表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/2

第1話  友人Aな俺、小悪魔後輩に目をつけられる。


『馬鹿野郎っ! あの子はお前を待ってんだろうがっ!!』


 それは、中学二年の夏。入院していた病院で、たまたま読んだ漫画のワンフレーズだった。


『あの子は! お前だからっ! お前のことが好きだからっ! 何も言わずに別れを告げたんだろっ!』


 熱血な友人Aは、いつだって主人公の背を押し、勇気付けた。

 時には、喧嘩だってする、怒りだって。

 けれど、絶対に何があっても、主人公を裏切らない。


『早く行けよっ! 走れっ!! あの子は……俺じゃなく、お前を選んだんだっ!」


 片想いのヒロインに選んでもらえなかったって、構いやしない。自分を貫く、貫き続けるのだ。


 だから、そんな姿に憧れた。悩んで、苦しみながらもハッピーエンドを迎える主人公よりも、そんな主人公をなんの見返りも無しに、影ながら支える唯一無二の友人Aに。


***


 高校二年に上がって、初めての登校日。

 桜の花弁が緩く風に吹かれて、舞い上がる美しい春が来た。


 こんな春を出会いと別れの季節とよく言うが、部活にも入っていない高校二年ならば、ほとんど出会いの季節でしかない。


 その日、俺こと、早見 連(はやみ れん)は校舎の前に張り出された新クラスの振り分けを見に来ていた。


 さてさて、クラスはどうなったのか。一組、二組、三組……視線を横に這わせ、名前を確認していく。


「お、あったあった。よし」


 俺はガッツポーズをし、再び視線を掲示板に戻す。ちょうどその頃。


「ね、ねぇ。あの人カッコ良くない?」

「あ、ほんと……格好いい」


 背後から新入生のそんな声が聞こえてくる。

 なんか懐かしいな、この感じ。どうやら去年と、全く同じ事が起こっている。


「──連、おっす。今年も同じクラスだな」


 羽瀬川 蒼太(はせがわ あおた)。本作(仮定)の主人公にして、中学からの親友。サッカー部所属。


 ノリが良くて誰にでも優しい性格に、スポーツ万能、頭脳明晰と三拍子揃った見た目は非の打ち所がない爽やかイケメンだ。


「蒼太か。いやぁ今年もこの腐れ縁は切れなかったかー、くっそー」


 軽口を叩いてやると、蒼太は人懐っこい笑みを浮かべた。


「まじかー、親友だと思ってたんだがなぁ」


「なわけ。腐れ縁だ、腐れ縁。誰がお前みたいなイケメンと好き好んでつるむかよ」


 無論、そんなわけはないが、こうして軽口を叩くことも友人Aの重要な仕事の一つなのだ。


「は、お褒めに預かりこーえーだよ。てか、お前だって、十分イケメン? だろ? 知らんけど」


「お前に言われても皮肉にしか聞こえねぇー」


 勿論、蒼太の友人Aとして、舐められるわけにもいかない。見た目に気は使っているが、生憎俺は蒼太のような天然イケメンには逆立ちしたってなれやしない。

 天然ストレートの髪もなければ、アイドルばりの甘いマスクもないのだから。


「あっちで話すか。ここ、邪魔はなりそうだしな」


 俺達は、混み始めた掲示板を離れ、近くの花壇の側に座った。


「いやぁ、もう二年か。そろそろ進路決めないとなぁ」


「それなー」


 いつものノリで会話を続けていると、掲示板の方から一人の少女がこちらに歩いてくるのが見えた。


「お、おはよう。蒼太君、早見君。今年も同じクラスだね、よろしく」


 控えめで小さな挨拶だ。俺と蒼太は振り返る。


「お、委員長じゃん、おはよー」


「も、もう委員長じゃないよ。今年はクラス委員長になるか分からないし……」


 蒼太が委員長と呼ぶ少女。

 風川 月(かぜかわ つき)だ。


「そっか、ならこれからは風川って呼んだ方がいいか?」


「……っ! え、え、と、そのっ!」


 あたふたする風川 月。嬉しいのか、恥ずかしいのか、視線を泳がせている。


「ふむ」


 ラブコメの気配を感じ取った俺は途端に息を殺し、二人の視線から外れる。


 風川 月。おさげと眼鏡の文学少女。一言で言うなら、真面目で気弱な小動物系ヒロインだ。


 言葉遣いは丁寧で、照れ性なその性格から空回りしてしまうこともあるが、何事にも努力を欠かさない頑張り屋さんなヒロイン(仮定)だ。

 俺は知らないが二人は小学校からの付き合いらしい。所謂、幼馴染という奴である。


「ん? どうかした?」


 じっと見てくる風川の視線を感じたのか、蒼太は首を傾げる。


「ううん、なんでもない、よ?」


 毎度思うことだが、蒼太。お前は本当に鈍感だな。普通、ちょっとは勘づいたり、しないものか? 今確実に見惚れてたぞ、その子。


「そ、それより教室行こ?」


「おう、そうだな。風川」


「っっっ!!!」


 外から見ていれば、すぐに分かることだが、風川 月は蒼太に惚れている。苗字を呼ばれただけで、ぼっと火が出そうなくらい赤面するのだから。


「……連? お前、どうした?」


 一歩引いた位置にいた俺に違和感を感じたようで、蒼太は首を傾げた。


「いやぁ、なんとなく二人の間に挟まるのは野暮な気がしてな」


「何言ってんだ、お前」


そうして、俺たち三人は新たな教室、西棟の三階へと向かう。そして、その途中。


