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番外編:南の植民都市4


 雰囲気が暗くなってしまった私たちに、案内人は昔話をしてくれた。

 ソルティア建国の話だ。


「昔むかし、内海の東側のある島国で、とある王国がありました……」


 王女として生まれたある女性は、兄との王位継承争いに破れる。

 先王は王子と王女の共同統治を遺言で残していたのだが、兄王子は王位の独占を企んで妹を暗殺しようとしたのだ。

 王女は辛くも逃れ、慕ってくれる民を率いて内海を西へと航海した。

 流れ流れて現在のソルティアの土地まで来たが、そこは既に現地人によって王国が築かれていた。


「王女、いえ、一行の女王となっていた彼女は現地の王に領土を買いたいと願い出ました。王は彼女を嘲笑うつもりで、『雌牛一頭分の皮で覆えるだけの土地ならば、くれてやろう』と言いました」


 ところが女王は知恵を巡らせて、牛の皮を細く裂いて長い紐を作り、それで広い土地を囲ってみせた。

 現地の王は自らの言葉を違えることはできず、その土地を――後に都市国家ソルティアが建設される丘を譲ったという。

 ソルティアの民たちは女王の指揮のもと都市を建設。もともと商才と航海技術に優れた民族だったために、内海を行き来して多くの富を築いた。

 細々と暮らしていた現地の王国も豊かになって、双方にとって幸せな時間が流れた。


 だが、そんな時間も終わりを告げる。

 ソルティア女王の才覚を見込んだ現地の王が、彼女に求婚したのだ。

 女王はかつて追われた故郷で結婚をしていた。兄王子は彼女の夫を暗殺している。夫は故郷の地で大神官を務めていた人物だった。

 女王は亡き夫を深く愛していた。今さら新しい夫は受け入れられないと訴えたが、現地の王だけでなくソルティアの有力者までも女王に結婚を迫った。


「激しいやり取りの後、女王はとうとう言いました。『それではお前たちの言う通り、私は夫の元へ行こう』と」


 その言葉を誰もが結婚の承諾だととらえた。

 女王は丘の上にたくさんの薪を集めて、あたかも亡夫の霊を鎮めるように犠牲の獣を屠った。

 そして、――手に持った剣で自らの喉を突いて死んだ。

 燃え上がる炎が彼女の亡骸を燃やし尽くして、灰すら残らなかったという。

 夫の元へ行く、とは、既に亡き夫の後を追って死ぬという意味だったのだ。


 それ以来女王は、志を貫いた気高い女性として建国の女王として、ソルティア市民に長く崇拝されることとなる。勝利の女神と同等の信仰を集めていたそうだ。


「……悲しい伝説ですね」


 ティトスがぽつりと呟いた。


「確かに悲しいけれど、いろいろ示唆に富んでいる話だと思う」


 私が言うと、クロステルが面白がっているような目を向けてきた。


「へぇ。たとえば、どんな?」


「その女王って、本来なら東の故郷の正統な後継者だったんだよね。王女で、しかも夫は大神官。血筋と信仰の両方で兄王子よりも正統性を持っている」


「だが夫は死んだし、女王は国を追われた」


「うん、ポイントは大神官だった夫の暗殺かな。王女は正しい信仰を保つためにも、誤りを犯した故郷を離れなければならなかった。正統性を持つ者なのに追われてさすらいの旅を続けるという悲劇に加えて、旅の目的が自国の民の信仰を守るためでもあった」


 そういった物語の類型は、前世でもしばしば見られた。貴種流離譚の亜種と言うべきか。

 あるいは、迫害された特定の宗教を持つ民族の流浪だ。

 ティトスが口を尖らせた。


「それなら別に自殺しなくてもよかったのに。再婚して幸せになったって、誰も文句は言わなかっただろうに」


「そういうわけにはいかないよ」


「えぇ?」


「信仰上の正統性は、女王が大神官の未亡人であるからこそ示されるんだもの。ここで現地の王と結婚してしまったら、ソルティア建国の根幹が揺らぐ」


 ソルティアという国の建国神話のため、女王は亡き夫に殉じなければいけなかった。

 そこで初めて彼女の物語は完結する。悲劇の王女は神に等しい存在になる。

 ソルティアの正統性が完全になるのだ。


「……まぁ」


 とか言いつつ、私は笑って両手を広げた。


「そうは言っても何百年も前の伝説だもの。当時女王が本当にいたとしても、伝説通りの悲劇だったかは分からないよ。実は誰かと再婚していたかもしれないし、独身を貫いて天寿を全うしたかもしれないし」


「そっか。そうだよね」


 ティトスが安心したように頷いている。その横ではクロステルが意地の悪い笑みを浮かべた。


「お前のその理屈。母上にアテナの不在を説き伏せた時にそっくりだな。例の『前世』の学問か?」


「あー、まあね。私、『前』は神話とか伝承とかが好きで。民俗学の本もそこそこ読んだの。どこに行っても同じような伝説ってあるんだなと思ったよ」


 この辺は他の人に聞こえないよう、小声でのやり取りになった。

 私は改めてソルティアの地を見る。

 風が吹いて、私たちの髪をたなびかせた。

 はるか昔、女王が焼いたという犠牲の獣の灰も、こんなふうに風に巻かれていったのだろうか。

 そう思うと、不思議な気持ちになった。







 案内人は次に、都市の郊外へと私たちを連れて行ってくれた。


「こちらも既に荒れ果てていますが、ソルティアが健在だった頃は、美しく整えられた田園地帯だったそうです」


 南の大陸は広い。なだらかな起伏の向こうに地平線が見える。

 言われてみれば、水路などの跡地が見える。既にボロボロで半ば土に埋もれており、すぐには使えなさそうだ。

 けれどかつてこの土地は豊かな農業地として有名だった。小麦の他、イチジクやブドウ、オリーブなどの果樹がたくさん栽培されていた。ソルティア語で記された有名な農業書があるくらいである。

 また、水路は埋まってしまっていても、自然の川が流れているのが見える。水が豊かな土地なのだ。


 気候はよく地味は豊か。だからこそネルヴァはここを植民都市の一つに選んで、土地を市民たちに配分する予定でいる。

 同時に農業以外の商業や産業を振興させて、多くの人々が豊かに暮らしていける町を目指している。

 豊かな町がいくつもあれば、互いに貿易でやり取りしながら、足りないものを補いながらやっていける。

 そういう構想なのだと思う。


 同時に先の戦争で集めた志願兵たちの『退職金』をも兼ねている。

 軍制改革で職業軍人を作ったが、常に戦争時と同じだけの兵力が必要なわけではない。

 ある程度の常備軍は必要としても、余分な兵力は養うだけでお金がかかってしまうので、随時整理する必要がある。

 だが、兵士たちは多くが無産階級プロレタリア。ただ放り出せば貧困層が増えてしまうだけだ。

 その対策として植民都市に入植させて、土地を与えて、暮らしていけるようにする。


 土地の分配はユピテル本国で一度、失敗している。

 富裕層ばかりが土地を買い漁り、大農園を作って家族経営の農家を駆逐してしまった例の件だ。

 二の轍を踏まないようネルヴァの手腕に期待したいところだね。


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