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1億℃の心臓  作者: ねこのけ
第一章
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第十話 選手交代


 ガランガランといつものように電車に揺られ帰路につく。今日は雨の予報だからかいつもより少しだけ乗客が多い。


 この一週間携帯で誰かが死んだニュースを見る度に千春君なのではないか、サイトを開くたびに心構えを要し私の小さな心臓を傷めていた。もうなにも出来る事は無いと分かったはずなのに、いつまでもあの時意地でも千春君について行かなかったのを後悔してしまいそうになる。


「━━お出口は左になります」


 だからだろうかいつもの一週間よりも疲れが酷い気がする。それに肩こりも心なしかひどい気がするが、いつもどこか体調悪いしこんな物だろうか。


(千春君からの返信は無いか)


 あれから定期的に大丈夫かメールしているが、偶に帰って来ても淡白な返事ばかり。でも私にはこやって生存確認の為、これでしか友人の娘にしてやれる事がない。


 ため息と足元へと向いた視線のまま嫌に眩しい駅構内から出ようとすると、ふと冷たい感覚がする。それを追うようにして真っ暗な夜空を見上げると、タイミング悪く目に雨粒が入りそうになる。


「・・・・・雨か」


 折りたたみ傘を開く。パラパラと傘が雨粒を弾く音。傘越しに夜空を見上げても何も見えない真っ暗な空、まるで今の私の状況みたいだとか少し気取った事を考えてみる。


 そうまたため息が漏れそうになると、どこからか地響きのような重低音がどこかから聞こえてくる。


「・・・・・・・・なんだ今の音」


 何かが倒れた音だろうか。にしては体に響くような重い音だったが、誰か怪我していないといいのだが。

 でもそう思った所でどちらにしても私には関係の無い事。今日も今日とてスーパーで残り物の出来合いを探す事しかできない。


 そうして外に歩き出すと同時に携帯が震える。


「・・・・大丈夫です、か」


 千春君からの返信。あの様子で大丈夫な訳無いだろうに私には関わらないで欲しいって事なのだろうか。

 でもこうやって返信がくるとまた自責の念が湧いてくる。先週あの車内で無理やりにでも家に帰したらどうしたのだろうか。あの時一緒に居る事を選んだらどうなったのだろうか。その選択をしていれば、今彼女は立ち直って未来へと向けていたのだろうか。


 そんなこの一週間何度も廻っては解決しない問答が湧いてくる。


「・・・・・・・・」


 どうせ他人の子供だから、そう無視してまた日常に戻れればいんだろう。でもそれは私には出来ないというか、親友の娘さんという所や彼女の危うさがあまりに後ろ髪を引かれてしまう。それに無視できるほど私の心は強くない。


 だからそんな罪悪感から逃げる様に私はまた意味の無い行動をする。


(今週末また東京行ってみるか)


 何が私にできるとは思えないがそれでも。


「・・・・でも結局仕事辞めてまで連れ添う覚悟は無いってのがな」


 ここまで悩む癖に所詮そこまでの人間だったのかと思ってしまう。助けたいと思いながら言葉を掛けるだけで何か具体的なことが出来ない自分の弱さが嫌になりそうになる。


 雨足が段々と強まる。まるで何も出来ない私を責めるようだけど、その責任の負い方すら分からない。

 そんな傘に視界を覆われ視界が悪い中。ふと何か物音がし通りかかった路地裏へと視線をやった。


「え、だ、大丈夫です?」


 血を流した若い男がごみ袋の上に横たわり、それを私より少し年下ぐらいの男が見下ろしている。明らか異常な状況に焦る私だったが、その血を流した若者が血走った目で私に向かって叫ぶ。


