもまだ私の心はまだ九割友人と彼氏の事を信じていた、信じたかった。だけども結局残った一割の不安で康介へメッセージを送る。
いまなにしてる?
数分・・・・数十分・・・・1時間・・・・・・そして4時間程が経っても既読も返事も無い。その間に家には帰ったが、上の空と言えば良いのか家事にも手が付かずベットの上で寝転がる。
(今日バイトじゃないし今どこにいるんだろう)
そうふと思い出したように康介の位置情報を確認する。
「・・・・・え」
だが位置情報が切られている。昨日は切れてなかったのにそれに、今はもう22時になろうとしているのにだ。
そこで一気に不安になり電話を掛ける。が、何度コール音が鳴ってもそれが終わる事無く切れてしまう。
「なんで」
気づいたら外に出ていた。家で一人にいるとどうにかなってしまいそうだったからかもしれない。何か考えがあるわけでも無く体が動いていた。
「・・・・・出ない」
熱帯夜特有の嫌な暑さが肌に張り付く。ただただ不安だけが強くなって、どんどんど胸が苦しくなっていく。
「・・・・・・・なんでなんで」
何度電話しても出ない。これまでも出ないときはあったけど、タイミングがあまりに悪すぎる。
フラフラと街中をさまよいながら何度も電話をかける。気付いた頃にはゲリラ豪雨と言う奴なのか、全身を強く打ちつけるような痛みが走る。
そして日が変わる少し前頃。やっと私が求めていた人から返事が返ってくる。
バイトおわり~どしたん?
そのメッセージを見てすぐに電話を掛けるが何故か出ない。そしてその代わりに新しいメッセージが来る。
今店長とか周りにいるから電話ちょいきびい
雨粒でよく画面が見えない。でも何度も雨粒を拭って激しくなる心拍に合わせてメッセージを打ち込む。
位置情報なんで止めてるの?
既読はすぐについた。けどさっきまでと違いすぐに返事が来ない。
決定的な何かがあった訳じゃないのに、心の中にある嫌な予感がどんどんと強くなってしまっている。
あ、ほんとだなんでだろ
スマホが震えそんなメッセージが表示される。だけど未だ康介の位置情報は止まったまま。
フラフラと立ち入った公園のベンチに座り込み返事を何とか打ち込む。
そんな勝手に止まる訳ないじゃんなんで止めるの
何度かメッセージを入力中となりまたそれが消え、そうやって繰り返される内に雨のせいかどんどんと私の中の熱が冷めていく気がした。
知らんてなんでそんな怒ってるん?
位置情報止める人信じられないんだけど。それにバイトだって今日入ってないはずでしょ
店長に急に入ってって言われただけだって
さっきから怖いって笑
そうメッセージのやり取りをしていても、未だに位置情報は切られたまま。この辺りで私はしびれを切らして美緒の投稿の事を切り出すことにした。
位置情報も切ったままだし美緒との投稿は何
また康介からの返信が止まる。
いや私が返信が来るまでの時間を嫌なほど長く感じてしまっていただけかもしれない。そして雨粒で画面が歪んだ中また画面が動く。
勝手に撮られただけだって
別にそういうのじゃないから
もう雨のせいか体は冷え切ってしまっていた。
どっちにしても会ったの隠してたんでしょ
思えば私達が付き合ってからも美緒と康介の距離の近さは変わってなかった。それに二人は同じ大学だし幼馴染。全く疑わなかった私がおかしかったのかもしれない。
いやいやあいつとはそういうのじゃないって知ってるでしょ笑
なにマジになってんの?笑
画面が歪んで何も見えなくなっていく。体の中の熱を吐き出すように顔が濡れ落としていなかったメイクを流していく。
じゃあ早く位置情報戻してよ
そう催促してもただ既読だけが付き何も返信が来ない。でも位置情報もいつまでたっても切られたままで何も分からない。やっぱりそうなのかと疑念だけが時間と一緒に増えていく。
ごめん信じられない
もういい
そう勢いで送ったものの、でもまだ何かを期待していた気持ちもまだあったのかもしれない。メッセージを送った後も私はトーク画面を閉じずにジッとうつむいたまま眺める。
でも返事が来る事無く日が変わってしまいそうになった頃。殆ど体温の奪われ白くなった手で握るスマホが揺れた。
めんどくさ
