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転生コスプレイヤーは可愛い服を作りたい  作者: 灰猫さんきち
第3章 魔物の絹と新しい服
60/86

60:フェリクス家の娘


 話の区切りがついたので、私たちがその場を辞そうとした時のことだ。


「まあ、なんてこと。お兄様だけ新しい服を着て、ずるいですわ」


 上品な女性の声が割って入ってきた。

 見れば中庭の奥の方から、一人の女性が出てくるところだった。

 年の頃は十六、七歳くらいだろう。ストラというユピテル女性の服を着て、おしゃれに髪を結い上げている。

 ネルヴァと同じダークブラウンの髪と青い目をした美人だった。


「あなたがリディアね」


 彼女は私の前までやって来て、まじまじとこちらを見た。


「本当に十歳の子どもですのね。お兄様がずいぶんと買ってらっしゃるから、本当はもっと大人なのかと思っておりました」


「ドルシッラ、よしなさい」


 ネルヴァが苦笑している。


「これは俺の妹で、ドルシッラという。リディアの話をしたら興味を持ってね」


「あのニンフの店にもお忍びで行きましたわ! とっても可愛らしい衣装で、わたくしも欲しくなりましたの」


 ドルシッラは目を輝かせた。


「お母様はあのようなものは下品だ、踊り子の服だと言いますが、わたくしそうは思いませんわ。あのふわふわしたスカート? と、変わった形の上着。あの服を作ったというリディアに、会いたかったのですよ」


「本当ですか! 嬉しいです!」


 私がぱっと笑うと、ドルシッラも笑顔を返してくれた。


「同年代の友人たちは、あの服が気になっている人が多くってよ。リディアはお兄様のお抱えですもの。妹のわたくしのために服を作ってくれるわよね?」


「はい、もちろん……いいえ、えっと?」


 二つ返事で言いかけて、勝手に決めてはいけないのだと気づいた。

 私の予定は押している。ねじ込む隙があるかどうか。

 けれどこれはいい機会だ。ブラジャーの件もある。貴族女性に売り込んで、新しい服と下着を受け入れてもらうチャンスじゃないか?

 思わずネルヴァを見ると、軽く頷いてくれた。


「リディアの手が空くのであれば、ドルシッラの願いを聞いてやってくれ。その子は来年、嫁入りを控えている。今が最後のわがままを言える時期だからね」


「一度工房に戻って、仕事の段取りを相談してきます。服作り自体は他の職人でもできますので、何とか時間を作って戻ってきたいです」


 兵士の服に改善点があれば施したいけど、今のところは思いつかない。

 職人たちにいくらかの不義理をしてしまう可能性があるが、私は目の前の大きなチャンスの誘惑に負けてしまった。すまぬ、本当にすまぬ。


「ぜひお願いしますわ!」


 心から嬉しそうなドルシッラに、私の心も踊るようだった。







「服作りの前に、ドルシッラ様にお見せしたいものがあるんです」


 いい機会だ。

 言ってカリオラに目配せすると、すぐに彼女は心得てくれた。ブラジャーの件である。


「どこかお部屋を借りられないでしょうか」


「でしたらこちらへ」


 ドルシッラは中庭に面した扉の一つを指し示した。

 奴隷の人がさっと動いて扉を開けてくれる。

 ついてこようとした男性陣に、私はペコリと頭を下げた。


「女性の下着の話ですので、すみませんが男性はご遠慮ください」


「そういうことであれば、仕方ない」


 ネルヴァが頷いてくれたので、私たちは部屋に入る。


「服ではなくて、下着ですの?」


 ドルシッラは不満そうだ。


「胸を支える下着で、ブラジャーと言います」


 私はサンプルとして持ってきていたブラジャーを差し出した。

 ドルシッラは手に持って、パッドの部分をふにふにしている。


「これを胸に巻くと?」


「はい。これはしっかりと胸のふくらみを支えて、運動をしても揺れが気にならなくなります。カリオラ、見せてもらっていい?」


「ええ。失礼します」


 カリオラが上着を脱いで下着姿になった。ぴったりとフィットしたブラジャーを、ドルシッラがちょっと興味を持った目で見た。


「ふくらみの形にぴったりですのね」


「一人ひとりサイズを測って、ちょうどいいものを作っています」


「ふうん? でもわたくし、そんなに激しい運動はしないの。別にいらないわ」


 あちゃー。

 今のブラジャーは前世のものと違って、レースなどの飾りがないシンプルなもの。可愛い服が欲しいドルシッラのお眼鏡にかなわなかったか……。


「ブラジャーを身に着けますと、お胸の形がきれいに見えるんですよ」


 それでも頑張って営業トークをしてみるが。


「わたくし、プロポーションには自信があるの。ほら」


 ぐいっと胸を張ると、それはもう豊かなおっぱいがどーんと張り出した。古代風のゆったりドレープたっぷりな服でもしっかり分かるボリュームだった。まるでロケット弾頭のよう。ブラなしでこれとはすごいわ。

 正直うらやま……。前世の私は貧弱だったし、今に至ってはぺったんこだもん……。

 いいや今は十歳だから、これから育つ可能性は大いにある。

 西洋人系のユピテル人であれば、日本人より育つ可能性が大いにあるっ! 大事なことなので二度言いました。


 しかしこうなると、ドルシッラ相手にブラジャーを売り込むのは無理だろうか。全然興味がない感じ。

 改めて可愛い服を作って持ってくるのがいいだろう。どんな服が欲しいのか、何ならデザインから相談してもいい。そう思ったところに。

 バタンと音を立てて部屋のドアが開いた。


「ドルシッラ、あなた何をしているの! あのおかしな服を作った平民と話しているなんて!」


 戸口に一人の女性が立っていた。四十歳前後に見える上品なご婦人だったが、今は機嫌が悪そうに目を吊り上げている。


「お母さま」


 ドルシッラがバツの悪そうな顔で言った。


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