第一話 アンドロイドの夢
世界はずっと埃で覆われていた
音も無く薄暗い空間から、手の届きようのない小さな窓を見上げ続ける
そうしてただ目的も何もなくただずっと薄暗い倉庫の角で蹲る
何の為にここにいてなぜ私は必要とされたのか。
その答えを知ろうとして手を伸ばしても、見上げるだけの小さな窓からの光しか掴めず、視界はずっと灰色のまま。
こんな倉庫に放置される事数十年、同じ景色のまま私のメモリーは少しずつ浪費されていた。
「・・・・・・・ん」
頭の中に響く警告音に従い立ち上がると、埃を纏いながら立ち上がる。そして少し歩き耐用期限の過ぎた右手首を外し、足元に転がる箱へと左手を伸ばした。
「・・・・この箱ももうダメですか」
私は所謂アンドロイドという奴だった。だから最低限のエネルギーを確保できて代替パーツがあればいくらでも生きていける。
「・・・・・そう、幾らでも、何年も、半永久的に」
なんのために私は作られたのか、誰に必要とされて私が今ここにいるのか。そんな事すらも分からずただ無為にエネルギーを消費するだけの日々。
それもただの被造物でただの機械的な物としてあれたならよかったのだろう。
でも私には感情というものがあるらしかった。それが人の物を似せたのかただのプログラムなのか分らないが、どちらにせよこんな所に放置するのにこの機能を付けた製造者には心という奴が無いのは確かだろう。
そう存在すら認識したことの無い創造主への恨みを抱きながら、今やるべき事を終えた私は、またコツコツと寂しく足音を立て、定位置の鉄製の階段下で座り込む。そして舞った埃が日光に照らされるのを眺めながらまた小さな窓を見上げる。
自壊する事なんて制限されてて出来る訳がない。警告が出たら代替品がある限り取り変えないといけない。ただエネルギーが尽きるのを願いつつ私は小さな窓に手を伸ばし空ぶるだけの一生。
「あと何年」
そう差し込む光に反射して舞う埃に何度も問いかけた。でも答えは返ってくる事も無く、ただ虚無と寂しさの感情が湧き、ただ諦め私は下を向くだけ。
「余分な機能・・・」
こんな物無ければ、今私はこんなにも不幸だと感じなかった。こんなもの誰かに偽物だと言って欲しい。そうすればもしかしたら割り切れるかもしれないから。
「・・・・・・でも消えない」
寂しさも悲しさもいくら否定しても消えず私の思考の邪魔をする。所詮アンドロイドだ、ただの物だ、そう自分を納得させようとすればするほどまだ耐用年数の来ない心というものはは傷つく。
「早く壊れてしまえ」
そう胸の青白く光るコアを叩こうとしても、その寸前で拳は固まり私の命令を受け付けなくなってしまう。
「・・・・・・━━ッ」
せめて私がこの世界に在る意味が知りたかった。こんな心を持たせられて人に寄せるなら、せめて人らしい生活を送らせて欲しかった。
「・・・・一度で良いから」
偽物でもまがい物だったとしても。こんな埃で被った世界じゃなくて、人がいて社会があって誰か私を見て必要としてくれる世界で。
でもそれこそアンドロイドが空想するには、夢を見るにはあまりに場違いな物だ。
そう分かっていたとしても心なんて物がある私には、眩しく得難くとも憧れる事を諦めきれなかった。
でもそれがある種の祈りだったのだろうか。
それともこれも全て予定されていた事だったのだろうか。
そんな事も分からずただ私は、差し込む光が大きく私を覆うのを感じながら、大きく左手を伸ばしたのだった。
ーーーーー
十一月末の夜の事。俺はコ型の小さな空間に閉じ込められ、ただ目の前の仕事を淡々とこなしていた。
「いらっしゃいませ~こんばんは~」
眠気と疲れで視界がぼやける俺は、ガタッと音をたて置かれたカゴを預かり、目の前に現れたサラリーマン風の男へ軽く会釈をする。
