第36話:過去を見つめる時
夜の荒野に吹く風が冷たく肌を刺した。
歩みを止め、俺は月の光を仰ぐ。
「……修行も大事だが、焦りすぎている。一旦、自分を見つめ直す時間が必要だな」
胸の奥では、今すぐにでも力を求めて駆け出したい衝動が燻っている。
だが、その衝動に飲まれたままでは、また何も守れない。
俺は拳を握り、ゆっくりと呟いた。
「俺は――何故、自ら“例外”になったのか」
秩序神の理に従えば、勇者は役目を終えた時点で転生し、その生を閉じる。
それが世界の筋書き。誰も疑うことのない、決められた流れ。
けれど俺は転生を拒み、現世に戻り、神々の秩序を乱した。
変態神の乱入に乗じて、抗い続けた。
……結果、俺は神々から見ても“例外”の存在になった。
「その初心を、忘れては行けない」
あの時、俺は確かに選んだ。
仲間を失い、好いた女が全員イケメンタンクに持っていかれ、空虚な英雄の座だけを残されても――
それでも、誰かに同じ思いをさせたくなくて。
だから俺は、抗ったのだ。
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◆
目を閉じると、戦場の記憶が浮かぶ。
血と鉄の匂い。
燃え落ちる街並み。
そして――
「勇者様……お願いです、どうか……」
か細い声を最後に途切れていった、仲間の命。
英雄と呼ばれながら、俺は何一つ守れなかった。
唇を噛み、握った拳が震える。
「……俺が“例外”である意味を、見つけなきゃならねぇ」
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◆
夜空に浮かぶ月が、無言で俺を見下ろしていた。
秩序神の気配が、遠くから静かに注がれている。
だが俺はその眼差しを真っ直ぐに受け止め、深く息を吐いた。
「自分の過去と向き合う。そこから始めよう」
焦りを鎮めるように、自分へ言い聞かせる。
修行はその後だ。
まずは“俺がなぜ例外になったのか”を知るために。
次回、第38話「勇者の記憶」
元勇者が振り返るのは、栄光と苦悩、そして奪われた想い――過去と対峙する回想編へ。