「お、おい、見ろよ」

「な、なんだっ!? あの美少女っ!?」

「綺麗……」


 階段を登った先。二階の一年生の教室前の廊下は何やら騒がしかった。


「なんか盛り上がってるな」


「そうだね、私も去年はすごくドキドキしてた」


 今年の一年生。そういえば、俺としたことがリサーチ不足だ。高校二年生になったと言うことは、後輩が出来るということ。

 新キャラの登場はラブコメにおいて、重要なイベントだ。


「ちょっ! 危ないっ! どいてぇぇー!」


 俺と蒼太が気を取られていると、逆側の廊下から一人の少女が走ってきていた。


「すぅぅー」


 俺はゆるりと身を引き、躱す。

 俺の役割は友人A、こんなところでラブコメイベントに遭遇してなるものか。


「ぐはっ!」


 俺の想定通り、少女と正面衝突したのは、蒼太だった。

 頼りない声を上げながらも、蒼太は少女をしっかりと胸で受け止め、後ろ向きに倒れる。


 流石は、スポーツ万能。咄嗟にそんなことが出来るのは流石、主人公(仮定)だ。


「いてて……大丈夫か?」


「っ、いったぁ。はっ!?」


 少女はすぐに状況を理解したようで、すぐに立ち上がると、ぷいっとそっぽを向く。


「なんだ、アイラじゃないか」


「か、勘違いしないでよねっ! わざわざ庇ってもらわなくたって怪我なんかしなかったんだもんっ!」


 テンプレート的なツンデレをぶつけて来たのは、去年のクラスメイトの一人、西宮アイラだ。


 金髪のツインテールに、気の強そうな吊り目気味の美少女。母親がイギリス人だそうで、髪色は地毛だと噂で聞いた。


 第二のヒロイン(仮定)である。


「ったく、気をつけろよ? いつでも俺が受け止めてやれるとは限らないんだからな?」


「っ!! だ、誰も頼んでないしっ!!」


 もしも、西宮アイラに猫のような、または犬のような尻尾が生えていたのなら、今頃ブンブンと振りまくっているだろう。


 西宮アイラは愛情表現が苦手なだけだ。一見、勝気な性格も信頼している相手にのみ見せる愛情の裏返しである。と俺は睨んでいる。


「ま、怪我がないならそれでいいや。廊下は走らないほうがいいぞ?」


「ふん、分かってるもんっ」


 アイラはまたもそっぽを向いて、教室に向かうべく、階段を登って行った。


「さ、俺たちも行こうぜ?」


 俺は二人に声をかける。

 一年生のリサーチをしたいのは山々ではあるが、今は……。


「──早見はやみ先輩、ですよね?」


「っ!?」


 名前を呼ばれた。たったそれだけだったが、俺は驚いていた。

 蒼太の名を呼ぶのなら分かる。何せ、蒼太はこの学校でも随一のイケメン。既に新入生の間で噂になっていてもおかしくはない。


 しかし、俺はというとイケメンの隣にいるだけの友人A。目立つようなこともしなければ、蒼太をサポートする日陰者……。


「ふふ、どうかしました? そんなに慌てて。私はただ名前を呼んだだけですよ?」


「お、おうとも。俺が早見だが……」


 人だかりは二つに割れて、声の主に道を開ける。そうして、俺の前に現れたのは、一人の少女。


「覚えくれていますか? 私のこと」


「……っ」


 俺は絶句していた。この状況が俺のような友人Aにとってあまりよろしくないということもあるが、それよりも……。


「私の顔に何かついていますか? 先輩?」


 真っ白な雪のような長髪に、黒のヘアピンが二つ。髪と同じ色の長いまつ毛に、赤い瞳。

 整った程度ではない端正な顔立ちは、美しいという言葉を形にしたら、ちょうどこの少女になるのではなかろうかと思えてくる。


「い、いや……なんでも、ない」


 華奢な体格と所作の一つ一つは、深窓の令嬢という言葉を想起させるほどに、優雅で可憐。


「連、知り合いか?」


 目をぱちくりと瞬かせて、蒼太が尋ねて来た。


「ん、いや、俺は知らない」


 少なくともこれほどの美少女、一度見ていたら忘れられるはずがない。


「悲しい……私はこんなにも先輩に焦がれているのに」


 女子たちのきゃあーと黄色い悲鳴が廊下を響いた。まずい、あまりにも目立ちすぎだ。


「でも、いいのです。思い出とは忘れてゆくもの。ですので……」


「ひっ!?」


 突然の急接近、花の香りがした。そして、細い指に手を包み込まれる。

 

「今日の放課後、二人きりで会えませんか?」


 芸術品のような顔が急接近してきた。

 お互いの吐息が混ざり合ってしまいそうな距離。


「え、えー?」


 なんだ、この超展開は。

 俺は混乱しながらも、断るべく口を開こうとした。

 しかし、ぼそっと少女は俺にだけ聞こえるような小さな声で、ささやいた。


「──断るなら、貴方が昔、私にあんなことやそんなことをしたっていう嘘、ここで吐いてみますよ?」


 ……もはや、当たり屋。死なばもろともとでも言いたげなその口振り。ただものではない。


 こうして、高校二年の春。俺は出会ってしまったのだ。

 天使のようでいて、悪魔……いや、小悪魔な後輩。


 ──白峰 翡翠(しらみね ひすい)に。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