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07:エラトの店


 エラトというのは私の幼馴染のお姉さんだ。年は五つ上の十五歳。

 この国であればそろそろ結婚話などが出てくるお年頃である。


 そのエラトお姉さんの家では食堂を営んでいて、美味しいと評判。

 やや小さい路地の角地の建物、一階に店がある。

 ただちょっと位置が悪いせいか、料理の評判の割にはお客が入っていなかった。今日も夕食時なのに、席は半分も埋まっていない。


「あっ、リディアちゃんとセウェラさん! いらっしゃい、そこの席にどうぞ」


 店に入るとエラトがすぐに気づいてくれた。

 彼女は可愛らしい容姿と気立ての良い性格の持ち主で、食堂の人気者。

 このお店はお酒も出すが、あくまで食べ物がメイン。健全なお店なのである。

 ところが可愛いエラト目当てでやって来るエロ野郎どもが跡を絶たず、今も絡まれていた。


「ね~エラトちゃん、仕事終わったら俺とどう?」


「うちはそういう店じゃありませんから。前にも言いましたよね?」


 ユピテル共和国の飲食店では、ウェイトレスが売春をする場合がある。

 前世の感覚からすればひどい話だが、この国ではごく当たり前。

 けれどこの店は家族経営ということもあり、お触り禁止を貫いていた。


「オイコラてめぇ、うちの可愛い娘に何しやがる!」


 ドスッ。厨房の奥から包丁が飛んできて、エラトに絡んでいた男の横の柱に突き刺さった。

 さすがに男は青ざめて退散していく。

 憤怒の形相で厨房から出てきたエラトの父に、周囲の客がどっと沸いた。


「さっすが親父さん、今日もキレキレの投擲じゃねえの」


「危ないよなあ。エラトちゃんに手出ししたら命がないのに、よくもまあ懲りずに来るもんだ」


 店にいるのは常連の皆さん。昔なじみばかりなので、小さい頃からエラトを知っている。

 娘のように可愛がっているせいで、下手に手出しする男が来ても完全にアウェイだ。


「リディアちゃん、びっくりさせてごめんねー。父さんも包丁は投げないでって毎回言ってるのに」


「あのくらいやらなきゃお前を守れねえだろうが。ったく、もっと危機感持ちやがれ」


 エラト父はぶつくさ言いながら厨房に戻っていく。厨房のカウンターではエラト母が苦笑していた。

 カウンターにはいくつか穴が空いていて、鍋がはめ込まれている。

 美味しそうな湯気が立っているのが見えた。

 二人席に座る。さっそくエラトがやって来ておすすめメニューを教えてくれた。


「今日はそら豆とベーコンのスープがおすすめ。いいそら豆が入ったの。あとはベリコ地方のソーセージ! うちの店の特製魚醤(ガルム)ソースで絶品よ」


「じゃあ、そのスープとソーセージください。あとはパン」


「私用に水割りワインもお願いね」


 と、お母さん。


「リディア、今日はお祝いだからもっと頼んでもいいわよ」


 エラトが振り返る。


「お祝い? あ、そっか。リディアちゃん今月誕生日だもんね、おめでとう。で、スキル鑑定だ! どうだった?」


「あー、それが。繊維鑑定だった」


 ちょっと苦笑しながら言うと、エラトは目を丸くした。


「限定鑑定かー。でも繊維関連なのね。いいじゃない、きっとお母さんみたいに織物や刺繍の職人になれるわ!」


「うん、そのつもり」


 もちろん職人になるだけじゃなく、もっと大きなことをやっちゃうつもりだけどね。

 しばらくして料理がやって来る。


「あれ? このオムレツどうしたの?」


 注文していない料理がテーブルに載せられて、私は首を傾げた。

 エラトがウィンクする。


「もちろん、リディアちゃんのお祝いプレゼントよ。ミルクをたっぷり入れてふわふわにして、ハチミツをかけてあるから。美味しいよ!」


「すごい、豪華」


 ミルクはともかく、卵やハチミツはけっこうな高級食材だ。

 オムレツは大きくてこんもりとしている。卵をいくつ使ったんだろう。


「いただいてしまっていいの?」


 お母さんがちょっと困ったように視線を向けるが、エラトは明るく笑った。


「もちろんいいよ! スキル鑑定は一生に一度のことだもの。お祝いさせてね」


「ありがとう!」


 豆のスープもソーセージも、もちろんオムレツもおいしくて、私は遠慮なくもりもりと食べてしまった。


「リディアちゃん、おめでとう」


 常連の昔なじみの皆さんもお祝いを言ってくれる。


「あの小さい赤ん坊だったリディアちゃんが、スキル鑑定とはねぇ。あたしも年を取るもんよ」


「ほんとにな」


「ほら、リディアちゃん。これも食え」


「みんな、ありがとう!」


 みんなちょっとずつ料理を分けてくれるので、食べきれないほどだ。

 こんなにお腹がいっぱいなのは、この世界に生まれ変わってから初めてかもしれない。


 この時ばかりはファッション改革も計画の第一歩も忘れて、みんなの好意と美味しい料理を全力で味わったのだった。


 

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