表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生コスプレイヤーは可愛い服を作りたい  作者: 灰猫さんきち
第3章 魔物の絹と新しい服
61/86

61:難しいお年頃


 フェリクス夫人はつかつかと部屋に入ってくると、じろりと私を睨んだ。


「お前がリディアとかいう平民ですね。ネルヴァの事業に参加しているということですが、あたくしは信用していません。だいたい何ですか、あの踊り子の衣装は。奇をてらいすぎるにも程がある」


「エラトお姉ちゃん……エラトたちの衣装をご存知なのですか?」


 私はつい聞いてしまった。この人が店まで行ったとは思えないんだけど。

 彼女はますます目つきを険しくした。


「先日、我が家の晩餐会の余興に来たのです。所詮は踊り子、いくらおかしな服を着ていてもあたくしたちに関係はないと思っていたら、ドルシッラまで興味を持つ始末」


 ドルシッラは首をすくめながらも、母から見えない角度でこっそり舌を出している。お茶目な人だ。


「ネルヴァの仕事に口は出せません。けれど娘の素行監視は母親の務めです。ドルシッラにおかしな話を吹き込む前に、さあ、帰りなさい!」


 フェリクス夫人はドアを指し示した。

 私は帰りかけて、ふと、まだ下着姿だったカリオラに気づいた。


「あの、フェリクスの奥様」


「何ですか」


 ぎろりと睨まれた。


「今日は服ではなく下着を持ってきていまして。もしよければ見ていただけませんか?」


「見ません。お前、図々しいですね。いくらネルヴァの仕事に必要な人員であっても、無礼が過ぎれば追い出しますよ」


「このカリオラが着ている下着なんですけどぉ……」


 それでもめげずに話を続ける私に、フェリクス夫人は心底呆れた顔になった。


「すみません、ごめんなさい、でも見ていただきたいんです。この下着はしっかりと胸を支える優れモノです。ドルシッラ様のようなお若い方はもちろん、ご夫人のように少し年かさの方にも大変良いものでして」


「お前。このあたくしが年増だと言いたいの?」


「いえいえいえ! とんでもない!」


 フェリクス夫人は言葉ほどは怒っていない。まあ、既に成人した息子と来年結婚する娘を持つ母であれば、年かさだと言われたくらいじゃ怒らないか。

 ドルシッラは私たちのやり取りを笑いをこらえる表情で見ていた。


「お母さま、話だけでも聞いてみてはいかがでしょう。その下着とやらは変わった形ですが、華美でも奇抜でもありませんし」


「はぁ……。まあ、この小娘は帰りそうにないものね。分かりました。手短になさい」


「ありがとうございます!」


 私はドルシッラに頭を下げてから、改めてブラジャーを取り出した。


「胸の部分にパットを入れて肌触りを良くしています。そして下部分にワイヤーを通すことで、胸の形を美しく保ちながらしっかりと支えます」


 着用しているカリオラに協力してもらいながら、構造を説明する。

 さて、ここからは夫人の機嫌を損ねないように慎重に言葉を選ばないと。


「ぎゅっと上げてぐいっとお胸を寄せるので、脇に流れたお肉や下の方に来てしまったお肉もしっかりと形を整えられるんです!」


「……!」


 フェリクス夫人の目の色が変わった。

 彼女は年齢の割に美しい体型をしているが、それでもやはり若い娘のようにとはいかない。それなりに悩みもあるだろう。


「あの、お前。リディアでしたね。それはつまり、若い頃のように張りのある胸を取り戻せると……?」


「はい! パッドの厚さを調整すれば、ボリュームアップもできます」


「まあ、まあ……」


 夫人はそわそわと手を握ったり閉じたりした。もうひと押しだ。


「ドルシッラ様、お若いうちからこの下着でお胸を整えておけば、お年を召した後も美しい形を保っていられますよ。ご夫人、お嬢様のためにもお一ついかがでしょう?」


 難しいお年頃の夫人に「体型キープにどうですか」と正面から言う勇気はない。なのでドルシッラをダシに使ってみた。

 これで娘を心配するという体で、彼女もブラジャーを手にできるだろう。


「わたくし、欲しいですわ!」


 ドルシッラがちょっと棒読みで言った。さっきまで全然興味がなかったくせに、母親を取り込もうとして私と利害が一致したのだ。

 二人でこっそり笑いあった後、私は真顔に戻って続ける。


「お二人さえ良ければ採寸をして、ぴったりのものを作ってまいります。この布はネルヴァ様の事業のために作った布。お二人にもぜひ試してもらいたくて」


「……そこまで言うのであれば、仕方ありませんね」


 フェリクス夫人は渋々という顔で息を吐いた。けれど実は目線がブラジャーに釘付けなのである。

 私はにっこり笑って、メジャー代わりの紐を取り出した。







 ドルシッラとフェリクス夫人の採寸を終えた私は、丁重に挨拶をしてフェリクスのお屋敷から帰った。

 向かう先はいつもの羊毛工房。

 ここはもう職人の大半が新しい拠点へと移ってしまっているが、設備はまだ残っている。工房の所有者であるフルウィウスから、自由に使って良いとの許可を得た。

 フルウィウスは自宅に帰り、ティトスとデキムス、カリオラがついてきてくれた。


「やったね、リディア。まさかフェリクスのご夫人とお嬢様から仕事をもらうなんて」


 経緯を聞いたティトスが弾んだ声を出す。


「わたしは冷や冷やしたわ。機嫌の悪いお貴族様を前にして、図々しいことばかり言うから」


 カリオラが肩をすくめた。デキムスは横で笑っている。


「ごめんごめん。でもチャンスだと思って。あのくらいの年齢の女性は悩みが多いもの」


 私は前世の母を思い出した。四十歳を超えると体のトラブルがたくさん出ると言っていたっけ。

 この古代世界では加齢による衰えは早めにやって来るだろう。その解決に手を貸せば、きっと信用してもらえるはず。


 工房でブラジャーを作り始める。

 若いドルシッラに関しては特に問題ない。冒険者より運動しないので、造りを繊細にしてつけ心地重視で行こう。

 問題はフェリクス夫人だ。前世の母の言葉をよく思い出してみる。


『最近ブラジャーのサイズが合わなくて。年を取ると胸が下がってくるから、デコルテ(鎖骨の周辺)が痩せて見えるのよ』


『脇肉が増えたのよね……。おかげでサイドが食い込む』


 久々に思い出した母の言葉がこんなんばっかりで、ちょっと申し訳ない。

 まあそれはともかく、この辺がポイントだろうか。では、それらの解決を目指そう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