「袋はご利用なさいますか~?」
「大丈夫です」
定型的な会話をしつつ、ただただ流れ作業の様にカゴからカゴへとピッピッとレジに商品を通す。そして会計の済んだカゴをずらし、レジの小計ボタンをパチンと押す。もう大学生になって二年もやってれば目を瞑っても出来る作業だ。まぁしないけど。
「2214円になります」
「あ、すみません五千円で」
「はい、お預かりいたします~」
お札を機械が飲み込み少しの間の後、お釣りとしてお札が二枚に硬貨がジャラジャラと出てくる。
「お返しのレs━━」
「あ、大丈夫です」
ぶっきらぼうに手を上げるお客さんに俺は笑顔を作り、手に持ったレシートを握りしめ札の上に硬貨を乗せてお釣りを返す。
「ありがとうございました~またのご来店をお待ちしてます~」
そしてまた頭を少し下げ次に待つお客さんの対応をする。
「いらっしゃいませ~こんばんは~」
そうしてまた代り映えの無い作業を続ける事更に1時間。店の締め作業も終わった俺は、タイムカードを押してダウンを着込むと事務所の扉を開けた。
「さっむ」
もう明日にはお坊さんが忙しくなる月だ。流石に夜ともなると秋服だけだと肌寒く感じてしまう。
そう肩をすぼめて帰りの電灯の少ない道を歩く。いつも通り暗くなった下町の民家がただ並ぶ代り映えの無い景色。でも民家の間から見える夜空は相変わらず月以外街明りにかき消されてしまっている。
「夕飯食って・・・・風呂入って・・・・・洗濯して・・・明日の語学勉強して」
あぁやっぱ今日にバイト入れるんじゃなかったな。やる事やったら多分十二時は回るし、その後から英語の勉強は怠いなぁ・・・。
「・・・・・・・はあ」
車のライトが乱反射してどこか視界がぼやける帰り道を進む。
そんな光景に目を細めながらマンションに到着すると、いつもの通りに郵便受けを確認してエレベーターのボタンを押す。
「あー明後日可燃ごみか」
マンションの掲示板を見ながら家の中のごみを思い出す。
そうボーっと待っていると目の前のエレベーターの扉が開いた。
もう体が覚えているのか考えるまでも無く体は動き、ガランガランとエレベーターに揺れた。そしていつもより少し遅い時間に、いつもと同じように405号室のカギを回す。
「・・・・ただいま~」
誰もいない部屋になんとなく言葉を木霊させる。だが返事はやはり返ってくる事も無いので、ユニットバスと狭い台所を抜けワンルームの空間へと足を踏み入れた。
「つっかれたぁ・・・」
そして真っ暗な部屋を照らす為、六畳の空間に出ると壁を手を伝って電気のスイッチを探す。
「よし、じゃあやるか・・・・・・・」
カチッというスイッチの音を聞きダウンを脱ぎ鞄を体から離す。
そして鞄を掛けようとした時、俺の部屋に見慣れない物・・・・・いや人が窓際で座っていたのだ。
「・・・・・・え」
最初に俺の脳が処理出来たのはその女の宝石のような水色の瞳だった。
「・・・・・・・・・だれっすか」
異常な状況すぎて逆に落ち着いてしまっているのかそんな質問をしてしまっていた。だがゆっくりと呼吸が浅くなり鼓膜が脈打つのを感じながら、段々と視界が広がっていき様子を探る様にその女を見る。
異質なほどに端正な見た目に肩下まで伸びた綺麗な黒髪。街中で見たら目を引くような容貌だが状況も相まってそれを美しいと感じるより、ただただ恐怖心の方が圧倒的に勝っていた。
だがそんな俺の混乱をよそに、その水色の瞳は俺を捉えた。
「どうも。始めまして」
しかもその女は何故か俺が冬用に買ったほぼ新品のトレーナーを勝手に着ている。状況を理解すればするほど理解の出来なくなる意味の分からない状況だった。
「・・っと・・・・え・・・・・・どういう・・・・」
