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第2話 小悪魔、ぐいぐいくる


 青空の下。学校の屋上、そのベンチ。

 隣には、お弁当を二つ膝の上に乗せた美少女。

 いや、待て。言いたいことは分かる。何故、こんなことになったのだ。だろう?

 だが、その問いに対して、俺自身も明確な答えは持ち合わせていないのだ。


 とはいえ、何も説明をしないわけにもいくまい。簡単な経緯だけを説明するとしよう。


 今日は、新学期初の登校日。従って授業はなく、ホームルームだけ。つまり昼頃には、放課後になったわけだ。

 そして、迎えた昼の放課後という奇妙な状況、俺の周りでは、おおよそ生徒らの半分が鞄を持ち上げ、帰路へと向かい、残りの半分がだらだらと友人との会話を楽しんでいた。


 そう、そんな平和を打ち砕いた者こそが、今隣にいる美少女なわけだ。


『──失礼します。先輩方。早見先輩はいらっしゃいますか?』


 約束通りというべきか、件の美少女はわざわざ俺の教室までやってきたのだ。


『な、なんだっ!? あの美少女はぁぁ!!??』

『間違いないっ! この学校、始まって以来の美少女っ!!??』

『うわぁ、男子きも……でも、確かに可愛い……というか綺麗……』


 その時の教室の盛り上がりようは異常だった。……うん、怖いくらいに。言うなれば、信じる神をその目で見た聖職者のような盛り上がりだった。


 そうして、そんな衆人環視の中で断れるわけもなく、俺は今、美少女の隣に座っているというわけだ。


「はい、どうぞ。早見先輩」


 天使のような微笑みと共に、差し出された弁当箱を咄嗟に受け取る。……悪いが、それを拒否出来るほど、俺は大人ではないのだ。


「お、おお」


 生唾を飲み込み、開いた弁当箱の中には、オムライス。しかも、なぜかケチャップによってハートマークが描かれている。


 卵の色といい、ケチャップの量といい、相当なお手前と見える。オムライス検定なるものが存在するのであれば、容易に一級を取れであろう俺が言うのだから、間違いはない。


「えーと、とりあえずさ。名前を聞いてもいい?」


「あ、すみません。私は白峰(しらみね)白峰 翡翠(しらみね ひすい)と言います」


「……白峰さん、ね。うん」


 聞き覚えは……ない。これほどの美少女、一度会えば絶対に忘れないだろうに。


「やっぱり、覚えてはいないのですね」


「え、あ、なんかごめん」


「いえ、あの時は先輩もそれどころではなかったでしょうし。私の立場上、お話が出来るようなものでもありませんでしたから」


 いや、自己紹介すら出来ない状況って、どんな状況だよ。まさか前世の宿命的な話とかしているのか? 前世なのか?


