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番外編:南の植民都市2


 私とティトスの服飾工房は、今のところまずまずの成功を収めている。

 本当は今すぐにでも多種多様な服を作って売りたいけど、それはちょっとがまん。

 今は「少し変わった服。でもおしゃれで可愛い服」くらいのテイストで、下地づくりをする段階なのだ。


 フェリクス家のお嬢様、ドルシッラのおかげで若い上流階級のみなさんの後援がある。

 ドルシッラは結婚して実家を出たが、私のことは相変わらず贔屓にしてくれている。旦那さんの理解をもぎ取ったようで、実家にいる時よりむしろのびのびとしていた。


 年配の人たちは抵抗感が強いみたいだけど、若い人の感性は自由だ。

 まだまだ先は長いとはいえ、私は一歩を踏み出した。

 少し変わった服をトルソーに着せて、店先に並べる。店の奥へ行くと「だいぶ変わった服」が展示されている。

 売れ行きはもちろん、「少し」の方がいい。でも最近は「だいぶ」を見てくれる人も増えた。


 他にも下着工房が併設されていて、シルクの下着がたくさん並べられている。

 魔物の絹は従来の絹より安価とはいえ、多少は値段がする。既製品として作れるものはともかく、ブラジャーのようにオーダーメイドとなると値が張ってしまう。

 なのでブラジャーは、今のところ富裕層限定の商品だ。

 それ以外の簡単なサイズ分けで着られる下着は、徐々に浸透中。

 今日もお客さんがやって来て、軒先で喋っている。


「お、ここだ。シルクの下着を売っている店」


「兵士の友だちから聞いてさ。とてもいいものだと言うから、買ってみようと思ったんだ」


 やはり兵士の服として採用されたのが大きくて、兵士の身内から話を聞いたという人たちが買い求めてくれた。

 国軍の備品として安定した発注があるし、こうして評判も高まる。ネルヴァには世話になってばかりである。







 そんなわけで、私とティトス、クロステルは夏の凱旋式の後の季節を忙しく過ごした。

 冬になれば暖かい服が売れるので、ここぞとばかりに長袖長ズボンを売り込んでみた。

 長袖長ズボンの「蛮族の服」というイメージは、兵士たちがこれを着て異民族を撃破したことで、かなり払拭された。

 特にお年寄りなどはやせ我慢して手足を出さなくてよくなり、厚着を重宝しているようだ。


 そうそう、エラトの店に二号店ができたよ。

 店の規模が大きくなって、エラトのご両親だけでは経営に手が回らなくなってしまったので、フルウィウスが店を買い取った。

 経営はフルウィウスが行うようになって、同じメイド喫茶ならぬニンフの店のコンセプトで姉妹店ができたのだ。

 おかげでおじさんとおばさんは前のように料理に専念できるようになった。


「店が大きくなるのはいいんだがな。俺ぁやっぱ、料理人の仕事が向いてるわ」


「数字が大きくなりすぎて、あたしじゃ帳簿付けもままならなくなってたのよ」


 雇われ店長となったご両親だけど、待遇面はむしろ良くなっている。ホッとした様子だった。

 十六歳になったエラトはますます綺麗で、平民はもちろん騎士階級や貴族からも求婚が舞い込んでいるのだそうだ。

 ユピテルは身分制度があるけれど、そんなに厳格じゃない。奴隷だって解放奴隷になれるし、自由市民になれる。

 自由市民になれば資産さえ稼げば騎士階級になれる。富裕層の騎士階級も数代さかのぼれば奴隷だったなんて話は珍しくもない。

 貴族もフェリクスのような古い大貴族ならともかく、平民の身分でありながら元老院入りをして執政官まで上り詰めた者は『平民貴族』などと呼ばれるくらいだ。

 生まれついての自由市民であるエラトは、誰とでも結婚する権利がある。身分は気にせず、愛し愛される人と結ばれればいいなと思う。


「でもあたし、ニンフの仕事が気に入ってるの。結婚も憧れるけど、もう少しこのままかな」


 そう言ってチャーミングに笑っていた。

 ニンフのリーダーである彼女は、ミミとサリア以外にも増えた後輩たちを率いてステージをこなしている。

 娯楽が少ない古代の国において、彼女たちの存在は大きな癒しになっているようだ。本店も姉妹店も、いつ訪れても賑わっている。

 これからも安全に気をつけつつ、みんなのアイドルを続けてほしい。

 もちろん、私も新しい衣装を作って応援するつもりである。







 そうして季節は巡り、冬が終わって春がやって来た。

 ネルヴァと約束した南の大陸へ旅立つ時期である。

 私とティトス、クロステルは連れ立って首都を出発した。行き先はすぐ隣の港町。護衛にデキムスとカリオラもついてきてくれている。

 徒歩で半日程度の港町は、首都の海の玄関口だ。

 みんな海の旅は初めてなので、テンション高めになっていた。


 港町の通りの両側には、倉庫が所狭しと並んでいる。

 この港町ではあらゆる物が荷揚げされるが、特に主食の小麦が多い。というのも、ユピテル半島のすぐ西にあるテュフォン島が小麦の一大産地だからだ。

 小麦は年中運ばれてきて、日雇いの労働者たちが積荷の上げ下げをしている。

 港町と首都とは街道の他、運河でも結ばれているので、陸路と水路の両方で荷物が運ばれていくのだ。


 倉庫の他には労働者たちの高層住居インスラや、旅人や行商人のための宿屋が多く建っている。

 私たちは宿の一つに入って、一泊した。

 翌朝、改めて出発する。


「見て、リディア。海が見えるよ!」


 ティトスが弾んだ声で指をさす。

 坂を下っていく街路の先に青色が見えてきた。

 港に入る前に、岬のミネルヴァ神殿にお参りをした。海の旅の安全祈願である。

 商売と工芸の女神であるミネルヴァは、旅人に広く加護を与えるとされている。

 他にも海の泡から生まれたウェヌス女神や、炎と鍛冶の神であるウルカーヌスなどが航海にゆかりの深い神とされていた。


「やれやれ、ミネルヴァか」


 私とティトスは真面目にお参りをしたのに、クロステルは退屈そうにあくびをした。


「こら。神殿であくびしないで。神官の人が睨んでいるよ」


「仕方ないだろ。こいつとアテナは別物とはいえ、似た存在ではある。母上の仇敵みたいなものだぜ」


「まぁそうだけどさ」


「仇敵……?」


 カリオラが首を傾げる。

 クロステルの正体を知っているのは、私とティトスだけだ。慌てて誤魔化した。


「なんでもないの。クロステルってほら、グラエキア人だから。ユピテルの神々にあんまり馴染みがなくて」


 何とも苦しい言い訳だが、デキムスとかリオラは追求しないでくれた。

 彼らはクロステルがどこかおかしいと気づいている。クロステルは以前、ダンジョンで私を助けてくれたということになっている。

 十代前半の少年の見た目の彼が、たった一人でダンジョンに潜って生還するなど、冒険者の二人としてはあり得ないと思っているのだろう。


 けど私が毎回苦しい言い訳をするので、静観してくれている。

 ありがたいことである。


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