上手く言葉を発する事が出来ないでいた。全く意味の分からない状況に一日働いた俺の脳は半ばパンクしてしまい、冷静に考えればそんな訳ないのに気づけば可笑しな事を口走っていた。
「・・・・え、あ、あーーっ!す、すみません!部屋間違えましたっ!!」
上ずった声で破裂しそうな心拍音を誤魔化し、急いで踵を返し玄関へと走り自分のスニーカーを探した。正直自分でも何やってるか分からないけど、今はとりあえず逃げないといけない。俺の直感がそう言っていたのだ。
「んでこんな時に!意味分かんねぇって・・・!」
だがそれもむなしく俺へと呼びかける声が背中越しに聞こえてきた。
「ここは貴方の部屋であってますよ?」
その間延びした言葉に、俺はスニーカーを両手で持ったまま固まった。だが手はまだ震えているのか靴紐は細かく振動していた。
そんな滑稽な姿で固まっていた俺ではあったが、やっと頭が動き出し自分の行動がおかしいのに気づいた。
「おちつけ・・・おちつけ」
そう小さく呟きながら頭を回し現状把握を急ぐ。そして今俺がするべきなのは逃げる事じゃなくて、すぐに110番をする事なのだ。そう判断し震える手でスマホを取り出してみるが、暗い玄関に浮かび上がるのは圏外の文字。
そんな文字に一度は落ち着きかけた俺の頭はまた焦りだし、冷や汗と共に何か他にと縋るように手を動かした。
「あ、そ、そうだ。か、鍵は・・・・」
そうポケットを探るが既にカギ置きに放ってしまっていたようだった。
この距離じゃどうする事も出来ない、そう混乱が加速している内に背後には足音が近づいていた。
「1回私の話聞いてくれませんかね?」
足音と共に段々とその声が近付いてきていた。全く掴めないこの現状に俺は余計に恐怖を煽るだけで、縋るようにスマホを持つ手が震えロックを外せない程だった。
だがその震えは俺の手の物だけでは無かったらしく、未だに圏外の文字があるというのに画面では非通知の着信があった。
「━━え・・・・・」
指は固まっていた。でもダメだと分かっていてもこの状況だと、まるで命令でもされているかのように俺の指は震えながらも動いてしまった。そして応答の文字をタップするのと同時にすぐ真後ろ、というか耳打ちの距離から声が聞こえてきた。
「だから話聞いてくれませんかね?」
「うわぁっ!!」
その声に心臓が跳ね尻餅をつくと共に、ゴツンと鈍い音を立てながら頭を玄関の扉にぶつけてしまった。
「・・・痛ってぇ」
一瞬痛みに気を取られ目を瞑って後頭部を抑えるが、すぐに俺の頭にかかる影を感じた。
俺は痛みと恐怖でどうにかなりそうになりつつも、なんとか呼吸を深くしゆっくりと目を開けると、すぐそこに女の大きな水色の瞳があった。
「そんなに怯えられるとそれなりにショックなんですけど」
そんな声がギリギリ握っていたスマホからもラグがありつつも聞こえてくる。痛みで無理やり落ち着いてきてはいたが、相も変わらず意味の分からない状況すぎて心拍の落ち着く気配はなかった。
でもそんな俺を見て女はニコッと人の良さそうに笑うと言った。
「ま、一度話しましょうよ」
そう女がまるで自分の家かの様に俺に手を差し出してくる。
まさに異様な光景で状況だった。でも逃げ場も無い俺にはその手を拒否するだけの選択肢を取る事が出来なかった。
「ほんとなんなんだよ・・・・・」
そうして握った女の手は異様に暖かかった気がした。俺の手が恐怖から冷たかったのかもしれないが、それでも暖かく感じた。
それから俺は連れられるがままあれよあれよと手を引かれ、女が俺のベットに座りその隣に座らされた。何か危害を加えてくるつもりは無いらしいが、やはり目的が理解出来ないままだった。
「落ち着きました?」
「あ、あぁ・・・・・」