「それより、食べてくれますか? 頑張って……作ったので」


「お、おう。それじゃ、頂きます」


 終始、狐につままれたような気分だったが、目の前にあるオムライスはかなり美味しそうだから良しとしよう。

 俺はスプーンで端っこのところを掬って口へと運ぶ。


「う、うまい……」


「良かった……絶対に失敗したくなくて、知り合いに教えてもらいながら作ったんです」


 ごろごろとしたウインナーの食感、玉ねぎとグリーンピースのアクセント。ケチャップライスは冷めても美味しいように、と味付けが濃いめだ。


 これほどの逸品。中々、お店でも味わえない。

 俺のスプーンは陸を目の前にした漂流者のオールの如く進み、ものの十分足らずで平らげてしまった。


「ご馳走様……すごく美味しかった」


「お粗末さまです」


「弁当箱、洗って返そうか?」


「いえいえ、このままでいいですよ? ……折角の先輩の匂いが取れちゃいますし」


「ん、何か言った?」


 残念ながら、後半の言葉が聞き取れなかった。……なんともうっとりとした目でスプーンを眺めているが、それと関係があるのだろうか。


「あ、というか聞きたいんだけど、俺、君に会ったことあったっけ? 本当に悪いんだけど、何も覚えてなくて……」


「そうですよね。それが当然です。でも、私は貴方のこと誰よりも詳しい自信がありますよ?」


「え?」


「早見連、17歳。右利き。好物はオムライス。ですよね?」


「ははっ、当たってる」


 詳しいと言われて、正直どきりとしたが、どうってことはなさそうだ。


「人並みにスポーツが出来て、勉強の方も可もなく不可もなく」


 うむ。それでこそ、友人A。目立たず、いいイメージを持たれている。

 我ながらいい線行っているのではなかろうか。


「でも……少しおかしな話ですよね」


 切長の赤い瞳をぐっと白峰は凝らして、見てくる。


「な、何が?」


「だって、早見先輩は小学校の頃にサッカークラブのレギュラーとして全国大会にまで行っていたじゃないですか。それにしては、ぱっとしないと言いますか……」


「よ、よく知ってるな」


 ぎくっ、なぜそんなことまで……。


「それに中学二年生の頃、確か偏差値も今よりずっと高かったですよね」


 ぎくぎく……何この子、怖いんだけど。とはいえ、俺の友人A生活に関わる問題だ。


「ほ、ほら、『十で神童、十五で才子、二十歳超えればただの人』ってよく言うだろ? それだよ、それ」


「うーん、果たしてそうでしょうか? 先ほども、走ってきた方とぶつかりそうな時、いとも簡単に避けてましたよね?」


「あれもたまたまだって。偶然、視界の端に見えたから避けれただけ」


「……そう、ですよね。すみません、変に疑ったりして」


 白峰はいまだに少し納得がいっていないようだったが、一旦は満足してくれたらしい。

 危ない危ない、手抜きがバレて言いふらされでもしたら、友人Aではいられまい。


「その、今日お呼びした本題、なんですけど……」


 顔を赤らめて、視線は斜め下。あまりにも完成された『照れ』だ。だからこそ、それがある種作られた表情。演技であると分かった。


「いいよ、だいたい見当は付いてるから」


 俺は優しく目を細めた。

 俺を脅してまで、この場に呼び出したその目的。


 それは──。


「ほんと、ですか?」


 うるうるとした赤い瞳に見上げられる。


「まあね、俺だって空気くらい読めるさ」


「じゃ、じゃあ。その……」


「あ、でも、俺は何処まで行ってもアシストするだけだから。みんな平等に。選ばれるかどうか、あいつが君を選ぶかどうかは、全て君とあいつ次第だよ」


 古事記には……いや、違うか。まあなんにせよ、こんな文言がある。将を射んと欲すればまず馬を射よ。


 俺の脳が叩き出した一つの答え。

 それは白峰は、蒼太とお近づきになりたいのだろうと言う解答だった。

 ……というか、まともに考えて、俺のような人間がこんな美少女に接近されるわけがない。


「え、いや、違……」


「だから、俺に何かするよりかは、あいつに直接……」


 言葉の途中でぴきりと、音が聞こえた。隣を見ると、白峰の手の中にあったプラスチックのスプーンが真っ二つに折れているではないか。


「──ちっ」


 お、おやおやぁ? い、今確かに舌打ちが聞こえたような。


「どうか……した?」


 俺は恐る恐る、尋ね返した。


「え? 何か聞こえました?」


 満面の笑みで、きょとんと首を傾げる白峰。しかし、その目は全く笑っていない。


「なんか、怒ってる?」


「いえ、怒ってませんよ? 早見先輩」


「本当、か?」


「はい、ほんとです」


 いや、絶対嘘やん。嘘ですやん。怒ってるって、顔に書いてるやん。


