58:報告
デキムスとカリオラに護衛を頼んで、私とティトスは首都へと戻ってきた。
お母さんはダンジョンの村の工房でお留守番。
新しい服はネルヴァとフルウィウスに許可を取ってからでなければ量産できないが、布は先に必要になる。魔物の絹糸と絹織物をしっかりと作ってもらっておくことにした。
最初にフルウィウスの家に行くと、すぐにネルヴァの屋敷に行く手筈になっていた。
到着すると執務室に通された。
「来たね、リディア。ダンジョンの村で新しい試みをしていたと聞いている。話を聞かせてくれ」
「はい! まずはダンジョンの蛾の魔物の繭から、品質の良い絹を作り出しました」
絹糸と絹織物は既にフルウィウスが首都に持ち帰っている。当然ネルヴァも知っていた。
執務机の上に広げられた絹織物を撫でて、彼は頷いた。
「フルウィウスからサンプルとして見せてもらった品よりも、さらに手触りが良くなっている」
「糸巻きの工夫や織り機の調整を何度も行いました。その成果です」
糸と布の説明を終えた後はいよいよ服だ。
「兵士の服は冒険者たちにテストを頼みました。……デキムス」
「おうよ」
後ろに控えていたデキムスが一歩前に出る。
「デキムス・アンニウスです。冒険者をやっとります。獲物は中型剣で、武装は革鎧。金属鎧ではないですが、ユピテル軍団兵と近い戦い方をすると思っています」
「今着ている服がリディアの新しい服なのかな?」
「そうです。こいつは体にフィットして、チュニカよりも動きやすい。動きを披露したいんですが、いいですか?」
「よかろう。見せてくれ」
ネルヴァが立ち上がったので、私たちは中庭へと行った。
フェリクス邸の中庭は見事な作りで、美しい列柱回廊がぐるりと周囲を取り巻いている。
デキムスはその中央に立って、鞘のままの剣を握った。剣帯から外して抜刀はせず、そのままで剣舞のような動きをしてみせる。
足を大きく広げた強い踏み込み、高く剣を振り上げる腕。一つひとつの動作は滑らかで、彼の腕前がよく見て取れた。
「なるほど」
一通りの動きが終わったあと、ネルヴァが感心したように言った。
「あれだけ激しい動きをしても、服が邪魔をしていない。チュニカよりやや長い袖があるが、腕の動きを阻害しない。それに足の部分はズボンになっているのか」
「はい。ズボンですが異民族のものと違って膝丈です。幅広に作ってあるので動きやすく、見た目もチュニカと似ています」
私が言うと、デキムスは自分のハーフパンツを引っ張ってみせている。
「袖があれば金属鎧でこすれる傷もなくなるか……」
ネルヴァが言ったので、私は少し意外に思った。貴族の人がすぐにそれを思いつくなんて。
私の視線に気づいたのだろう、彼は少し微笑む。
「前に言っただろう、俺も従軍経験がある。一兵卒とそう変わらない鎧兜を着込んで戦場に立ったものだ」
「変わらない、ですか?」
「ああ。我が国の軍は、貴族や司令官とて後方で待機するばかりではない。時には先陣を切って敵に突入するんだ。後ろに引っ込んでばかりいては、臆病者の烙印を押されるよ」
ほぉぉ……。思ったより軍はシビアなんだな。
かつてユピテル軍が精強を誇ったのはそういう事情もあるのかもしれない。――今は見る影もなく弱体化したということだが。
「服を詳しく見たい。デキムスよ、鎧を脱いでくれ」
「はいはい、ただいま」
デキムスはカリオラに手伝ってもらって鎧を脱いだ。
ネルヴァは彼に歩み寄り、服に触れる。
「む、この服は上下に分かれているのだな。あのニンフの店の娘もそうだったが」
「上着は体に沿った形ですので、チュニカのように丈を伸ばすのが難しくて。代わりに上下に分けることで、着やすく動きやすく仕立てています」
「首のところについているこれは?」
「ボタンです。こうして紐に引っ掛けることで開け閉めして、着脱時に頭と腕を通しやすくします。首の周りのパーツは襟で、これがあると首を保護できます」
「……うん? 服の下にさらに服を着ているのか?」
シャツの裾をめくったネルヴァが意外そうな声を出した。
私はにんまりとする。
「はい。これは『下着』です。実際の形はこれで……」
私は荷物から上下の下着を取り出そうとしたが、デキムスが口を挟んだ。
「着ている実物の方が分かりやすいだろ。ちょっと待ってくれ、今、上着を脱ぐから」
彼はさっさと下着姿になってしまった。
えぇぇぇ。ネルヴァみたいな身分の高い人の前で脱いでみせるとか、神経太くてびっくりだわ。
ところがドン引きしているのは私だけで、ネルヴァもフルウィウスも、ついでにカリオラも平気な顔をしている。
困る私にティトスがこっそり教えてくれた。
「港の労働者なんかは腰巻き一つで働いているから。リディアの下着はしっかり作ってあって、町を歩いていてもおかしくない感じだよ」
「あ、そう……」
そういや冒険者の中には、村では下着で過ごしている人がいたっけ。普通にそれで出歩いてるの。
やめたら? って言ったんだけど「別にいいじゃん」で終わってたんだよなあ。この辺の感覚も古代世界ならではか。
「ふむ。肩周りは袖がなく、すっきりしている。そして下履きは上着と同じ形」
ネルヴァが淡々と下着を確かめている。
奴隷や使用人にかしずかれるのに慣れている彼にとっては、冒険者のデキムスは観察対象に過ぎないのかもしれない。
デキムスも気にしないで明るく言った。
「この下着は優れモノでしてね。汗をよく吸ってベタつかない。下着だけ洗濯しとけば、上着はあまり汚れない。薄っぺらく見えて一枚着てるとだいぶあったかい。もう手放せませんや」
「リディア。俺も着用してみる。一揃い用意してくれ」
ネルヴァが言ったので、私は驚いた。
「ネルヴァ様ご自身がですか?」
「もちろんだ。上着と下着、どちらも試したい。兵士たちに使わせる以上、俺が確かめないでどうする」
「は、はい」
一セットの服と下着を奴隷の人に渡すと、ネルヴァは奥の部屋に消えた。
戻ってきた時にはすっかり着替えた姿になっている。
「ふむ、いいね。絹は女性の着るものと思っていたが、肌触りが非常にいい」
ネルヴァは満足そうだった。
「着る前に一通り確かめたが、随所に工夫がされているようだ。例えば股の部分の糸が太い上に縫い方が違ったが、あれは?」
「伸縮性を出すためです。股部分は一番負担がかかるので、破けないように」
そんなところまで見ていたとは。観察眼の鋭い人だ。
「このズボンは両脇にスリットが入っているんだね」
「はい。より動きやすくした結果です」
「ズボン型は何かと便利そうだ。特に騎兵は馬にまたがるから、両足が自由に動かせるのがいい」
「……!」
そこまでは考えていなかった。