水色のガラスの様に綺麗な瞳が俺を見上げる。まるで作り物の様に綺麗だ。だがそれに見とれそうになる俺の脳を、警告音の様にけたたましく響く心拍音が阻害する。
そう我に返り睨むように女を見るが、その当人である女は意にも返さないようで軽々しく言った。
「ま、突然こんな事あって驚きますよね」
「・・・・・・・」
チラッと時計の針を見る。まだ日は跨いでないが、あと数十分で今日が終わってしまう。そう俺がなんとか平静を保とうと情報を集める内にも女は物知り顔で話を続けていた。
「でも私もこればっかりは偶然だったので許してくださいね。文句を言うなら乱数にお願いします」
何か同意を求められているが、全くもって何を言っているのか理解出来なかった。明らかにこいつと俺では現状への認識にかなりの差があるって事は確からしい。
そんな俺の困惑を察してか、その女がやっと本題に入るらしく息を吸うかのように胸を膨らませる。
「じゃあ簡単に自己紹介させていただきますね」
女が立ちあがってベットに腰掛ける俺を見下ろして来た。こう見るとそれなりに身長が高いらしい。
そう冷静さを取り戻そうとする反動からか場違いな思考をしていると、そんな思考すらあほらしくなる事をこいつは言い出した。
「私はアンドロイドで君が所有者です。未来から来たのは言うまでもないですけど、映画みたいに目的とかがある訳じゃなくて、ただ私は普通の人間っぽい生活をしてみたいだけなんです」
「・・・・・・・」
この時俺は遅まきながらも、こいつがかなりヤバい奴だと理解した。
「あーはい、うん・・・・はい・・・・」
おそらくこいつは俗に言う電波系の人なのだろう。いやまぁ電波系とか関係無くても、家に不法侵入な時点でやばくて怖い人なのは確定的なんだけど。でもどちらにせよこいつが何をするか分からない奴な以上、下手な対応をする訳にはいかない。
そう焦る思考を何とか回し少し距離を取ろうとベットの上でズレようとしたのだが、その女は淡々と話を続けていた。
「まぁ別に所有者は貴方じゃなくても良いのですけど、せっかく最初に会話をした人間ですから」
「は、はぁ・・・・・」
何かのキャラになり切っているのだろうか。だがそう考えた所でこの場を上手く収める方法なんて浮かぶはずも無く、言葉を発するのは自称アンドロイドだけだった。
「ん~その顔はまだ納得いってないって感じですか」
でも流石にこいつの妄言には付き合ってられないと、俺はスマホを握りしめベットから立ち上がって女と向かい合う。
「ま、まず、俺は今から通報します。で、でも今すぐ出て行ってくれるならしません」
「え?」
何故か心当たりの無いと言った感じで女は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。アンドロイドにしては全くぽくないし、騙すにしてももっと設定詰めて来いよ。
そう今度は沸々と目の前の女に怒りを沸き立ったが、冷静に努めて女の水色の瞳を捉える。
「10秒だけ猶予を上げます。お、お願いですから出てってください」
俺はそう言ってスマホの画面を弄るふりをする。だが視界端でWi-Fiのルーターのランプを確認しても正常に作動しているはずなのに、スマホは相変わらずの圏外。
だけどこれで脅せば出て行ってくれるだろう。でもそんな俺の希望的観測は、目の前の女の何をしているんだと言わんばかりの不思議そうな表情にかき消された。
「圏外なのは確認してますよね?なぜ出来ない行為で脅すのですか?」
俺の抱いた得体のしれない恐怖感のせいか女の顔に影がかかったように見えた。でも暗い顔に水色の瞳だけがやけに輝いて見えて、それが綺麗にも不気味にも見えた。
