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06:親子

リディアの話が省略されていますがミスではないです。後ほど出ます。




「ふぅむ、なるほど……。いささか奇抜ではあるが、筋は通っている」


 私の話を一通り聞いたフラウィウスは、考え込むように腕を組んだ。

 今話したのはファッション改革のほんの始まりに過ぎない。

 この古代世界で前世のような自由なファッションを楽しめるようになるには、いくつもの困難が予想できた。

 だから私は最初の一歩、足がかりとして今回の計画を話したのだ。


 しばらく考えた末に、フルウィウスは遂にうなずいた。


「……いいだろう。金貨三枚、貸してやろう」


「やった! ありがとうございます!」


 私は飛び上がって喜んだ。手を握っていたティトスもつられて嬉しそうな顔になる。


「ただし」


 フルウィウスの低い声にぎくりとする。


「借用条件はきちんと決めなければならない。もしも期日までに返済ができなければ、リディアはこの家で一年の奉公をすること」


「父さん!?」


 ティトスが声を上げた。


「金貨三枚でそれはあんまりです。一年は長すぎます!」


「長すぎはしない。子ども、しかも使い道のないスキルしか持たない者の価値はそんなものだ。奴隷として身を贖う道もあるが、そうしないのはセウェラの顔を立てるからだ。よく覚えておきなさい」


「…………」


 それ以上言い返せずにティトスはうつむいてしまった。

 けれどフルウィウスの言い分は妥当だと思う。十歳の私はまだろくな労働ができない上に、スキルも微妙。

 お母さんのように腕の良い職人とはわけが違うのだ。

 そう、フルウィウスは対価をあくまで私の奉公に限って、お母さんに何か要求はしなかった。

 彼はたぶん、私の覚悟を認めてくれたのだと思う。


「分かりました。その条件でお願いします」


「リディア……」


 泣きそうになっているティトスに微笑みかける。

 使用人がパピルス紙の契約書を持ってきてくれた。

 フラウィウスが先ほどの条件を契約書に書いていく。

 ティトスと私は署名をした。

 私たちはまだ子どもだから、保護者としてフルウィウスとお母さんも署名をする。


「これで契約は有効になる。ティトス、金貨を持ってきなさい」


「……はい」


 ティトスが一度応接間を出て、金貨の入った小袋を持ってきた。中味を取り出して机の上に置く。

 たった三枚だから数えるまでもない。


「確かに、いただきました」


 私は一枚ずつ金貨を握って袋に戻した。

 これは大事なティトスのお金。

 苦手な父の前に立って、それでも私に貸してくれた。

 必ず計画を成功させて何倍にもして返してやらなければ。


 こうして私は軍資金を手に入れた。

 ファッション革命へと続く、最初の一歩を踏み出したのだ。







 フルウィウス邸を出ると、辺りはもう夕暮れに差し掛かっていた。


「お母さん、ありがとうね。最後まで私の話を聞いてくれて」


「いいのよ」


 お母さんは少し苦笑しながら、隣を歩く私の頭を撫でてくれる。


「本当は途中でやめなさいと言おうとしたのだけどね。フルウィウス様に話をするあなたの目が、亡くなったお父さんにそっくりだったから」


「お父さんに?」


 私はお父さんを覚えていない。赤ちゃんの頃に死んでしまったからだ。

 前世のように写真もないので、どんな人か話に聞くしか知るすべがなかった。

 お母さんは夕焼け空に目をやりながら、ゆっくりと続けた。


「お父さんは元は剣闘士奴隷だったの。それが剣の腕を見込まれてフルウィウス様の奴隷に買われた。私と知り合ったのはその頃よ。

 お父さんは解放奴隷になったら、冒険者としてダンジョンに挑みたいと言っていたわ。まるで子どもみたいに純粋な瞳で、剣の腕で稼いでやるんだってね。

 さっきのリディアはその時のお父さんにそっくりだった。夢を追いかける目だった。だから私は、とても口を挟めなくて――」


 お父さんの死因は流行り病だったと聞いている。解放奴隷になって間もなくのことだった。

 たとえ屈強な大人であっても、この古代世界では人はあっさり死ぬ。

 子どもであれば言わずもがな。

 生まれたばかりの赤ちゃんや幼児が死ぬのは、近所でもありふれた出来事だった。


 それからお母さんは口を閉じて、しばらく歩いた。


「……お父さんはあなたが生まれるのをとても楽しみにしていたの。解放奴隷になって、結婚して、子どももできて。これからっていう時に死んでしまった。さぞ無念だったと思う」


「…………」


「だから私は、あなたの夢を応援したい。今日聞いた計画だけじゃなく、もっといろんなことを考えているんでしょう?」


「ばれちゃった?」


 少し照れくさくて茶化して言えば、お母さんは微笑んだ。


「リディアは本当はどんなことがしたいの?」


「それはまだ秘密。今言っても、信じてもらえないと思うから」


 お母さんを信用していないわけじゃない。

 でも前世のようなファッション改革をするなんて、いきなり言って分かってもらえると思えなかった。

 今日フルウィウスに話した計画はあくまで前段階、第一歩。

 少しずつ段階を踏んでこのユピテル共和国に、古代世界に新しい概念を取り入れてやるんだ。


「そう。それじゃあその時が来たら教えてちょうだいね」


「うん、もちろん」


「今日はエラトちゃんのお店で晩ごはんを食べていきましょうか。お腹減ったでしょう? スキルのお祝いとリディアの夢の応援で、ちょっぴり豪華にいきましょう」


「わ、やった! お腹ぺこぺこ!」


 エラトの店は近所でも美味しいと評判の食堂だ。

 成長期のこの体はお腹がよく空く。そしてこの国は前世みたいにおやつや食べ物があふれているわけじゃない。

 食べ物を意識したらとたんにお腹がぐうと鳴って、私とお母さんは笑いながら夕暮れの道を歩いていった。


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