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09:店のコンセプト


「リディアちゃんの言い分じゃ、エラトを客寄せにするってことじゃねえか。今だってエラト狙いの客が面倒なのに、これ以上増やすわけにはいかねえ」


 おじさんは忌々しげに息を吐いた。

 確かに。彼は娘を守るためならば包丁を投げる過激派である。見過ごせないだろう。


「それになぁ……」


 おじさんは続ける。


「うちの食堂は料理が売りだ。俺は毎日いい食材を仕入れて、腕によりをかけて料理を作っている。それを何だ、娘を客寄せにだぁ? 俺にだって料理人としてのプライドがある。譲れねえよ」


 真剣な言葉に、辺りはしんと静かになった。


「――おじさんのお料理がとても美味しいのはよく知っています」


 その沈黙を破って、私は口を開いた。

 私もお母さんもエラトの店が大好きで、ちょくちょく通っている。

 お金はそんなにないから注文はささやかだけど、いつも楽しみにしてるんだ。


「昨日のスープもオムレツも、すごく美味しかったです。昨日だけじゃなくいつ行っても美味しくて。……だからこそ、お客さんが少ないのがもったいなくて」


「…………」


「おじさんの料理をもっといろんな人に食べてほしい、そしたらもっと評判になるのに。そんなふうに思ったんです」


 だからこそこの計画を思いついた時、真っ先にエラトの店を思い浮かべた。

 おじさんは深くため息をついた。


「俺は別に評判とか、そんなのはどうだっていいんだ。俺の料理を食った奴らがうまいうまいと笑ってるのを見るのが好きで、それだけでよ」


「父さん」


 エラトが言う。


「だったらなおさら、リディアちゃんの話に乗るべきよ。今のままじゃお客さんは限られてる。いつも来てくれる人はありがたいけど、もっとたくさんの人に父さんの料理を食べてもらいたい。あたしもそう思ってるわ」


「あたしも同じ意見よ」


 おばさんも言った。


「それに正直、今のままじゃ経営が苦しい。生活するのがやっとだ。あんただって分かってるでしょ? このままじゃあエラトの嫁入り資金をろくに用意できないよ」


「む……」


 おじさんは押し黙る。


「エラトお姉ちゃんに手出しする変な人が出ないよう、フルウィウスさんから護衛を借るのもできます」


 もちろんタダではないが、エラトの身の安全のためなら必要経費だ。ティトスもうなずいている。


「最初にお店の宣伝をする段階でしっかり手出し禁止を打ち出して、入店する際も念押しする形にしようと思ってます」


「そこまでしなくていいんじゃない?」


「駄目だよ。エラトお姉ちゃんは危機感薄すぎ」


 今でさえ看板娘なのだ。今後人気が出たらアイドルのようになるかもしれない。

 そしたら追っかけとか出てきて、本当に護衛が必要になる。


「あぁまったく、お前はもっと警戒しろよ」


 おじさんが言った。苦笑したような諦めたような、そんな口調だった。


「分かったよ。リディアちゃんの口車に乗ってやろうじゃねえか。で、俺の料理をこの町じゅう中の人間に食わせてやる。がっぽり稼いでお前らに楽をさせてやる。そうだよな?」


「……はい! 必ずそうしましょう!」


 思わず拳を握った私に、一家は笑い声を上げた。

 希望に満ちた明るい笑いだった。







 これからの計画を打ち合わせようとしたところで、エラトが口を開いた。


「それにしてもリディアちゃん、急にしっかりしたよね」


「ほんとに。十歳とは思えない口の達者さだわ」


 おばさんも頬に手を当てている。

 まさか前世の記憶を取り戻したからとは言えない。私は笑って誤魔化した。


「やだなあ、前からこんなもんだよ。スキル鑑定したらやりたいことができちゃって、一生懸命考えてたの」


「繊維鑑定だから、布つながりで服作り?」


「そんなとこ。でもただ服を作ってもどうにもならないから、誰かの役に立つのがいいなって」


 これは本心だった。

 ファッション改革への情熱が根底にあるが、それにはこの国の人々の意識を変えていかなければならない。

 身近なところでコツコツと実績を積み上げる。そのためにも人の役に立ちたい。

 何よりファッション改革は、人が自由な装いで楽しく暮らすためのもの。

 身近な人の役に立てないで、改革なんぞできるはずもない。


「それより、具体的な計画を詰めようよ」


「そうね。リディアちゃんの服の仕上がり次第でもあるけど」


「服作りの前にコンセプトを決めておきたいの。このお店をどういう雰囲気にするか」


 私が言うと、みんな考え込んだ。


「俺の可愛いエラトが特別な格好で出迎えるんだ。特別な店に決まってる」


 と、おじさん。

 おばさんは呆れて首を振った。


「あんたね、それは親バカすぎるでしょ。でもそうね、エラトはニンフみたいに可愛いから、ニンフのいる店なんてどうかしら」


 おばさんも大概である。

 ニンフというのは妖精の一種で、山や森、川などに宿る精霊と言われている。全て美しい容姿の女性だと言い伝えられていて、しばしば神々や英雄と恋をしたりする。


「ニンフ。いいですね」


 私がうなずくとエラトは照れくさそうにもじもじした。


「ニンフの服はどういうのがいいかな……」


 最初だから斬新さは抑えて、けれどもとびっきり可愛く。

 十五歳のエラトの魅力をふんだんに引き出すような、可憐な衣装がいいだろう。

 妖精、精霊、半神。そんなキーワードが頭の中を流れていった。

 ぼんやりとしたイメージが徐々に固まってくる。


「それではニンフのいる店で、服はリディアが作って。出来上がったらお店の宣伝ですね」


 ティトスの言葉で現実に引き戻された。


「そうだね。近くの広場に行って、ニンフの格好のエラトお姉ちゃんと私たちでお店の宣伝をしてこよう」


「それなら評判間違いなしだわ」


 おばさんとおじさんはウンウンとうなずいている。


「それから、できればエラトお姉ちゃんには歌と踊りをやってほしいの。お店の中に小さいステージを作って、時間を決めて」


「ええっ……。私にできるかなあ」


「できるよ。だってお姉ちゃん、歌すごい上手じゃない」


 もっと小さい頃はよく歌ってもらったっけ。彼女の歌唱力は確かだ。運動神経もいいので、ダンスもいけるのではないか。

 ちなみに私は……音楽的センスが壊滅している。

 実は前世でもそうだった。リディアになってからもそこは変わらなかった。せっかく生まれ変わったんだから変わってほしかった……。

 いや、それはともかくだ。


「ニンフのイメージに合う歌と振り付けと……。うーん」


 悩んでいるとティトスが言った。


「それなら僕が考えようか?」


「ティトスが?」


「これでも家庭教師から詩や歌はたくさん習ったから。あと、踊り子や大道芸人がうちに来ることも多いんだ。彼らから聞いてもいいね」


 さすがお金持ち。話はまとまった。


「よし。じゃあ、私はニンフの衣装を作る。ティトスは歌と踊りの振り付けを考える。エラトお姉ちゃんは歌と踊りの練習。おじさんとおばさんは、いつもどおり美味しい料理を作る。こんなところで行こう!」


「おーっ!」


「頑張るわ!」


 こうして計画第一弾は始動した。



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