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73:凱旋式


※リディアの一人称に戻ります。

+++




 ――ユピテル軍、西の平原でセグアニ人を撃破!


 その一報がもたらせられると、首都ユピテルは歓喜の声に沸いた。

 元老院は執政官フェリクスの凱旋式挙行を即日で支持。

 凱旋式は軍事指揮官に与えられる最高級の名誉である。首都の大通りで盛大なパレードを行って、その後は何日もお祭り騒ぎをする。

 凱旋将軍や国家の負担で様々な催し物が開催されて、市民は無料で楽しめる。競技場での戦車競走や闘技場の試合などがそうだ。


 そして、この凱旋式のお祭り騒ぎの一環として私の出番があった。

 戦場へ出発する前に、ネルヴァが言っていたのだ。


「リディア。ユピテル軍は必ず勝って凱旋式を行う。きみは勝利の立役者として、夢を叶える一歩を踏み出すといい」


「いいんですか? ……それに、勝てますか?」


 私が不安そうに聞くと、ネルヴァはさも面白そうに笑っていた。


「その二つの質問は、どちらも『是』だ。ユピテルは必ず勝つとも。そのために軍制改革を行い、練兵を施した。そしてリディア、きみの服は兵士たちの大きな助けとなる。胸を張って権利を行使してくれ」


 だから私は彼を信じて、戦争が続いていた数ヶ月を準備に費やした。

 そうして準備が整った頃、まるで見計らったように戦勝の報が届いたのだった。







 凱旋式当日。夏のよく晴れた日のこと。

 首都の隣のマルス平原で、軍団兵たちが整列をしている。

 演奏隊のラッパが響き渡れば、兵士たちは整然と行進を始めた。

 私とティトス、クロステルはパレードを追いかけて、マルス平原から首都へと入る。


 行く先の首都の大通りでは、市民たちがこぞって出迎えた。景気の良い歌を歌い、花びらを撒いて絶え間のない歓声を上げている。

 先導の兵士たちに続くのは、今回の戦いの戦利品。

 セグアニ人から奪った財宝や、捕虜にした部族の長一族などだ。捕虜は鉄格子の荷馬車に乗せられたり、鎖で繋がれて歩いている。

 まさに見世物状態だ。ちょっとどうかと思ったが、市民たちは誰も気にしないで盛り上がっている。


「セグアニ人め! 思い知ったか!」


「二度とユピテルの地を踏むな!」


 そんな声が上がっていた。


 次に戦争の様子を描いた大きな絵が、馬車に乗せられて通り過ぎていった。

 アルブム山脈でユピテル軍が敵を追い詰めている絵。そして、西の平原で大勝利した絵。

 どちらも市民に分かりやすく戦勝を伝えるものである。これらの絵は後で神殿に奉納される。


「五万五千で十万を撃破したのか。人間としては大したものだ」


 飾られた絵を見てクロステルが言った。


「俺なら一人でせいぜい二千が限界かな。母上であれば十万でも平らげるだろうが」


「クロステル。あまりそういうこと、大きい声で言わないでよ」


 ティトスが慌てている。

 彼にはクロステルの正体を話した。そりゃあもうびっくりしていたけど、その時の話はまだ別の機会にしよう。


 さらに続くのは凱旋将軍の馬車だ。

 今回の凱旋将軍は執政官フェリクス。その立場に準じるとして、執政官メテルスも馬車に同乗している。

 四頭の馬に引かれた二階建ての立派な馬車で、二人の執政官の姿が遠くからでもよく見えた。

 彼らは勝者の証である月桂樹の冠をかぶっている。

 前世ではオリンピックの優勝者がかぶっていたな、と思い出した。


 ネルヴァは馬車の横を騎乗して進んでいる。彼が掲げているのは軍団旗、金のオオワシが描かれたものだ。

 軍団旗はとても大切なもので、戦いの最中に奪われると敗北したと同じくらいの屈辱なんだそうだ。

 そのため旗手はとても名誉ある立場とされている。

 ネルヴァは月桂樹に金のリボンが結ばれた冠をかぶっていた。月桂樹以外にも立場や功績によっていろんな冠があるようだ。


 凱旋将軍はさすがに人気が高く、馬車がやって来ると街路の市民たちがひときわ大きな歓声を上げる。


「執政官フェリクス万歳!」


「ユピテル共和国万歳!」


 その後ろには、主だった元老院議員が徒歩で続いた。

 彼らのすぐ後ろに儀仗兵が続く。彼らの持つ儀礼用の斧は、勝利の象徴である月桂樹で飾られていた。


 さらにその後には、一般の兵士たちが徒歩でやって来る。

 首都では武装解除が法律で決まっているので、みんな素手を振り回して声を上げている。


「勝利、勝利!」


「セグアニのくそったれをぶっ殺してやったぜ!」


「押し寄せるしか能のない蛮族どもめ。思い知ったか!」


「勝利、勝利!」


「フェリクス様の髪の毛と同じように、セグアニ人を狩り尽くしてやった!」


「勝利!」


 勝利の掛け声に混じって、なかなか下品な叫び声が上がっている。

 あとついでに、ネルヴァ父のちょっと寂しい頭髪がからかわれている。そんなこと言っちゃって大丈夫か? と思ったが、みんな笑っていた。


「なんか、下品よねえ」


 隣のティトスに言ったら、彼も笑っていた。


「兵士だもの、お上品ではないでしょ。こういう時は好きに声を上げて、すっきりするものだよ。その方が厄払いになって、神々に気持ちが届くもん」


 そういうものであるらしい。


 兵士たちは鎧兜を着込んだ一隊がいれば、服だけの隊もいた。

 夏のユピテルは気温が高い。半袖にハーフパンツの兵士たちは、遠目にはチュニカとそんなに変わらないように見える。

 けれどもあれは、確かに私の服。

 私の服を着て戦い、勝利した。そう思ったら、胸にこみ上げるものがあった。


 音楽と花びらで彩られた賑やかなパレードは、街路を進んでいった。目指す先は首都の最も高い丘、最高神ユピテルの大神殿。

 大神殿で神々に戦勝の報告と儀式をするのだそうだ。

 私たちもついていく。

 本当なら大神殿は立ち入り制限があるのだけれど、私とティトスはネルヴァの口利きで特別に入れてもらった。


 兵士たちの後ろで儀式の様子を眺める。

 最高神祇官ポンティフェクス・マクシムスの主導で儀式は進んでいく。

 最高神祇官は元老院の役職で、他の公職と同じく選挙で決まる。

 ユピテルでは専門の神職がほとんど存在しない。古代の国なので宗教行事は多いけれど、みなが兼任なのだ。

 十代の未成年の少年たちによる少年神官団や、その他のボランティア組織が担当している。

 少ない例外はスキル鑑定の原初の炎の女神神官くらいかな。女神の神官、巫女は全員が女性なのもあって専門の神職だった。


 祭壇の前に白い雄牛が引き出されてきて、祈りの言葉の後に殺された。

 ユピテルの牛は食用家畜ではなく、農耕のパートナー兼、犠牲の獣なのである。

 最高神祇官が改めて戦勝の祝いと祈祷の言葉を唱えて、みなが唱和する。

 犠牲の獣は神殿の炎にくべられて、ゆっくりと燃え尽きて灰になっていった。その灰を聖なる箱に収めて、儀式は区切りがついた。


 こうしてパレードと儀式は終わり、お祭り騒ぎが始まった。



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