それだけ。それだけの五文字だった。
でも私がやっと画面を閉じれるには十分な理由だった。
「・・・・・・・2年かぁ」
ベンチに背中を預け街頭の間にある真っ暗な夜空を見上げる。そんな自分を惨めにでも思ったのか、自然と笑いが込み上げてくる。
「あっさり・・・・こんなに」
顔すらそれどころか声すら交わさず、たかだかこの板越しに2年の関係が終わってしまった。
自分から言った事なのにどこか現実感が無い。怒りとか湧くものだと思っていたけど、ぽっかりと喪失感と後悔が湧いてくる。
「さみしい」
そんな気持ちと雨の雑音を遮る様にフードを深くかぶりベンチに横たわる。もう今はただ動きたくなかったから。
ざあざあ
雨が打ち付き最早服を着ている意味さえない程濡れる。足先は冷たく何も感覚が無くなってくる。
そうして段々と視界に入る灯が遠のき始めた頃、激しかった雨音までもが耳元から遠ざかった。
「大丈夫です?」
バラバラと傘に雨粒が当たる音の中、誰かの声が混ざって聞こえる。その声で再び瞼を開けフードの隙間からその声の元を見上げる。
「あの、不審者とかじゃないんですけど、ただ流石に見過ごすわけにはいかなくて・・・・・」
アワアワと言い訳をするように言葉を並べる男。おおよそ同い年だろうけど、今の私にそれを相手する元気はなかった。
「・・・・お構いなく」
そう再びフードの奥に隠れようとするのだけど、雨粒は依然として私に降り注ぐことが無かった。
「あの、ご家族とかに電話しますし、それがあれなら警察にでも行った方が・・・・」
うるさい
雨音は気にならなかったのにこいつの声はやけに腹が立つ。そう思うと自然と口が動いていた。
「どっかいけよ」
「え?なんて言いました?すみません雨で聞こえなくて」
この時私は起き上がって自分でも驚くぐらいの声量が出たのを覚えている。
「どっかいけって言ってんだよッッッ!!!!」
でもその声もすぐに雨音にかき消されただ私が肩を揺らしているだけだった。そしてその言葉を浴びせられた当人はと言うとそれでも引く気は無いらしく。
「あ、あの不快だったならすみません。これ水開けて無いので、あとこれタクシー代で足りるか分からないんですけど・・・」
ベンチの上にペットボトルを置き、私の手のひらの上に三枚の札を握らせてきた。
理由は分からない。この行為が切っ掛けかも分からないが、やっと今私が泣いていると認識出来たのは。
そして自然に体が動き咄嗟に私に傘を持たせ去ろうとする男の手を握る。
「え、ちょ、ど、どうしました?」
「・・・・・・・・・」
自分でもなんでこんな事をしたのか分からない。だからただ手を握ったまま固まってしまっていた。
すると男は困ったようにしながらも、雨で濡れているというのに傘を私に傾けながら隣に座ってくる。
「・・・・・何かお話を聞くだけで楽になるなら聞きましょうか?」
顔を見る事は出来ない。未だに私はフードの奥に隠れているのだから。
そうして私が黙って手を握ったまま何も言わないでいると、男は少し考え込み傘が雨音を弾く音の中言った。
「まぁどうせこの場限りの他人ですから。ある意味話すには気が楽じゃないですか?」
心がぽっかり穴が開いているせいだろうか。私はその言葉に揺れてしまったのか、フードの奥に隠れ零す。
「・・・・・そうなのかもな」
「そうですよ。きっと」
結局この時私はあった事全部を話した。正直何をやっているのか自分でも分からなかったけど、確かに話せば話すほど少しだけ胸が軽くなったような気がしていた。
そうして一人ぼっちになってここで日を跨いだ事、雨と涙でびしょ濡れな事、全部忘れたまま抱いていた気持ちを吐露し続けていた。
「だって2年。2年も一緒にいてあんな終わり方・・・」
「・・・・そんな物だったのかって思っちゃいますよね」
「それに美緒の奴だってなんでそんな事すんだよ。親友じゃねぇのかよ・・・」
「・・・・・ショックですね」
男はゆっくり私の言葉を聞いて少し考えた後にいつも答えて話を聞いた。それが私の為に気を使っているのか彼の話し方なのか分からないけど、余計に私は胸に溜まっていた物を吐き出すように言葉を続けていた。
「来月で丁度2年目だからどっか行こうって話してたから、バイトも増やしてたのに意味分かんねぇよ・・・・」
