08:第一歩
あくる日。
お腹いっぱいの幸せな眠りから覚めた私は、早速計画に向けて動き始めた。
私の住居は七階建て高層アパートの四階にある。
ユピテル共和国の住居は、フルウィウスのような大金持ちは戸建て。
小金持ち程度ならアパートの二階。
庶民はアパートの三階から最上階の一つ手前。
貧しい人は最上階に住む。
というのも、この国の建築物は二階まではだいたい石造りだが、それ以上は重量の問題で木造になる。
木造は石造りより軽量なのが利点だけれど、耐久性は低く傷みやすく、何よりも火事に弱い。
過密都市ではしばしば火事が起こる。
そして上層の貧しい人ほど逃げ遅れて死んでしまう。
特に最上層は粗末な屋根裏部屋みたいな造りで、昼間は直射日光で蒸し暑く、夜は冷気がじかに来るという最悪っぷりだ。もちろん雨漏りもひどい。
その点私が住む四階は可もなく不可もなく、やや貧しい寄りくらい。
お母さんと二人暮らしの部屋は狭いが、そこまで不便はない。
水を飲むのも一階まで降りなければならなかったり、トイレは部屋の隅の壺にするというアレなことはあるが、もう慣れちゃった。
今日も起き抜けに昨日もらったイチジクの実をかじり、お母さんに行き先を告げて部屋を出た。
小さい窓の暗い階段と廊下を抜けて、外に出る。
首都の喧騒は既に始まっており、辺りはさまざまな人々が行き交っていた。
そしてアパートの入口には、ティトスが立っていた。少し後ろには護衛の奴隷が見える。
「おはよう、リディア」
「おはよ。どうしたの、ティトス? なんでここにいるの?」
「昨日あれから考えたんだ。僕もきみと一緒に働くよ」
「え」
ティトスはどこか吹っ切れた顔をしていた。
「お金を貸すだけじゃなく、僕もリディアの『新しい商売』を見てみたくなって」
「でも、これから忙しくなるよ。勉強は大丈夫?」
私のような庶民と違い、ティトスは家庭教師をつけて勉強している。商人はそれだけ教養が必要になる。
魔力スキルがあるから魔法も学んでいたはずだ。
「平気さ。勉強もおろそかにしない約束で、父さんに許可をもらった。僕、頑張るから。一緒に行かせて」
「もちろんよ。ティトスが協力してくれるなら、心強いもん」
あれほど父親に怯えていたティトスが、自分から話をつけて動くなんて。
どういう風の吹き回しか知らないが、いい傾向だと思う。
私たちは手を取り合って、朝の喧騒の中を歩き始めた。
行き先はエラトの店だ。
エラトお姉さんとご両親に用がある。
「おはようございます!」
元気に挨拶すると、まだ開いていなかった店の扉が開いてエラトが顔を出した。
「リディアちゃん、いらっしゃい。朝早くからどうしたの?」
エラトの店のオープンは昼からだ。
比較的忙しくないと思われる朝を狙って訪問したのは、話がしたかったからだった。
「エラトお姉ちゃんと、おじさんとおばさんに話があるの。今時間大丈夫?」
「うん、大丈夫だけど。そっちの子は?」
「フルウィウスの次男のティトスです。よろしくお願いします」
「ティトスくんか。リディアちゃんから聞いてるよ、よろしくね」
エラトは不思議そうな顔をしながらも、私を中に入れてくれた。
一家は朝食を終えたばかりのようだ。
「よう、どうした、リディア」
「おはよう、おじさん。急なんだけど、私の話を聞いてくれるかな?」
「いいぞ。何だ?」
「私、新しい商売を始めたくて。エラトお姉ちゃんとお店に協力してもらえると、とても助かるんだ」
「私に?」
エラトは目をぱちぱちとさせている。
「うん。あのね、気を悪くしないで聞いてほしいんだけど。お姉ちゃんのお店、お料理が美味しいのにあんまり流行っていないよね」
昨日来ていたのも常連ばかりで、新顔はエラト目当ての迷惑野郎だけだった。
おばさんがため息をつく。
「まあね。うちは場所がちょっと不便なせいもあるから、仕方ないって諦めてたのさ」
「それで私、お客さんを呼び込む方法を考えたんだ」
「リディアちゃんが?」
「そう。それが新しい商売なの」
「話を聞かせてくれるか?」
少し興味を持ったらしく、おじさんが身を乗り出した。
私はうなずいて、切り出した。
「メイド喫茶をやってみない?」
「メイド喫茶????」
エラト一家の頭の上に大量のハテナが浮かんだ。
メイド喫茶。
それは一部の者の心のオアシス。
おいしくなーれの魔法をかけちゃう。萌え萌えキュン。
まぁ通じるはずもない。というかこの国にメイドという概念がない。あるのは使用人とか家政婦奴隷だ。
「要はエラトお姉ちゃんが可愛い服を着て、お客さんの応対をするの。何かコンセプトを決めて、その演技をしてもいいね」
おかえりなさいませ、ご主人様! とかね。
「エラトお姉ちゃんは歌も上手だよね。時間を決めて歌を歌って、お店を盛り上げる」
メイド喫茶のライブショーだ。
「可愛い服は私が作るよ。今までにない新しさで、すっごい可愛い服を」
これこそが今回の計画のキモだった。
メイド喫茶のような特別な空間であれば、斬新な服でも受け入れやすいだろう。
可愛いエラトに可愛い服を着てもらって、宣伝する。
お店に人が集まれば集まるほど、お店は儲かるし私の服も知れ渡る。一石二鳥だ!
「どうかな?」
「……ううむ」
私の問いかけにおじさんが唸った。ティトスが心配そうに見守っている。
おばさんが考えながら言う。
「面白い考えだとは思うけど、リディアちゃん。あんた、服は作れるの? 技術もそうだし、布を買うお金は?」
「服、作れます」
何せ前世で衣装自作派コスプレイヤーだった。
古代の女神から宇宙提督までたくさん作った。
この国にはミシンも何もないが、手縫いだって基本は同じだ。思い浮かべた服はだいたい作れる自信がある。
「お金はティトスから借りました。金貨三枚。これだけあれば布が買えます」
「ちゃんと考えて準備してるのね……」
エラトが感心したように呟いた。
おばさんと視線を交わしあってうなずいている。
「いいかもしれないわね」
「俺は反対だ」
ところがおじさんは首を振った。