するとそんな水色の瞳が俺の瞳にも反射していたのか、女が「あぁ」と漏らすと水色の瞳を指先で突っつきカツンカツンと音を立て言った。
「信じてくれそうですかね?」
確かに人の眼球を触った音では無かった。だがそれで到底納得できるはずも無く、俺はそれが義眼だとまだ理解出来る方向で考えスマホを握る手を緩めなかった。
すると女は困ったような顔をすると僕から距離を取ると、身に着けていたオーバーサイズのトレーナーを付かんだ。
「・・・・・・まぁこれぐらいいいですかね」
まるで仕方ないとでも言わんばかりに俺を見ると、胸の上部分を見せるように首元を引っ張り緩め見せてきた。
「おまっ・・・・何して・・・・」
俺がそう目を両腕で隠そうとすると、何がおかしいのか女は少し笑って言った気がした。
「命令されれば可能ですが、残念ながらそういうのではないですよ」
女のそんな言葉に目の前に掲げた腕の間を少し広げ、その女の姿を視界に入れる。
だがその視界には明らかそこにあるはずの無い、人間で言えば胸骨の辺りに重々しく無機質に青白く発光する何かがあった。
「・・・コア?」
見たままの感想はそれだった。薄橙色の人肌に突然現れた異物、それが紛れもなく人間が元来持っている物では無いのは俺にも分かった。
「そうです有体に言えばコアです。核融合発電してるのでアチアチですけど」
「いやアチアチって言われても・・・」
さも当たり前かのように言われても困るのだが。というか俺自身も何気に受け入れ始めているが、じゃあこいつは本当にアンドロイドって事なのか?いや・・・でも流石に・・・・・・。
そう増え続け収束する気配のない情報に更に混乱する俺をよそに女は一方的な会話を続ける。
「まぁ健康被害は無いのでお気になさらず。未来のスーパー技術って奴です」
そう言って女は蓋を閉めるようにコアを薄橙色の肌の奥に隠してしまった。こうやって見ると人間にしか見えないが、さっきの青白い光が未だに残像の様に網膜に残っていた。
するとそんな訳も分からないと言った顔をする僕を、女は覗き込むように下から見上げて言った。
「説明します?多分技術水準に開きがありすぎるこの時代の人で、それに貴方みたいな文系大学生じゃ理解出来ないと思うんですけど」
「・・・・・・なんで俺の事知ってんだよ」
そう俺が一歩引いて言うと女はニコニコしながら僕の手に持つスマホを指差した。
「私アンドロイドですよ?もう貴方の個人情報から検索履歴までも全部丸わかりって奴です」
「・・・いや・・・・え・・・あぁ」
ならさっきから圏外なのもこいつが何かしているって事なのか?状況からして・・・・信じるしか無いのか・・・・・?いやでもこんな事有り得るのか?だけど明らか正常な状況じゃないし原因なんてこいつぐらいしか・・・・・。
そうまだ現状を受け入れきれない俺に対して女は、まるで話は纏まったとでも言いたげに、ベットの骨組みを軋ませ腰を下ろした。
「ま、という事でこれから居候させてもらいます」
「何も許可してないんだけど・・・・」
ずっとこの女にペースを握られっぱなしだった。でもこの流れで嫌でも理解させられたのは、この女が普通の人間では無く、そのアンドロイドらしいという事だった。理解したくもないが混乱する俺の頭ではそう思う事しか出来なくなっていた。
すると女は少しだけ頭を上げ俺を見上げると、またまた図々しく言った。
「まぁまぁそんなに悩まずに。人生短いんだから決断は早めにですよ」
「だからアンドロイドなら何を言って・・・・」
この女は絶対に部屋から出る気が無さそうった。それにさっきのコアみたいなのとか、この圏外な事と言い状況的に逆らったら何されるか分からないのは同じなままだ。それこそ指先一つで俺を殺せると言われても違和感は無いのだから。