「うるせェんだよッ!!どっかいけやクソジジイッ!!!!お前もあの裁判長みたいに殺すぞ!!!!!」


 血をまき散らしながら叫ぶ若者とは対照的に壮年の男は何か考え込むように立つ。だがどちらにしても私がすべき事は決まっていると、ポケットから携帯を取りだす。


「えっと・・・え、裁判長って何の話です?それにその怪我早く救急車を・・・・」

「おい!アンドロイド!!!そいつどっかやれッ!!!」


 若者がそう半ば錯乱気味に叫ぶ中、私が携帯の画面を開くが電波が悪いのか全くつながらない。


「え、え、っとじゃあ電話ボックスがこの辺に・・・・」

 

 確か公園の付近にあったはず。そう私が何か出来ないか焦るが、ゴミ袋の上で寝ころぶ男は先ほどより声量が落ちながらも悔しそうに叫ぶ。


「・・・・・見んなよッ!俺をッ・・・・・」

  

 だがそう言いながら血が足りなくなってきたのか若者は力を失ったように視界を上に上げる。そして雨に全身を濡らしその白い頬を引きつらせ虚勢を張る様に笑った。


「んだよ・・・・んでこんなあっけないんだよ・・・せっかくこれからだってのに・・・・・」


 今にも死にそうな声で雨なのか涙なのか区別はつかないが頬を濡らす。そのせいだろうか千春君の件もあった私には放置できるものではなく、急いで辺りを見渡して安心させるように声を張る。


「い、いや間に合いますよって!私電話ボックス探してきますから!!」


 そう言って走り出そうとするが、彼の傍に立っていた男が私の肩を掴む。その異様な力強さに少しの恐怖を覚えながらも、視線をやるとその男は表情を見せず言った。


「門浪栄治とはご友人なのですか?相野穂高さん」

「・・・・え、あ、は?」


 驚きからか傘を強く握ったままその場で立ち止まってしまう。だがそれに追い打ちをかけるように、肩に手を乗せる男は口を動かす。


「そこに寝ているのが門浪栄治を殺した犯人ですよ」


 特段所有者に口止めをされて無かったアンドロイドはそう言い放った。

 そんな発言に突然の事で混乱しているのは相野だけではなく、ごみ袋の上で転がる蛇西もそうだった。


「は、お前何言って・・・・」

「さっきご自身で白状したじゃないですか」


 アンドロイドはそう冷たく言い放ち、相野の肩をがっしりとつかみその男のスマホへと干渉する。相野の登場はアンドロイドにとって想定外の出来事だが、これを上手く使わない手が無かった。


「今は納得できないかもしれないですが私はアンドロイドです。証拠は・・・そうですねぇちょっとスマートフォン拝借しますね」


 アンドロイドと自信を名乗った男は勝手に私のスマホを取り上げ画面を立ち上げる。そして何か弄ったかと思うと何か薄暗い映像が流れ、それはまさに門浪の殺害現場と言える映像だった。


「・・・・・これは」

「私はそこの男に命令されてやりました。アンドロイドである証拠が欲しいならほら」


 アンドロイドは腕を変形させいかにも機械な見た目に変形させる。だがそんな事よりも私は映像に釘付けになり、震える手で口を押えながら画面をジッと見ていた。


「あんな不当判決出しておいて自分は誕生日パーティかよ」


 画面の中ではそこで血を流す若者が門浪に強く言葉を向ける。まだ門浪が死んでから数週間しか経ってないとはいえ、やけにその顔が懐かしく感じてしまう。


「私を殺しても何も結果は変わらないし、この国の司法が妥協する事もないぞ」


 画面の中で蛇西に強く言い返す門浪。こんな状況なのに相変わらずな様子で、最後までそんなクソ真面目なのかと悲しさに懐かしさが混じった感情が湧く。だがそれと同時に少し映像が飛ぶ。


「少しショックの大きい所ですから」

 

 アンドロイドがそう言い飛んだ映像の後、門浪は既に殺され千春君が帰宅した所で映像が終わった。この時にやっと千春君があそこまで追い込まれてしまった理由が分かった気がする。


(・・・・・・でもその犯人は今死にかけている)


