56:兵士の服、冒険者の服
顔を見合わせる冒険者の前で、私は声を張り上げる。
「下着だけじゃなくて、上に着る服も新しく作るつもりなの。それの着心地のテストをお願い」
「また新しい服を作るのか」
デキムスがびっくりしている。
兵士の服として考えていたものだが、せっかくだから冒険者たちで試してもらおう。
採寸は済んでいるし、デザインも既に頭の中で出来上がっている。あとはまた手分けして裁断して縫うだけだ。
「やってくれるなら、もう一枚の下着と新しい上着もタダであげるよ」
「よし、乗った」
デキムスは即答である。
「俺の服は着古してボロボロになってる。買い替え時だが、服は高いからな。タダでもらえるなら願ったりだ」
「オレも」
「俺もやる!」
下着の時は渋っていた冒険者たちは、今はすっかり協力的だ。実績って大事だね。
「ところでリディア。女性用の服はまだなのかしら?」
盛り上がる男性陣を横目にカリオラが言った。女性冒険者は全部で六人くらいいる。
男性と同じ形の下着は渡しておいたんだけど、カリオラは胸に巻く布――ブラジャー――が気になっているようだった。彼女、けっこうグラマラスだものね。体型で悩んでいるのかもしれない。
「ごめん、私もフル稼働状態で手が回らなくて。でも作りたいと思ってるよ」
眉尻を下げて言うと、カリオラは「気にしないで」と手を振ってくれた。
「そう、それならいいわ。気長に待つから」
というわけで、今度は上着作りが始まった。
何度か言及しているが、ユピテル共和国では「チュニカ」という服が一般的である。
チュニカは長方形の布の脇を縫い合わせて、腕と頭を出す穴をあけただけのシンプルなワンピース。
長さは膝丈程度で、腰帯を締めて着る。男女ともに基本の衣服だ。
チュニカの利点は長方形の布を使うため、裁断がほとんど不要で布を余すことなく利用できること。
製作は簡単でサイズ合わせもあまり必要ない。
体の幅より広い布でチュニカを作ると、肩の部分に布が余って短い袖のようになる。
これはタンクトップのシャツを思い出せば分かると思う。袖なしの服は肩部分がえぐれた形だから、長方形であれば肩にかかるってわけ。
チュニカはそれなりに利点が多いけれど、やはり平面の布をそのまま着るためあまり着心地は良くない。
腰の辺りでは布が余り、反対に裾に行くと布幅が足りずに動きにくい時がある。
前世現代の服はその辺りを改良した立体的な構造になっている。
だから兵士の服では、襟と袖をつけたツーピースの服を作るつもりだった。
長袖は軟弱という風潮があるから、とりあえずは半袖で。襟があれば首周りも保護できる。
というのも、兵士たちは金属の鎧を着込んで戦う。中世の全身鎧よりは簡素な胴鎧だが、それでも肌に直接金属がこすれると傷になってしまう。
これは前世、コスプレイベントで本格的な金属鎧を着ていた人から聞いた話だ。
こすれるだけでなく、真夏の暑い時は熱せられた金属で低温やけど。真冬の氷点下だと凍傷になる恐れがあるという。
だから前世の歴史でも、鎧の下に着る服は重要とされてきた。全身鎧のような鎧が出てきたら特にだ。
兵士の装備は肩当て付きの金属の胴鎧、兜、すね当て。武器として剣。
冒険者たちは皮鎧と金属鎧が半々なので、特に金属鎧の人から感想を聞きたいと思っている。
少なくとも肩当てのある部分までは袖を付けなければならない。
上半身は半袖程度の体に沿うライン。
下半身はやはりハーフパンツがいいだろう。
本当は長袖と長ズボンが保護力が高くていいと思うのだが、一気にそこまで持っていくと反発をくらいそう。ついでにユピテルは温暖な国なので、冬以外はだいぶ暑いという事情もある。
長袖は軟弱と言われて、長ズボンは北の蛮族が着る服だと思われている。何ともめんどくさいね。
その点、半袖プラスハーフパンツなら、ワンピースであるチュニカとそんなに見た目は変わらない。
なおチュニカは頭からかぶるだけで脱ぎ着ができる。同じくらい簡単な着脱ができるよう工夫したい。
「上着のシャツはボタンで前あきにするとして。下まで全部ボタンだと着るのが大変だから、ポロシャツみたいに途中まででいいかな?」
いわゆるボタンはユピテルでは見かけない。服を留める道具といえばブローチになる。
けれどブローチはピンを使うので、激しく動く兵士たちには危なくて使えない。服のピンが刺さって怪我したとか笑えないもん。
木製のボタンを作るか、もしくはトグルボタンみたいのでもいいかもしれない。トグルボタンはダッフルコートについているような、紐に引っ掛けて留める大きめのボタンね。
「よし、決まり。上着は襟付きポロシャツ。下は幅広ハーフパンツにしよう」
下着の時と同じように、サイズ計算をして型紙ならぬ型布を起こしていく。
袖の部分は特に立体的に縫う必要がある。
身頃の肩と袖山は長さこそ同じだが角度が違うため、縫うのにコツがいる。
具体的には袖山の縫い代を軽く並縫いして、糸を引っ張る。すると袖山が少し縮んで立体的になるので、角度を合わせて縫うのだ。
ちなみに縫い代の並縫い糸を引っ張るのを「ギャザーを寄せる」と言う。エラトの衣装でティアードスカートを作った時に多用した技法だ。
袖山のギャザー寄せは特に「いせ込み」と言う。まあ、それはどうでもいいか。
職人たちに型布を渡して裁断してもらった。
布は絹ではなく従来の羊毛布だ。コスパと丈夫さを考えるとこれがベターだと思う。
縫うのも私一人じゃ追いつかないので、彼らに頼む。袖と襟の部分が一番ネックになるから、念入りにレクチャーした。
最初は苦戦していた職人たちも、何度か繰り返したら慣れていった。
「このパーツを縫い合わせると服の形になる。不思議ですねえ」
職人たちは口々にそんなことを言っていた。
まあ、長方形の布だけに比べたらだいぶ複雑だよね。
ハーフパンツは下着の時と基本同じ形。
より動きやすさを重視して、袴のように腰のサイドにスリットを入れた。下着を着るのと上着をかぶせるのとで、素肌が鎧にこすれるのは防げるはず。
下着よりも余裕を持たせたサイズで、ぱっと見はキュロットに近い感じ。なので伸縮性に重きを置いた工夫は省略した。
ユピテルではズボンは異民族の野蛮な服という風潮が強いが、キュロットや袴ならスカートっぽくてチュニカに似ている。見た目上の反発は少なくて済むのではないか。
「さあみんな、服を縫うよ!」
上着上下と同時に下着の下履きを作ったので、工房は大忙しになった。
かといって絹糸紡ぎや機織りは止めるわけにいかない。縫い物は忙しいが、元となる糸と布がなくなってしまっては本末転倒である。ティトスまで縫い針を持って縫い物をする有り様だった。
出来上がった上着は順次、冒険者たちに届けた。特に金属鎧の人の感想を聞きたかったので、事情を説明して優先的に配った。
そうして全員分の服を縫い終わる頃には、みんな疲れ果ててぐったりしたのだった。
忙しかったけど、思う存分服を縫えて楽しい時間だった!




