番外編:クロステルの告白2
気まずい沈黙が流れる中で、私は考える。
ティトスに隠し事はよくないと思って、クロステルの正体を勢いで話してしまったけど。
従魔契約の代償で死体を食べる話とかは、ティトスには刺激が強すぎる気がする。心配させてしまうだろう。
だったらここらで、うやむやにしてしまうのも悪くないかもしれない。
「まあ、なかなか信じられないと思うけど、クロステルが妙に強かったり糸を出せたりするのは、そういうことで――」
私が話を締めようとしたところで、足元で小さな気配が走っていった。
「あっ、ネズミ!」
思わず声が上がる。
大都市である首都ユピテルでは、ネズミがたくさん住んでいる。
ネズミは食べ物をかじったり、病気の媒介になる害獣。布、特に絹もかじられてしまうので、工房でも敵視されていた。
小さなネズミは素早く走って、壁際に隠れようとする。私とティトスは棒を持ち出して追い払おうとした。
ところが。
機織り機の近くに行ったネズミが、急にふっと消えたのである。
「あれっ!?」
「どこ行ったの?」
「ごちそうさま」
驚きの声を上げる私たちに、クロステルが振り向かずに言った。
「……ごちそうさま?」
「食っておいたよ。害獣は始末した方がいいだろ?」
「え……? いつの間に?」
「こうやって」
クロステルの背中から、にゅっと大蜘蛛の足が飛び出た。白くてフサフサの毛が生えている、とてつもなくデカい足の一部だった。
「こう」
足はさっと引っ込んだ。目にも留まらない素早さだった。
「俺のこの姿は、単に化けているだけだから。本来の足や口はまた別にある。ネズミを捕まえて口に放り込んだ。それだけさ」
「へ、へぇ……」
私とティトスはドン引きである。
ティトスが小声でささやいた。
「ねえリディア、あの人本当に魔物なんだね……」
「うん、まあ、そうね」
「大丈夫なの? 急に襲ってこない?」
「それは大丈夫……の、はず」
もしもクロステルに害意があったら、私などはひとたまりもないだろう。
今の彼は外の世界を楽しむ、ただの気の良い蜘蛛(?)でしかない。そう信じるしかないともいう。
「何だ、お前たち。証拠を見せろというから見せたのに、態度の悪い」
振り返ったクロステルは、怒っているのとはどこか違う。どちらかというと、少しだけ傷ついているようにも見えた。
睨んでいるようでいて、長いまつ毛は伏せられている。赤い目は光を弱めて、視線が定まっていない。
アラクネの伝説では彼もまた元は人間で、母と一緒に世界から追放された存在なのだ。
憎しみに狂っていた母と違い、彼は最初に出会った時から正気だった。魔物しかいないダンジョンの中で、どんな気持ちで長い時を過ごしていたのだろう。
そこまで考えて、私は苦笑いしてみせた。どうってことないよ、とあえて軽く語りかけるために。
「ごめん、ごめん。私もティトスもちょっとびっくりしゃって。でもこれで分かったでしょ、ティトス?」
「う、うん。疑ってごめんね」
ティトスも戸惑いながらも頷いた。何か考えるようにクロステルを見ている。
「分かればいい」
クロステルはぷいと機織り機に向き合って、また織り始めた。
「あの、クロステル?」
そんな彼の横に立って、ティトスが話しかける。
「僕、リディアの友だちなんだ。クロステルはリディアの恩人だし、仲がいいよね。僕とも友だちになってくれる?」
クロステルは機織りの手を一瞬止めて、ティトスを見た。
「お前。俺が魔物と分かった上でそれを言うのか?」
「うん。だってクロステルは、悪い魔物には見えないもの。リディアと一緒に一生懸命働いて、縫い物も機織りも上手で、すごいよ」
「…………」
クロステルは視線をそらした。頬が少しだけ赤い。
「仕方ない。じゃあお前と友人になってやる。リディアのついでに見守ってやるよ」
「ありがとう! 僕、魔物の友だちは初めてだ。ダンジョンの話とか聞きたいな。今度教えてね?」
「今は忙しい。時間のある時に、後でな」
「うん!」
おやまあ。男子同士の友情成立の瞬間に立ち会ってしまった。これはいいものですなあ。
私はニヨニヨとして、二人から不審の目で見られたのだった。
クロステルが織ってくれた蜘蛛糸の布はとてもいい出来で、おかげで繊細なヴェールを作ることができた。
忙しい時間は過ぎていく。ファッションショーの日は近づいてくる。
さあ、頑張らないとね!