 今の映像で彼に対する殺意も恨みも増えた。だがそれと一緒に彼をみすみす殺す決意ができる訳ではない。だから私は彼を助けようとどこか電話ボックスを探そうと、顔を上げるがいつの間にか傘を落とし、携帯の画面は水浸しになってしまっていた。


「そこで私の提案を聞いてくれませんか?」


 逃がすまいと強く私の肩をアンドロイドと自称した男が語り掛けてくる。私は自身を落ち着かせるよう一度深呼吸をし、そのアンドロイドへと視線を向ける。


「・・・・・なぜこれを私に?」


 その問いを待っていたと言わんばかりにアンドロイドはスマホの映像を止め、私のその両手を握った。


「貴方に私の所有者になって貰いたく」

「・・・・・・は、はい?」


 そう疑問を浮かべる私と、既に声を出す力さえ雨に流されてしまったらしい蛇西が何かを訴えようとアンドロイドを睨みつける。


「私は所有者がいなければどうしようもありません。ですが彼は今瀕死で警察に追われる身」


 アンドロイドは蛇西に見向きもせず相野へと訴えかける。


「だから貴方に所有者を変わって欲しい」


 私はその言葉を聞きゆっくりと混乱から立ち上がった頭で考えていた。普通ならアンドロイドがどうとか言われたら理解も追いつかないが、この男にはその思い当たる節があったからだ。


 確か千春君もアンドロイドがどうとか言ってた。それに今その犯人らしき瀕死の男と自称アンドロイドがいる


 更にこれからどうなるのかを想像する。


 仮にこのまま犯人が死んだならば千春君はどうなる。あの状態だとすぐに後追いしかねないんじゃないか? 


 雨水で頭が冷えていくのを感じながらも自分が何をすべきか必死に考える。でも今ここに瀕死の犯人がいて死ぬのはほぼ確定的。だけどこのまま見殺しをするなんて私には・・・・・。


 それに千春君にとっても復讐すら成せてないまま仇が死んでしまったら、それこそ一番最悪じゃないのか。それで失意の中彼女が自殺なんて、終わり方門浪の娘にさせて良いのか?


「でもだったらどうするんだ・・・・・・・」


 私がこの男の代わりになって千春君の仇にでもなるとでも言うのか。でもそれは彼のやろうとした犯罪を継ぐことを意味する、そんな大それたことが私にできるのか。


」・・・・・・・どうしろって言うんだよ」


 雨でスーツが肌に張り付き体が芯から覚めていく。そして意外に私の思考も意外にもまとまりつつあった気がする。私はただ友人の娘に何も出来ない事を悔いていた、でも何かしようにも力も何もないと諦めていた。


 円環の様に次々と不安、リスク、可能性が渦巻き湧いてくる。だが一貫してあったのが自分の決断次第で、友人の忘れ形見である千春君の死を先延ばしに出来る可能性がある事だった。


(何も出来ないかと思っていた。でもこんな偶然が私に降りかかってきたとなってしまうと・・・・)


 もうこれが運命だと感じてしまっていた。門浪が私に求めていたのはここで選択する事では無いのか。どうせ犯人は死んで死体として警察に見つかる。その結果私が何もしない事でみすみす、千春君が自死するぐらいなら、私が・・・・。


 震える呼吸を抑えるように口元に手をやる。いつのまにか傘も落ち雨がスーツを濡らし、アンドロイドの無機質な手が肩に乗る。


(やらないと・・・・やらないと絶対に後悔する)


 状況なんて全く分からないけど、さっきの映像は間違いなく門浪の物だった。いたずらなんて考えずらいし、覚悟を決めないと・・・・。


(それにここで何もせず犯人が死んで千春君が自殺でもしたら・・・・)


 怖い。そんな責任を負える気がしない。

 でもなぜだか彼の犯罪を継ぐことはそこまで怖くない気がしてくる。千春君の為だと言い訳できるからだろうか。


 だがそれでも私は踏み出そうとしても口がパクパクして、あと一歩自身が社会のレールから外れる事に抵抗してしまっていた。得体のしれない何かに対する恐怖感か、これから私がこの男の代わりをする不安感のせいだろうか。