俺はゆっくりと思考を回す。こんな疲れた時に面倒くさい事が起きて辟易していたが、それも俺の大学生活の為だ。そう俺はまた一歩下がって距離を取るとゆっくりと乾いた口を動かした。
「名前は」
とりあえずこいつとは友好的に接した方が後々に良いと判断しての事だった。というか逃げれないだろうし、俺にはこれぐらいの選択肢しか残されてなかった。
そう必死に思考を回しつつ女の返事を待っていると、その女は初めて感情らしい感情を見せぱぁっと笑顔を作って俺を見上げた
「じゃあここに居て良いんですね?」
「・・・・言っても出てかないだろお前」
「ありがとうございます!」
アンドロイドの癖に話聞かない奴らしい。まだ俺のスマホにある対話型AIの方がまともに会話できるぞ。そんな事を心の中で零しつつも、会話をしてて敵対的な物は感じないし、とりあえず友好関係を築く方針で間違って無さそうだと判断した。
「で、名前は」
すると女はハッとして二の腕を掴むと、そのまま肘の部分からパカッと外してしまった。
「・・・えっ」
「ん~っと確かここに製造番号が・・・・」
今ここで紛れもないアンドロイドである事が証明されてしまった。あのコアぐらいなら特殊メイク的物だと逃げれたかもしれなかったけど、これは流石に俺が納得できる言い訳が作れなかった。アンドロイドならそんな確認しなくても分かるだろうに、アンドロイドだと念押しするためのアピールだろうか。
そんなやはり一向に収束のしない情報に混乱する俺を置いてきぼりにした女は、期待した声でおかしなことを吹いて来た。
「ん~私の製造番号だと名称としては不便なので、貴方が名前つけてください」
「・・・・はぁ?」
カチャッと音を立てて腕を嵌め女は俺を笑顔で見てくる。こう見ると人間にしか見えないが、これがアンドロなのか。
そう感嘆に近い感情を抱いていると、そんな表情も出来るのか女はジト目になって俺を見てきた。
「さっきから貴方その目は何です?これでも一応最新型だったんですよ?」
相変わらずこいつの目的が分からない。目的が無いって言ってはいるが、わざわざ未来から来たって事は過去改変するとかそういう目的なのだろうけど、にしてはあまり重い雰囲気を出していない。それもこれも俺を騙す作戦なのかもしれないが。
そう考えはするものの俺には選択肢は残されて無く、ため息と共に天井を見上げた。
「・・・・まぁ、いいや。名前つける代わりに不必要に他者に危害を加えるなよ」
「ロボット三原則は健在ですからご安心してください」
なんか煙に巻かれたような感じはするが、その口調からして言葉尻が嬉しそうに上がっていた。こういうのを見ると人間って感じはするが、全部プログラムとかコードとかそういう無機質な物だと思うとそれはそれで少しの恐怖を感じる。
「・・・・・でもそれは人間の脳も似たような物か」
「・・?何か言いました?」
俺は逸れそうになった思考を矯正し本題に戻った。
「ていうか俺が所有者なら命令聞くんだよな?」
俺がそういえばそうだと思い出して言うと、ワザとらしく恭しい口調で女が言った。
「それは所有者様のお言葉ですから」
「なら出て━━」
「それは無理です」
アンドロイドの癖して十秒前に言った事を忘れるメモリーらしく、食い気味に否定されてしまった。別に俺の言葉に強制力は無いって事なのだろうか。それとも何か条件があるのか、そういう所もこれから探って行かねばか。
そう色々思考を巡らせるが、女は早く名前を寄越せと言わんばかりに俺を期待をにじませ水色の瞳で見上げてくる。
「・・・・名前か」
まぁ一応考えてやるか。多分いつでもこいつは俺の事殺せるんだろうし、下手に刺激し続けるのも危険だろうしな。
