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転生コスプレイヤーは可愛い服を作りたい  作者: 灰猫さんきち
第4章 戦の足音

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68:近況交換


「クロステル。グラエキアはどうだった?」


 羊毛工房に着いてしばし。

 洋服作りのためのテーブルの前で椅子に座り、私は尋ねた。


「おおむね予想通りだった」


 クロステルは肩をすくめる。

 彼の後ろでは工房の職人たちが好奇の目で私たちを見ていた。私が突然、毛色の変わった美少年を連れてきたので興味津々なのだろう。

 クロステルは母アラクネと因縁のあるアテナ女神の現状を確かめるために、女神信仰の本拠地であるグラエキアの都市国家ポリスへ行っていたはずだ。

 そんな彼がユピテルまでやって来たということは。


「アテナ女神は……いなかった?」


 他の人に聞こえないよう小さな声で聞くと、彼は首を振った。


「完全に消えたわけではなかった。だがかつての栄光、かつての神威は見る影もなかった。信仰が衰えた神があそこまで弱体化するとは、俺も意外だったよ」


 クロステルは言う。以前のアテナが大きく燃え盛る篝火であるならば、今はもう細いロウソクの炎に等しいと。


「ユピテルのミネルヴァ神殿も行ってみた。なるほどあれはアテナに似て非なる、既に別の存在だ。ユピテルはグラエキアの神々を取り込んだように見えて、独自の系譜を持っている」


「そうだと思う。自分たちの神話を持たない民族は、いないもの」


「お前は変わった考えをするね。異界の魂の記憶か」


 その前世では古い神々は世界中で信仰を失って、おとぎ話の住人になってしまっていた。

 キリスト教やその他の大きな宗教の影響で貶められ、あるいは従属的なもの、小さな存在に形を変えて……やがて遠い歴史の向こう側に去っていってしまった。

 世界的な規模で価値観を共有する宗教も、科学の発展も。古い神秘の存在を駆逐してしまった。

 日本はそれでも比較的土着信仰が残っている国だった。神社の古い神々や祟り神や、妖怪伝説が今なお語り継がれていたから。

 私はそういったものが好きだった。けれど本当の意味でそれらを信じているとか、信仰しているかと問われれば「違う」と答えるだろう。


「母上に報告したよ。たいそうショックを受けていたが」


 クロステルが苦笑する。


「これを機に怪物の呪いから解き放たれて、いつか美しく気高い母上に戻ってくれればいいと思っている」


「……そっか」


 蜘蛛の怪物アラクネが元の人間に戻るならば、それはきっと彼女という存在の終わりの時になるのではないだろうか。

 たぶんクロステルは分かっている。怪物の息子である彼は、伝説上は母の付属物のようなもの。アラクネが消えればクロステルも消える、そんな気がする。

 クロステルは感傷を表に出さず、楽しげな口調で言った。


「まあそんなわけで、俺はつかの間の自由を得たわけさ。リディアが元気に生きている間が俺の自由時間。せいぜい長生きしてくれよ」


 彼はふと私の目をのぞき込んだ。


「それにしても、この短期間で魔力が成長している。何かあったのか?」


「え? それは……」


 とっさに思いつかなくて、私は考え込んだ。クロステルは続ける。


「魂の傷に関係するようだが」


「…………」


 もしかして。前世の死に際の記憶のせいで暴力がとても怖かったのに、勇気を出して行動したせいだろうか?

 でもクロステルがいなければ死んでいたところだし、もう一度暴漢や暗殺者に相対したとして動ける自信はない。トラウマを克服したとか、そんなふうにはとても言えないだろう。

 その旨を話すと、彼は笑った。


「それでいいんだ。深い傷は一度に癒えることはない。一歩を踏み出せたなら、その成長も納得できる」


「……そっか」


 私は洋裁机に積んであった魔物の絹布を見た。手を伸ばして取り出す。

 勇気が直接の成長の証なら、ここしばらくで作り続けた絹と服は間接的な積み重ねの証にならないだろうか。


「これを見て」


「ほう……。見事な絹だ。これは、ダンジョンの蛾の繭から?」


「あ、分かる?」


 クロステルはにやりと笑う。


「当然だな。言っただろう、あのダンジョンの魔物は全て母上の支配下にある。蜘蛛のように直属の眷属ではないが、蛾のことだってよく知っているさ」


 彼は絹布を手に取ってじっくりと眺め、表面を撫でた。


「加工が素晴らしい。絹糸に適切なよりをかけるのはもちろんのこと、細い糸にもかかわらず織り目が均一で歪みもない。繭糸特有の硬さもしっかり除去している。さぞ腕の良い職人が紡いで、織ったのだろう」


「正解。それ、私のお母さんの布なの。お母さんは織物スキル持ちの職人でね」


 私はさらにもう一枚、絹布を取り出した。


「こっちも見て」


「ふむ? 先ほどのものに比べるとやや劣るが、こちらも品質としては十分だ。ユピテルはずいぶんと優れた職人が多いとみえる」


「ふふふ、それがそうじゃないのよ」


 私が思わず笑うと、クロステルは眉を寄せた。


「どういうことだ?」


「そっちの布を作ったのは、中堅の職人。腕はもちろん良いけれど、特別ってほどじゃない。それがきちんと織られているのは、私が織り機を改造したおかげ! 織り機の性能!」


 自慢! とばかりに胸を張る。

 私の織り機は使い方さえ慣れれば良い布を織れる。もちろん腕の良し悪しはあるけれど、以前の織り機ほど極端ではない。

 ところがクロステルは不愉快そうに表情を歪めた。


「織り機の性能だって? それは職人の領分を侵すものだ。そんなものを作って自慢するなど……」


「それは心外。職人が腕によりをかける複雑な織物と、平民に行き渡らせるためにたくさん必要な布を一緒にしないで。そして大量に必要になるものでも一定以上の品質が必要になるの」


 この考えはたぶん、私が前世二十一世紀の人間だったから持ち得るものだ。

 産業革命を経て以降の前世は、大量生産の時代に入った。

 だからといって熟練の職人による一点ものの価値が下がるわけじゃない。むしろそれらは最高級品、代替がきかない貴重な品として重宝された。

 大量生産されることでコストが下がり、庶民もある程度の品質の布やその他の商品が行き渡るようになった。

 無駄遣いと廃棄ロスが問題になっていたけれど、そこを差し引けばやはり大量生産の恩恵は大きかったと思う。


 そうと説明すれば、クロステルは不承不承という顔で黙った。

 神話の時代の住人である彼は、今のユピテルよりももっと伝統的な工芸を重視しているのだろう。


「俺には今ひとつ理解しかねる概念だが……」


「いいよ、すぐに分からなくても。私ね、このユピテル共和国でファッション改革を起こしたい。そのためには質の良い布がたくさん必要になる。最高級品でなくてもいいけど、粗雑じゃ駄目なの。平民でも手の届く値段で、着心地が良くて、自分らしく着られる。そういう服をいっぱい作りたいんだ!」


 その夢は少しずつ近づいている、はず。

 今は異民族の接近が報じられて、とてもそんなことは言い出せないけれど。

 平和が戻った後に、新しく作った兵士たちの服が認められれば。

 エラトたちの新しい衣装を受け入れてくれる人が増えれば。

 きっともっと前に進める。そんな思いが湧いている。

 それこそが本来の『成長』ではないかと、私は思った。


「相変わらずだなぁ、リディアは」


 そんなことを思っていたら、工房の入口から聞き慣れた声がした。


「ティトス!」



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