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転生コスプレイヤーは可愛い服を作りたい  作者: 灰猫さんきち
第4章 戦の足音

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67:凶刃


 私は前世、暴漢に襲われて殺された。

 あの時の恐怖は未だに脳裏にこびりついている。

 だから私は暴力が怖かった。人の害意と憎しみと、殺意が怖かったのだ。

 いつまでも前の人生に囚われているようで、苦しかったけど。恐怖はその思いを上回っていた。がんじがらめになっていた。


 大人ですらない十歳のこの体で、一体何ができるだろう。

 何もできなくても責められはしない。

 ここにはちゃんと護衛の人もいる。きっと気づいて主人を守ってくれる。


 けれども、もし。

 もしもネルヴァと父親とが凶刃に倒れるようなことがあれば。

 せっかく彼が考え抜いた軍制改革が頓挫してしまうかもしれない。

 大貴族でありながら、貧しい人々に心を砕いていた。私みたいな得体のしれない子どもを信じて、仕事を任せてくれた。

 そんな人が死んでしまって、悲願が潰えるとしたら。


 ――このまま見過ごすのはできない!


 別に私が直接止めなくたっていいんだ。声を上げればいい。

 恐怖したままの心を叱咤して声を張り上げる。


「そこの人が、ナイフを……!」


 けれど私の声は群衆の大声に飲み込まれて、誰にも届かなかった。

 子どもで背が低いせいで、誰にも気づいてもらえない。いや、視線が低いせいでナイフの光に気づいたのか。

 そうしているうちにも、暗殺者は前に進んでしまう。

 私は必死でそいつを追いかけた。足がもつれてしまったけど、幸いなことに相手もなかなか進めないでいた。

 こうなると、体が小さい私の方が人混みの隙間を縫うようにして歩いていける。

 恐怖のあまり歯がガチガチと鳴る。

 でも足を止めるわけにはいかない。ここで引き下がるわけにはいかないんだ!


 そうして、あと十歩。五歩、三歩……。

 ――追いついた!


「させないんだから!」


 暗殺者の手を掴む。筋張って固い感触。

 そいつが振り返った。振り返った目と視線が合った。

 彼は私を確認すると、何の感情も浮かべない目で、何気ない動作でナイフを振るった。


 ――私の首を真横に切り裂くように。


(あ……)


 しまったと思う暇さえなかった。

 こんな人混みの中だというのにナイフの動きは正確で、しかも一切のためらいがない。もちろん避けるなんてできっこない。

 私は為すすべもなく血を吹いて倒れる――。







 またやってしまった。また、分不相応に動いて犠牲を出してしまった。

 私はまたしても『お母さん』を悲しませる。前世と今生とで。

 ごめん、お母さん。ごめん、ティトス。ごめんね、みんな……。


 せめてどうか誰かが気づいてくれますように。

 そしてあの人殺しを捕まえて、ネルヴァを守ってくれますように。

 どうか私の死が無駄になりませんように……。







 シュッ、と何かが飛んでくる音がする。


「まったく、お前は何をやっているんだ」


 耳元で聞き覚えのある声が聞こえて、私は飛び上がるほど驚いた。

 ……うん? 飛び上がる?

 とっさに首元に手を当ててみるけれど、痛くない。傷になっていないし、血も出ていない。

 なんで? だってナイフの刃は至近距離で間違いなく振るわれたのに。


「あれ?」


「あれ、じゃないよ。久しぶりに会ったというのに、いきなり死にかけるのはやめてくれ」


 ふと見上げれば、白くてさらさらの糸の束が視界を塞いでいる。艷やかで何ともそそられる糸だ。


「繊維鑑定」


『原初の怪物アラクネの息子、クロステルの毛髪。クロステルの本性は大蜘蛛だが、人に化けるにあたって毛髪を形作っている。

 しなやかで強靭、あらゆる耐性を高く持つ最上級の繊維』


「クロステル!」


 名前を呼ぶと髪の毛のカーテンが動いて、外が見えるようになった。

 暗殺者の男は地に倒れ伏していて、ナイフはクロステルが取り上げている。ナイフには透明な糸が巻き付いて絡め取られていた。


「なんで俺の髪の毛を鑑定するわけ?」


 クロステルは呆れ顔だ。


「いやなんかすごい良さげな繊維だったから……。って、それよりそいつ、ネルヴァ様たちを狙ってた!」


「ネルヴァって、あそこの演壇にいる男? まあその倒れてるやつは気絶させておいたから、もう危険はないよ」


 さすがに人が倒れたので、周囲の人々が驚いてこちらを見ている。


「護衛! 護衛さん! こっちに来て!!」


 私が飛び跳ねながら手を振ると、ようやく気づいてもらえたらしい。数人の護衛がやってきて倒れた男を縛り上げた。

 男が連行されていって、ようやく本当に安全なのだと実感する。

 へなへなと足の力が抜けて、私はその場にへたり込んでしまった。







 座り込んだ私をクロステルが抱き上げてくれる。いつぞやの俵担ぎではなく、なんと横抱きのお姫様抱っこである。


「やれやれ。何をやっているんだか」


「ううっ、ごめん。でもクロステル、急に現れるなんてびっくりしたよ」


「本当は昨日、首都に着いてたんだがね。ここまで人間が多いとは予想外で、お前の魔力を辿るのに手間取ってしまった」


 言いながら彼はスタスタと歩き始めた。


「ここは騒がしい。休めるところへ案内してくれ」


「あ、うん」


 お母さんと住んでいたアパートを引き払ってしまったため、現在の私はフルウィウスの家に間借りして住んでいる。

 とはいえいきなりクロステルを連れて行くのも気が引けたので、羊毛工房に行ってもらうことにした。

 フォロ・ユーノーを抜けると人混みはずいぶんマシになる。私はクロステルの肩を叩いた。


「もう歩けるから大丈夫。降ろして」


 クロステルはじろりと私を睨んだ。


「駄目だね。今、リディアに死なれては困るんだ。再会するなり馬の骨に殺されかけていたとか、俺の気持ちが分かる?」


「うっ、ごめん……」


 彼の目的の一つは、私の死後の死体を食べること。

 人間は長生きするほど魔力が増して食べごたえが出るらしい。だから天寿をまっとうするのがクロステルの理想だ。

 それが従魔契約をして数ヶ月で死んだら、さぞがっかりだろう。

 結局、羊毛工房に到着するまでしっかりと抱っこされてしまったのだった。


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