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番外編:南の植民都市1


「南の大陸に植民都市コローニアを作る計画が進んでいる。リディアも来るかい?」


 ネルヴァからそんなことを言われたのは、秋になってのことだった。

 場所はフェリクスの屋敷、執務室。

 夏の凱旋式から一段落ついて、首都ユピテルは落ち着きを取り戻している。

 撃破されたセグアニ人たちは北に引っ込んで、当分は出てこないだろう。

 他の地域の反乱なども今は起こっていない。訪れた平和を満喫している時期だった。


「南の大陸、ですか?」


 私は首を傾げた。

 ユピテル本国は内海に突き出す半島にある。その海を隔てた南に大陸があって、かつては大国が存在していた。

 大国――ソルティアはユピテルと百年以上に渡って戦争を続けた結果、滅亡している。町は破壊され、人々は殺されるか奴隷にされてしまった。今から二十年と少し前の話だ。


「計画している植民都市は、今までと異なる性質のものだ」


 ネルヴァは話し始めた。

 これまでのユピテルの植民都市は、あくまで戦略上の要所を押さえるもの。町の造りも城塞に近くて、入植するのは元兵士ばかり。

 彼らは土地をもらって耕すが、いざ再び戦争となった時はすぐに兵士に戻って戦う。


「俺の構想は違う。単なる屯田兵だけではなく、商業と農業を中核にした経済上の『基地』にしたいんだ。各植民都市をそれぞれに発展させて、独自の産業を育てる。ある程度の兵士を置いて守備を敷きながらも、それ以上に豊かさと文化を周囲にもたらす。それが基本の方針だ」


 彼は続ける。


「ユピテル本国において、主要な農地はすでに元老院議員や騎士階級たちに所有されている。農地法を作って土地を取り上げるのも考えたが、事態はなかなか複雑でね。ユピテルの農地は全て国有地、市民に貸し出す形を取っているのだが、外国籍の者も多く土地を取得していると判明した」


「え? 外国人がユピテルの国有地を借りられるんですか?」


 私が驚いて言うと、ネルヴァは軽く首を振った。


「外国人といっても、同盟国の市民たちだ。ユピテル半島に本籍を置く都市国家の者たちだよ」


 ユピテル共和国は今でこそ内海の覇者だけど、起源をさかのぼれば今の首都の位置にある小さな都市国家にすぎなかった。

 それが少しずつ戦争をして周囲を平定したり、同盟を結んだりして勢力を拡大し、半島を統一した。

 統一というが完全にユピテルが支配したのではなく、主だった都市国家や民族は自治を認められていた。彼らはユピテル市民ではないものの、同じ半島に住む古くからの同盟者として『ラティウム市民』と呼ばれている。

 ユピテルが直轄して治める他の属州とはまた違った国々なのだ。


「ラティウム市民たちは我が国の国民ではないゆえに、ユピテル法で縛ることはできない。仮に新しい農地法を作って国に返納を求めても、彼らに従う義務はないのだ」


 義務と権利はセットになる。

 ただ、ユピテル市民の最大の義務は兵役だった。徴兵制だ。

 それが志願制に変わった今、義務は相当に軽くなった。

 昔は義務が重かった上に、ユピテル市民だからといって特にいいことはなかったと聞いている。

 けれど今はそうではない。

 ユピテルが大国となった以上、戦利品の分配などもユピテル市民に優先権が出た。国の保護を受けられるため、商売をするにも旅をするにもユピテル市民権はあった方が有利。

 それなのに市民権を持たない外国籍の人々に、ユピテル法を押し付けるわけにはいかないのだろう。


 そして、農地の取得は貧富の拡大の大きな原因となった。

 ユピテルは昔は家族経営規模の自作農が多かった。けれど裕福な人が土地を借りまくり、多数の奴隷を使って大農園を作り始めた。

 そうなると小農家は価格競争で勝てない。結果、一家は離散して無産階級プロレタリアとして首都に流入したのだ。


 ネルヴァは息を吐いた。


「実のところ、ラティウム市民たちとの関係も見直す時期に来ているのだろう。ここだけの話だが、俺はラティウム市民たちに全面的にユピテル市民権を与えていいと思っている」


「えっ、それは、思い切りがよすぎませんか?」


 ティトスが声を上げた。


「ラティウム市民は同盟者として、何百年もいい関係を築いてきました。今になって急にそこまでしなくても……」


「今だからこそ舵取りの必要があるのだよ、ティトス」


 ネルヴァは言う。


「ユピテル市民権を取り巻く彼らの不満は、徐々に増えてきている。不満が最悪の形で爆発する前に、話し合いで決着をつけるべきだ。だが、元老院もやはり実感がわかないようでね。消極的反対が一番多く、次に強固に反対する一派が多い。この件を押し通すのは相当な苦労を強いられるだろう」


 ううむ。一つの物事を変えようとしたら、実に様々な事柄が絡み合っている。まるで縦糸と横糸を何重にも織り込んで作るタペストリーのようだ。

 政治の世界とは複雑怪奇である。

 私とティトスが黙ってしまったのを見て、ネルヴァは苦笑した。


「まあ、その辺りは俺と父上の領分だ。最善の形で進むよう、力を尽くすだけさ。

 話を戻そう。南の大陸、かつてのソルティアの首都近くに植民都市を作る計画が進んでいるんだ。いずれリディアの服飾工房も進出してもらいたい。新しい町には新しい服が似合うからね。それで来春、都市建設の無事を神々に祈る儀式があるので、出席してみないかい?」


「南の大陸まで行くんですか?」


「ああ、そうだ。メスティアの港から船に乗って、往復で十五日もあれば戻って来られるだろう」


「行きます!」


 私は元気よく手を上げた。


「ティトス、船旅だって! 楽しみだね」


「えっ。ええと、そ、そうだね」


 ティトスはちょっと腰が引けているようだ。

 普通は船に乗る機会なんてないし、びっくりしているのかもしれない。


「リディアとティトスの服飾工房二号店、南の大陸に出しちゃおうよ。よし! そうなったら、これからも張り切って服を作らないと!」


「相変わらずだなあ、リディアは」


 ティトスの呆れたような声を聞きながら、私の心はまだ見ぬ遠い大陸に飛んでいった。


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