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78:フィナーレ


 一度無人になった舞台に、再び人が現れる。

 シャツとズボンの男性。

 ジャケットにスラックスのスーツ姿の男性。

 パーカーを着た少年。


 Aラインのワンピースの女性。

 ブラウスとフレアスカートの女性。

 フリル袖のシャツにミニスカートを合わせた少女……。


 二十一世紀の現代の服装をまとった人々が、舞台の左右から歩いてくる。

 書き割りの背景は高層ビル群。

 都会の喧騒をイメージした楽曲は、ちょっとけたたましい感じ。


 スクランブル交差点を行き来するような動きで、人々は行き交う。

 すれ違って、互いに手を取って、くるりと踊る。


 ユピテル人も、北方の白い肌に金の髪の人も。南の大陸の褐色肌の人も。東国の黒髪の人も。

 それぞれが個性豊かな服を着て、仲良く手を取り合っている。

 二人ずつ組んでいた人波は、やがて横一列のラインになった。足を上げ下げするラインダンスに、客席から口笛と手拍子が飛ぶ。


 居並んだ人々の前に、古代の衣装を着た人たちがやって来る。

 船旅を続けているユピテルの始祖たちだ。

 見慣れたチュニカの服装なのに、現代の服の中にまじると逆に違和感が出ていた。

 始祖たちは周囲を見渡して驚いて、わたわたと演技をしてみせた。


 と、大きな布を持った人がやって来て始祖たちにかぶせた。

 現代の服の人々が取り巻いて、楽しく踊る。わずかな間を置いた後、布を取り払うと――始祖たちも現代の服に着替えている!

 客席がどっと沸いた。


「あはは、始祖まであの変な服を着たぞ!」


「意外に似合ってない?」


「いろんな服があるなあ」


 始祖たちは驚いて自分の体と服を触り、次いで人々にまじって踊り始めた。

 人々にもはや区別はなく、誰もが楽しそうに踊っている。

 折しも時刻は夕暮れ時。

 夏の鮮やかな夕焼けが舞台を赤く照らしていた。


 徐々に暗さを増す劇場は、そろそろクライマックスだ。

 舞台にいくつもガラス片のシャンデリアが持ち出されて、夕焼けとティトスの光魔法を乱反射した。

 まるでダンスホールのミラーボールのように、光が散っては踊り回る。その光は舞台だけでなく客席まで飛んでいった。


「さあ、みなさん!」


 そんな中、古代の女神の衣装に身を包んで、私は声を張り上げた。

 十一歳の子どもだから、女神というにはちょっと幼いけど。舞台マジックで気にしないでおこう。


「ニンフの島のひとときの夢。どこか遠い異国の、あるいは遠い未来の光景を、楽しんでいただけたでしょうか?」


「夢の中では、衣装は自由です。チュニカでも、そうでなくてもいい」


 私の隣にティトスが進み出る。

 彼が着ているのは、前世で大好きだった漫画のキャラクターの服。……女神と対になる聖騎士の服だった。

 ティトスにこれを着てもらうかは、最後まで悩んだ。けれど彼が私の前世の話を受け入れてくれたから、思い切って頼んだのだ。

 この服は『前の私』の最後の思い出。前は前、今は今として区切りをつけたかったんだ。


「気になる服はありましたか?」


「今はまだ、ご自分で着るのは難しいと思いますが」


「いつか心のままに」


「自分らしいと思う服を」


「着られるようになると、いいですね!」


 私たちは会話するように、交互にセリフをしゃべる。

 背後では役者たちが、一部は現代の服から着替えて、古代や中世の服で踊っている。

 もう一度整列してお辞儀をすると、客席から鳴り響くようなたくさんの拍手が降ってきた。


「面白かったよ!」


「変な服ばっかりだから、着るかは分かんないけどね」


「ちょっといいな、って思ったのもあったわよ」


 そんな声が飛んでくる。

 私たちは手を振って、お客たちの声に応えた。

 拍手はなかなか鳴り止まず、何度も手を振ってはお辞儀する。

 そうしてようやく収まってくると、舞台の明かりが落とされた。

 辺りはすっかり夕闇に包まれて、すぐ隣のティトスの輪郭すらあやふやだ。

 役者と私たちは転ばないよう気をつけながら、舞台の袖に下がっていく。


 代わりに始祖役の役者たちが、元の服装で舞台に上がった。

 書き割りはニンフの島、深い森。

 ふわりと光の魔法が飛んで、朝の光を演出する。


「夢だったのか」


 役者の一人が言う。


「いいや、これを見てくれ」


 もう一人が掲げたのは、現代の服。ボタンがついたシャツとスラックスだった。


「これはニンフの贈り物」


「これからの旅で、大事に着よう」


「そうしよう!」


 そうして再び、海の演出。書き割りの船が布の海を滑っていく。

 行く手には明るい光。遠くにはユピテル半島の影が見える――。







 演劇とファッションショーはそれから四日間に渡って上演されて、連日大成功をおさめた。

 初日こそ八割の客入りだったものの、口コミで広がっていったのだ。

 新しくやって来る人にまじって、リピーターも多かった。すっかりファンになってくれて、お花や焼き菓子の差し入れをくれる人もいて、嬉しかった。

 公演の最後の日などは客席が埋まってもまだ足りず、立ち見が出る始末で、安全上の問題からお引き取りいただく結果となった。


 凱旋式のお祭りの終わりと同時に、ファッションショーも終了となる。

 その頃になると首都は変わった服の話で持ち切りで、中には着てみたい、買いたいと舞台裏にやって来る人までいた。


「あのヴェールがついた帽子が欲しいんだけど、買えるのかしら?」


「フードがついた服があっただろう。パーカーというのか。あれが欲しい」


「レースのスカートがいいな。チュールスカートっていうんだ、へぇ!」


 お客さんたちはみんな目をキラキラさせている。

 舞台に魅了されて、わざわざ来てくれた人たちだ。新しいものを恐れず、手に取ろうとしている。

 なので私はニヤリと笑って答えるのだ。


「ええ、もちろん。来月になったら、新しい服飾工房がオープンします。今日の舞台の服は、全部そこで買えますよ」


「その工房は、何ていう名前?」


「――リディアとティトスの工房アトリエ、です!」


 新しい私の工房で、新しい服を作っていく。

 斬新なだけじゃ受け入れてもらえないかもしれない。

 商売だから採算も取らなきゃならない。


 けれど私は夢を叶えた。いいや、正確に言えば叶え続けている。ファッション改革という夢を。

 新しい糸車と機織り機で、糸と布の生産効率は相当に上がった。おかげで価格は下がって、いろんな服を庶民でも買える可能性が出てきている。

 だからこれからも夢は続くだろう。だって作りたい服が山ほどあるんだもの。

 そして、作っていけるのだもの!


 新しい服を作り続ける。

 それこそが私のファッション改革なのだから。

 いつか、さまざまなデザインの服を自由に自分らしく着られる社会を目指して。人々の笑顔を夢見て。

 夢は、どこまでも続いていく。




 ――終わり。





これにて完結です。ここまでお付き合いくださりありがとうございました!

完結記念、最後まで読んだ記念にブックマークや評価(★5で満点です)をしてもらえると、とても嬉しいです。


それでは改めて、ありがとうございました!


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