こんな事を言っていた時には既に大雨だと言うのに数十分ぐらいは話していたと思う。でもこの時珍しく男が黙ったのでフードの隙間からその顔を見る。するとまたもや考え込んだ後それは言った。
「でも未練はあるんですよね?」
私の顔を見たように思えた。でもすぐに私は顔を伏せフードの奥に再び隠れたから、それが事実なのかどうかは確かめる術がなかった。
「・・・・・無いと言ったら嘘になるけど・・・・・あんな奴」
「でもされたことは許せないと」
「・・・・・・」
自分でも自分の気持ちを理解出来ない。あんな奴の事今すぐ忘れたいのに二年という時の長さがそれを邪魔する。
「ありきたりですし、こんな事他人に言われてもかもしれないですけど」
男はそう前置きして言った。
「前向くしかないですよ。きっと他にも良い人がいますし、それがもしかしたらその彼かもしれません」
「それはッ━━」
そんな私の反射の言葉を遮る様に男が珍しく強く言葉を被せる。
「貴方が好きになって付き合った相手なんですから、また何かあって復縁する事もあるかもしれないですよ?未来は何があるか分からないんですから」
頭では拒絶したいのにそれを否定しようとすると胸が痛む。こんな一貫性の無い自分が嫌になりそうになるけど、ふと私が握っていた男の手が動く。
「今貴女にとってはありえない未来なんでしょうけどね。案外時間が解決する事もあるんです」
そう言って男は握った手を離しそのまま私の手に傘を握らせてくる。
「だから今日は帰ってお風呂入ってよく寝てください。間違っても自分を蔑ろにしちゃだめですよ」
その手はとても暖かかった。それに男の言葉を受け入れつつある自分も居て、その暖かさがどこか心地よくもあった。
だがその手はどこまでも離れしまい男は立ちあがる。
「家に帰りましょう。タクシー呼びますよ」
案外私は単純らしかった。こんな他人に少し話を聞いてもらっただけで、どうでも良くなってた気持ちが少しだけ立ち直ってしまっている。
つくづく自分が弱くて何も出来ない人間だなと感じながら、ゆっくり私は頷く。
「・・・・・・・うん」
そう私が頷いた時男が息を呑んで弾んだ声でタクシーに電話をしていた。こんな私に構って喜ぶなんでお人よしだなと思いつつ、その手の余韻を感じる。
「じゃあ10分後に来るらしいのでそれまで待ちましょうか」
「・・・・・・だな」
それからはなんてことの無い雑談だった。男は私に早く忘れさせようと関係の無い話題をして、無理に場を盛り上げようと頑張っているのが見え見えだった。でもそれが今の私にとっては嬉しくて心のつっかえが流れていくようだった。
そして会話の内からどうやら男の素性が少しづつ分かってきた。
「自分あそこのスーパーでバイトしてるんですよ。いつも18時半に半額シール張るんでおすすめっすよ」
「んだよそれ」
少しだけ笑いが零れる。
「いやいや重要な情報ですよ。自分が張るってなると虎視眈々と狙っている人いますからね!」
その時チラッと顔を見ると確かに男の言うスーパーで見覚えのある顔だった。いつもはレジにいる気がするけどそういうのもやっているんだ。
そんな事を思っていると、公園内に車のライトが差し込みこの時間の終わりを告げる。
「あ、来ましたね。あとこれお金━━」
そう男が差し出そうとする札を押し返す。それを受け取るには私が感謝しなければいけない事が多いから。
「そんな雨で濡れた札使えないから良いよ」
「え、じゃあ財布から━━」
そう言って鞄を漁ろうとする男に無理やり傘を押し付け走り出す。
パチャパチャと水が跳ね足元が濡れるけどそれでもお構いなしに走って、暗闇が男の顔を隠すぐらいの距離で言葉を贈る。
「ありがとうー!」
でも男にはそれは届かない。
「え、なんて言いましたーっ!?」
当然雨音で聞こえなかったらしいけどこれが私の精一杯だ。
それにもう他人同士の関りはこれで終わりなのだから。
でもちょっとだけまた会いたい、そんな希望を抱きつつ私は頭を下げて止まったタクシーへと駆けて行ったのだった。
ーーーーー
「・・・・・やっぱあいつ覚えて無いの腹立つな」
