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71:戦いの始まり


 四月に入り、ユピテル軍はアルブム山脈を越えてノルド地方へ足を踏み入れた。

 この土地はノルド人たちの領土で、一部は同盟国である。ノルドは多数の部族に別れており、同盟関係にあるものやセグアニ人に近しいものまで様々だった。

 今回のユピテル軍の出動は、土地を荒らされて作物を奪われた同盟国の要請によるものでもあった。

 また、さらに南に進めばユピテルの属州がある。

 セグアニ人たちの南下を放置すれば、これらの土地に被害が出るのは明白だった。土地が荒らされるだけでなく、占領されて領土を剥ぎ取られる恐れもあったのだ。


 春になって移動を再開したセグアニ人たちは、兵士となる成人男子だけでも約二十万人。

 狩猟民族である彼らは、移動の際には女子供と家畜、家財の一切まで荷馬車に積み込んで引き連れていく。

 総勢で五十万人を超える大移動である。全員が足並みを揃えて行動するのは不可能な規模だった。

 そこで彼らは二手に別れた。

 主だった部族に率いられて、一方は北からアルブム山脈を越えユピテル本国を目指す。

 もう一方は西側の海沿いにユピテルに入る道を選んだ。


「セグアニ人は二手に別れたと報告が入った。であれば、我らも兵を二分して迎え撃つ」


 執政官フェリクスが言えば、もう一人の執政官メテルスも頷いた。


「受け持ちはどうする?」


「メテルス殿、貴殿の軍の方が騎兵が多い。機動力を生かして西の平原を受け持てるか?」


「承知した。では貴殿は北を頼む」


「セグアニは数が多い。慎重に行動してくれ」


「言われずとも」


 こうして二人の執政官の担当が決まった。

 フェリクスはこの場に留まり、メテルスは西を目指して出発していく。


 未だ残雪の深いアルブム山脈を背にして、執政官フェリクスの指示のもと、ユピテル軍は堅固な陣営を築いた。ユピテルはインフラの国。伝統的に土木工事が得意な彼らは、仮の陣地であっても手を抜かずに建築する。

 塹壕を掘り、高い柵を巡らせ、騎馬兵の突進を防ぐために柴で障害物を設置した。

 待ち受けるユピテル軍の前に姿を現したセグアニ人の部族は、敵の陣営の堅牢さに驚いて、次に挑発的に攻撃を仕掛けてきた。


 陣を構えたユピテル軍は三個軍団、およそ三万人。対してセグアニは男だけで十万近い。三倍以上もの差があった。

 ゆえにフェリクスは陣営地を出ずに辛抱強く防戦した。

 補給物資は十分で、兵糧攻めの心配はない。元より水魔法と水魔石、さらには雪があるので、飲用水には困らなかった。

 セグアニ人は勢いに乗った時の爆発力は驚異的なものがあるが、じっくりと取り組む攻城戦などは苦手である。

 ユピテル軍の堅固な陣営を攻めあぐねて、ついには攻略を諦めた。


「ユピテルの腰抜けどもめ! 戦う勇気がないのなら、ずっと引きこもっていろ。ユピテルの家族に、お前たちは元気にしていると伝えてやろうではないか」


 このように挑発されて、ユピテル兵たちは憤った。

 執政官フェリクスとネルヴァは兵士たちの間を回って説き伏せる。


「決して焦るな。我ら新生ユピテル軍の真価を発揮する機会は、必ず訪れる」


「今、正面から戦っても勝ち目は薄い。耐えることが勝利への道になる」


 異民族たちはユピテル軍が動かないのを見ると、陣営の攻撃を中止して、ユピテル本国への移動を再開し始めた。

 陣営の前を通り過ぎていく彼らの列は、終わりがないと思えるほどに長く長く続いていく。

 何日も続いた長い行列の最後尾がようやく山の入口へと消えた時、総司令官フェリクスはついに全軍に出撃の命令を下した。


「戦友諸君よ、今こそ我らの力を見せる時! 俺に続け!」


 ネルヴァが剣を掲げて先頭に立ち、敵軍に斬り込んでいく。

 いかに屈強なセグアニ人といえど、後部の守りは薄かった。

 フェリクスは――ネルヴァは、数で劣る自軍に敵の背後を強襲させたのである。

 数々の挑発に耐えたユピテル兵は、それまでの怒りを晴らすかのように猛然と敵軍に襲いかかった。


 結果はユピテル軍の大勝。

 弱い後部を突かれたセグアニ人は混乱に陥る。女子供は泣き叫び、家財道具が邪魔をして退路を断たれた。

 ある者はろくに剣を抜けないまま斬り殺され、またある者は山の斜面に追い詰められて転落死した。

 実に十万人以上のセグアニ人が死ぬか捕らわれるかして全滅したのである。

 一方でユピテル兵の損害はほとんど出なかった。まさに完勝であった。







 しかし一方で、執政官メテルス率いる西の戦場はユピテル軍が敗北を喫した。

 メテルスはフェリクスと違い、持久戦よりも攻め上る戦法を選んだからだ。

 戦力はユピテル三万に対し、セグアニ十万。この兵力差では正面衝突はとても無理な話だった。


 不幸中の幸いといえるのはメテルスの撤退判断が早く、損害の拡大を防ぎながら南まで退却できたことだろう。

 異民族たちは深く追撃しなかった。戦場となった周辺の土地に居座って、現地住民のノルド人たちから物資を収奪して腹を満たす。セグアニ人は飢えていただけに、この行為はしばらく続いた。


 セグアニ人が目の前の欲望を満たすのに夢中になっている間、フェリクスは時間を無駄にしなかった。

 海を渡ってメテルスの軍と合流。体勢を整えて、今度こそ戦いの場に打って出たのだ。


 季節は春が終わり、夏に入ろうとしていた。


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