「ん?」


 突然、ポケットの中のスマホが震えた。着信のようだ。


「ごめん。ちょっといい?」


「ええ、ごゆっくりどうぞ。私はそろそろお暇しますので」


 白峰は弁当箱を風呂敷に包んで、立ち上がる。やっぱり何処か不機嫌そうだ。


「では、ごゆっくり。にぶちん(・・・・)先輩」


「うん、それじゃ……って、え?」


 何か美少女から聞こえてはいけないような言葉が聞こえた気がする。い、いや、きっと聞き間違えだよな。


 ……とはいえ、今は電話に出よう。


「はい、もしもし」


『あ、はやみん先輩。ちーす』


「お、お前はっ!?」


 きゃぴきゃぴとしたギャルっぽい声がマイクから響く。


『え、なにぃ? あたしからの電話そんなに嬉しかったー?』


「いや、その逆。面倒くささマックス」


 電話の相手は、知り合い……というか、中学時代、サッカー部のマネージャーをしていた後輩だった。


『酷くない? ま、はやみん先輩のそういう冷めたとこ嫌いじゃないけど』


「久々に連絡して来て、何の用だ?」


『ん、とりあえずさ。グラウンドまで来てよ、サッカー部の練習見てるから』


「は? うちの高校に来たのかよ。勉強頑張ったんだな」


 うちの高校は別に進学校というわけではないが、偏差値はそこそこだ。

 俺の知っている限り、彼女の成績的に相当勉強を頑張らなければ、無理だったはず。


『ちょーよゆーで合格だし。そんじゃ、早よ来てねー』


 ぷちり、通話が切れた。なんとも自分本位な奴だ。とはいえ、後輩に頼られるのは悪くはない。それに、なんやかんやいい奴だしな。


 俺は屋上を出て、階段を下り、グラウンドへと出た。

 土のグラウンド、合計二十二人の選手がボールを追いかけていた。その脇で、一人の少女が目で追っている。


「……染めたのか」


 中学の頃とは随分と印象が違う。髪色も黒から茶色に明るくなっていて垢抜けた感じがする。


「おっ、来た来た。はやみん先輩っ、おひさー」


 小金井 美星。ふわふわ系ギャル、可愛いものが大好きで、かっこいい男子はもっと好き。

 能天気、底抜けに明るい少女。


「おひさー、それで? どした?」


「いや、どしたって、あたしのセリフなんだけど! なんで、はやみん先輩、サッカー部入ってないのっ!?」


 声がでかい。鼓膜にきーんと響く感じだ。周りの視線も少し気になる。


「あー、もういいかなって。色々やりたいことあったし」


「何それっ! サッカーより大事なことあるの!? 中学最後の大会で、高校になったら絶対全国行くんだって、言ってたじゃんっ!」

 

「それは……」


 確かに言った。けれど、誰だって夢を諦めるタイミングとは来てしまうものだ。


「いいんだよ。俺はもう」


「そんなのっ! 卑怯じゃん!」


「落ち着けって、小金井がそんなに怒ることじゃ……っ!」


 刹那。視界の端には、回転のかかった白と黒の球体が見えた。

 サッカー部員の誰かが叫ぶ。


「危ないっ!!」


 このまま、真っ直ぐ飛んだのならば、きっと小金井に当たる。

 そう思った瞬間、体は勝手に動いてた。


「──っ!」


 ずきん。咄嗟に振り上げた膝が悲鳴を上げていたけれど、問題はない。

 どうせ、もう──まともには使うことのない足だ。


 右足、その外側でボールを受けると、回転がローファーの表面を撫でた。


「……ふう。いやぁ、抜けないなぁ。癖ってさ」


 昔はよくボールを止めた後で、ゆっくり周りを見渡す癖を監督に指摘されたものだ。


「なんだっ! あの神トラップっ!!」

「靴に磁石でも付いてんのかぁ!?」


 おお、とサッカー部の部員達から歓声が上がった。


「無事だと思うけど、一応開いとく。小金井、大丈夫か?」


「う、うん。ごめん、ちょっと熱くなっちゃった」


「なら良かった。はあ、びっくりしたな」


 ボールは完全に止まって、地面に落ちた。小さなバウンドののちに俺はグラウンドへとボールを蹴り返した。


「──流石は、俺の相棒。我らが軽川中学サッカー部、元キャプテンだな」


「それほどでもないって。というか、お前の方が上手いじゃん。蒼太」


 グラウンドから蒼太が歩いて来た。どうやら、練習はちょうど休憩に入ったらしい。


「あ、あ、あ、あっ!! 蒼太先輩ぃ!?」


 とぅんく、そんな効果音が聞こえた気がする。目の中にはハートマーク。

 やはり、小金井がわざわざうちの高校を受験したのは。


「やっぱ蒼太狙い、か」


 小金井がうちの高校に入学したと知って、勘付いてはいたが……。


 愛って、凄いもんだなぁ。

 なんとも俺はそんな風に思った。


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