顔は見えなかったにしても声で分かるだろうし、前呑んだとき似たような話したのになんで覚えてないんだよ。
そう改めて苛立ちながらもアパートの階段を登る。するとふと思い至った事があった。
「でもあいつは他人同士って言ったから、忘れたフリしてくれてんのかな」
それならばあいつも良い所あるな。
そうして私は鍵を開けてこれから仕事の母親の為晩御飯を作るのだったのだが。
「鼻歌歌っちゃって良い事あったー?」
「・・・・うるさいからっ!」
母に茶化されつつも私は抱いた疑念をいつの間にか忘れていたのだった。
ーーーーーー
「案外簡単なんだね」
雨が降りしきる中小さな事務所にパトカーのライトが乱反射しているのが見える。
「ですが次は警戒もされますからこうはいかないかと」
「まぁそれはゆっくり計画を立てようか」
隣に立つアンドロイドである太郎にそう語り掛ける。そして私は遠巻きに見ていた事務所から離れるようにして歩き出す。
「あの県議の人があんなことしてたなんてね」
北山とかいう県議でリストの中だと言っちゃ悪いがネームバリュー的に小さい人だった。だが比較的近い上警戒もされていないだろうと言う事、そしてその当人自体にも問題があったから。
「北山県議は暴力団との繋がりや児童買春に関わっていた上その他汚職に手を染めていましたからね」
未来から来た太郎が言うには、二か月後にそれら汚職が発覚そして自殺してしまったらしい。もう既に週刊誌は手ぐすねを引いて記事の用意をしていたのだろうけど、ここが私が標的にした、しやすかった理由でもある。
「理由があっても人殺しは人殺し」
戒めとしてそう呟きつつ車に乗り込む。どうやら太郎が防犯カメラに細工をしてくれるらしく、私達の事はよっぽど足は付かないらしい。
「実働は任しちゃってごめんね」
「・・・・はい」
私はタオルで頭を拭きつつ後部座席に座った太郎へと話しかける。
「じゃあ燃料補給忘れないでね」
太郎の元所有者がこれを望んでいたのだろうか。私にはその意志まで継ぐ気は全くないからそれも分からない。ただ自己満足に彼の行いを利用しているだけなのだから。
「次はいつ頃に」
「まぁ1ヶ月は置くかな。長期戦になれば警戒も緩むときが来るしバンバン殺すのは私も嫌だしね」
後ろから指示を出すだけとはいえ罪悪感がない訳無い。今回の県議だって暗殺したとなれば私はこの国にとっての敵であるし、そもそも人一人の命を殺して良い権利が備わっているわけでもない。
(もう引けない)
それに太郎が人を殺すか試すために、前所有者のリストに載ってない同じく社会的に悪事を働いていた取締役社長を殺させた。それは自殺にみせかけたから疑われていないが、私が殺した事には変わりない。
だからこそここでやめたらそれこそ何の意味があったんだとなってしまう。こうやって私が罪を重ねる内に、千春君が敵討ちを諦める何かが起きてくれればと期待するしか無い。
そう思い出した友人の娘について問いかける。
「あ、門波千春の様子はどう?週刊誌と接触する話だったけど」
アンドロイドというのは便利で、千春君の事を見ていてくれるように頼んだら、どうやら千春君の携帯や周囲の防犯カメラから遠隔でずっと確認できるらしい。
「週刊誌の方は断られましたね。まだ諦めている様子はありませんが」
「・・・・そうか」
彼女の恨みはやはり時間が解決しないものなのだろうか。私はやっているのは彼女が自殺しない理由を作ってるだけで、それを永遠と続けれる訳ない。何か手を打たねばならないが・・・。
「分からないものだな」
何か別の生きる意味を彼女に与えられるほど関係も無く、それでいて歳が近いわけでも無い。こうやって彼女が死ぬ理由を先送りし、自殺だけは選ばないように他人の命を犠牲に引き延ばすことしかできない。
「まぁ燃料補給は気をつけて帰って来てね。あと引き続き千春君の監視はお願い」
「承知いたしました」
改めてそう念を押して太郎が去っていくのを見送り車を走らせる。
そしてドッと疲れが押しかけてくるがなんとかハンドルを握る。
「間違ってない。間違ってないはず。これしか方法はないはずなんだ」
そう自身に言い聞か出るように呟きつつ、対向車線を走る警察車両を横目に帰路についたのだった。