 でもそんな俺の背中を押したのはふと携帯に来たメッセージだった。


 ゴシップ誌ですが一度話を聞いてもらえるそうです


 門浪千春からのメッセージが暗闇にぼんやりと浮かぶ。さっきは通信出来なかったのになんでとは思ったが、これが最後の一押しとなってしまった。


 すると人は案外あっさりと一線を越えれるらしかった。


「・・・・・・私が所有者になる」

 

 彼女が犯人に近づいて危険に身を晒そうとするなら、その犯人に私がなってしまえばいい。そうすれば危険が及ぶ事も無いし、仇は死なないから彼女が自死する事も無い。これなら私は親友の頼みに応える事が出来る。

 

 そうして重い一つの選択し中々震える息が落ち着かないでいると、アンドロイドは地面に落ちていたガラス瓶を割り、その破片を相野へと手渡す。


「・・・・ではこれで止めを刺してください。私には所有者を殺す事は出来ませんから」


 雨で濡れたガラス瓶を受け取り、殺す必要すら感じない程弱々しく見上げる若者、いや仇で先達だろうか、それを私は見下ろした。

 だがそこには何故か人の為だと思うと迷いはなく、過集中でもしているのか雨の音と自分の上がった息だけが自分の世界に響いていた。


「・・・・・禊って奴だ」


 自分がこれからやろうとしている事に比べれば、全く正義も理由も根拠もある殺しだ。それも出来なくてこの選択肢を取る訳にはいかない。だってこの先千春君を生かす為にこの子の犯罪を継いで人を殺さないといけないのだから。


 そう自身を誤魔化し腰を下ろして若者の首元に水色のガラス片を押し当てる。どうやら既に喋る事すら出来ないぐらい衰弱しているらしい。それこそ私が手を下さずともすぐに死んでしまうのだろう。


「・・・・・・ごめん。本当にごめん」


 千春君ほどでなくても親友の仇で恨みは山積にある。でもいざとなれば自分が手を下すとなれば手も震えるし、罪悪感から逃げるような言葉が漏れてしまう。


 そんな相野を見下ろすアンドロイドは上手く行ったと確信していた。これでこの所有者は人を殺してその映像を握っている自身に強く出れなくなる事。そしてそもそもの心理的負荷で自身に頼らざる負えなくなる事。法を犯す命令に対して倫理コードは相変わらず反応しない上、今の所有者ではリスクが大きい。だからこそ精神的に成熟したこの中年男に変わればやりやすくなるというもの。


 だが相野の内心は全くアンドロイドには理解できていなかったらしかった。


 息を強く呑み込む。ひどく冷たい空気が肺を占め体を芯から冷やしていく。


「私が君の後を継ぐよ」


 でも君のやりたかった事ではない。ただ君の生きた跡を使わせてもらうだけで、世間を変えるつもりもない。ただ私が助けたい人の為に自己中心的に君のやろうとした事を使う。


「そしていつか・・・・・・」


 思った以上にそのガラス片は喉元を切り裂いてドロッとした血液が流れ出る。だがそこから叫びも聞こえるはずなく、蛇西はただ悔しそうに顔をゆがませ瞼を落とした。


「私が裁かれるよ」


 これが正義じゃない事は百も承知だった。だけどもその私にとって唯一の友人の言葉、そして自身を頼ってくれた彼女の為。自己犠牲で自己満足で自己中心だけども、罪を犯し更に重ねる覚悟を決める。


「・・・・・・・・」


 ひどく雨の冷たさが身に染みる夜の事。私は最後までこの決断を否定する事も肯定する事も出来なかった。けど、後悔する事は決してなかった。


ここで第一章は終わりです!

ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます!

明日明後日(12月10、11日)は私用で投稿をお休みさせていただき、金曜(12月12日)からまた投稿を再開させていただきます!面白いと思っていただけるよう書いていくので、これからも読んでいただけると嬉しいです!

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