9.実直・素直・誠実に!
キャシーさんが来てから一週間は、『ビリーブ』では特にトラブルもなく通常営業を続けていた。
「ララちゃん、最近どう?」
「ポール様! 徐々に来てくださる冒険者の方々が増えています」
「そっか。良かった」
ポール様はにっこりと微笑むと、依頼の束から気になるものを取り出して詳細を読んでいる。
「ララちゃん、この採取地図の通り、黒色薬草の群生地があったよ。おかげで依頼がすぐ終わったよ。ありがとう!」
「いいえ、私はみなさまの報告書をまとめただけですから」
和やかな空気に包まれた『ビリーブ』。なんだか目頭が熱くなった。
ドアが開いた。
「いらっしゃいませ! 『ビリーブ』へようこそ!」
入ってきた人物を見て、私は固まった。
「ふんっ! 何よその表情! 負け犬を見るのは楽しい?」
「キャシーさん……」
キャシーさんは私のほうに近づくと、私の胸を人差し指で押しながら言った。
「どうやって冒険者たちをたぶらかしたの? 人には言えないようなことをして『ラブリー』の冒険者を盗ったんでしょ!?」
「……私は何も悪いことはしておりません」
「思い出したのよ! 前にうちの店に偵察に来てたでしょ!? 少年のふりをして!!」
「あれは……」
ポール様が私とキャシーさんの間に割って入った。
「『ラブリー』より『ビリーブ』の方が信頼できるから、僕たちは『ビリーブ』を選んだ。それだけだよ、キャシーさん」
私とキャシーさんはあたりを見回す。話を聞いていた冒険者たちは「うん、うん」と頷いている。
「どうしてっ!? こんな愛嬌もない受付嬢が良いって言うの!?」
キャシーさんは真っ赤な顔で叫んだ。
「ララちゃんは、いつも一生懸命で、僕たちのことを真剣に考えてくれているからね。愛想をふりまくだけのキャシーさんとは違うよ。命に係わることだからね。僕たちは信じられる人を頼りたいだけだよ」
ポール様がにこやかに言う。私に向けられたまなざしは、どこまでも温かい。
私は鼻の奥が、つん、とした。
「キャシーさん、ここで騒いでいても『ラブリー』の評判が落ちるだけじゃない? 『ビリーブ』に冒険者が戻ってきたのは、うちの<実直・素直・誠実に!>のモットーに従ってララちゃんが頑張ってくれたおかげだよ? キャシーさんも『ラヴリー』のことを見直したほうが良いんじゃないかな?」
アーサー様が私の肩に手を置き、キャシーさんを諭した。
「アーサー様」
私は目頭が熱くなるのを感じた。
「でもっ……いままでは……冒険者たちは『ラブリー』が最高って……っ」
うなだれるキャシーさんに、ポール様が言った。
「『ラブリー』には『ラブリー』の魅力があったけど、冒険者だって馬鹿じゃない。甘い声を出せばそれでいいなんて、僕たちだって、軽く見られてることにくらい気づくよ」
「……!?」
キャシーさんが唇をかみしめて、立ち尽くしている。
私はキャシーさんに話しかけた。
「キャシーさん、私、キャシーさんの笑顔とか、明るいしぐさを見て、このままの愛嬌の無い私じゃいけないって思ったんです。だから、最初はキャシーさんの真似をしました。でも、それじゃ駄目だったんです。キャシーさんの魅力はキャシーさんのもの。私には、私の長所を生かす方法を見つけなければいけませんでした。そのことに気づかせてくれて、ありがとうございました」
「礼をいわれる筋合いは無いわよっ! 『ラブリー』を立て直してやるんだから!! その時は『ビリーブ』に冒険者が来なくなるわよ!!」
そう言い捨てて、キャシーさんは『ビリーブ』を飛び出した。
「嵐のようだったねぇ」
アーサー様がため息をついた。
「いくら愛嬌がある受付嬢がいても、こちらは命がかかっているわけですから、自分の役に立つ冒険者ギルドをえらびますよ」とポール様は笑い、私にウインクした。
私、頑張ってみて良かった。
そして私は、今日も真面目に頑張っている。
実直・素直・誠実に!