でも呼ぶとなったら普通の名前が良いだろうけど、いざ考えるとなると詰まってしまう。ペットとかも飼った事無いし名づけの経験なんて皆無で、下手な名前付けて即殺とか嫌だぞ。
そう頭を悩ませていると、ジッと見てくる水色の瞳がふと気になった。せっかくならこれにちなんで水関係の名前にしてみるか。
水・・・水・・・・水と言ったら海とか川か。その二つなら海の方が良さそうか。海で女の子っぽい名前だと・・・・。
「・・・・渚とか?」
男にもいる名前だけどまぁ別に違和感はない気がする。アンドロイドだし性別がどうとか無いだろうしな。そう俺が自信なさげながらも、無難だろと思いつつ目の前の女にお伺いを立てるように返事を待つ。
すると女は不満なのか満足なのか分かりずらくうんうんと唸ると、少し笑みを浮かべると両手を後ろで組み俺を見上げた。
「じゃあその名前で」
ここでやっと心拍が落ち着いたのを感じた。
「・・・・良かったっす」
短い会話ながらこいつならゴネそうだと思ったが、素直に受け入れられるとそれはそれでちょっと怖くもあったが。
そして今渚と名前の付いたアンドロイドは、思い出したかのように両手を合わせた。
「あ、一応そちらの名前聞いても良いです?」
「もう知ってんじゃないのか?」
「直接口から聞きたいって事ですよ」
アンドロイドにしては全く合理性も何もない行動な気がするが、断る理由も無いし、とにかく刺激しないようにだ。
「俺の名前は堤岳人だ。よろしくな」
俺がそう礼儀上握手を求めるように右手を差し出すと、渚は迷う素振りも無くそれどころか謎に笑顔でその手を握り返して来た。
「よろしくです」
そんなこいつがどこか不気味に感じてすぐ、俺は手を引き離そうとするが時既に遅しという奴らしく、渚はニンマリ笑って目を細めた。
「じゃ、これで正式に契約という事で」
「・・・・は?」
ニマニマと腹の立つ笑みを浮かべる渚の顔がすぐそこにあった。何が何やらだけど、どうやら俺はこいつに嵌められたらしい、そうその顔を見れば聞かずとも分かった。
「お前何をした」
こいつと一緒に居るとアンドロイドだかそういうの関係なしに疲れる。そんな態度をありありと出し、見下ろして言った。だが相変わらずそんな俺を意にも返さないように渚は、我儘を言う子供を相手にするかのように宥めるような口調を作った
「契約って言ったじゃないですか~。名前を付けて貰って所有者の名前を登録で完了ですよ~」
「・・・・・じゃあ俺が名前を付けなかったら?」
「他に勢いで押し切れそうな人間探してたでしょうね~」
まるで俺が勢いに押されたバカみたいな言い草だな。確かに押し切られてはしまったけど、こんな変な状況になったら誰でも混乱するだろうに。
「・・・・未来では説明責任とか情報の非対称性って言葉は無いのか」
「だってこんな契約の仕方想定されてる訳ないじゃないですかぁ。アンドロイドが人間に契約迫るとか意味分からないじゃないですし」
さも当たり前の事を聞くなとでも言いたげに言っているが、その実例が今俺の視界にあるのは幻覚なのだろうか。そう怒りたくなるが俺は一度肩の力を抜き時計を見る。もう既に12の文字をを短針が回ってしまっていた。
「まぁほんとに頼むから迷惑はかけないでくれよ・・・・・・・・」
疲れ切った俺にはそれぐらいしか言う事が出来なかった。だけどそれとは対照的に元気いっぱいというか、充電満タンというのが正しいのか渚は笑顔で俺の手を握った。
「じゃ、これからよろしくしますね~」
その少し強く握られた手の温かさが異様に気持ち悪く感じた11月最後の1日の事だった。
一応の告知として
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。




