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転生コスプレイヤーは可愛い服を作りたい  作者: 灰猫さんきち
第3章 魔物の絹と新しい服
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53:絹のアイディア


 織り上がったばかりの絹を手に取ると、さらさらとした気持ちの良い感触が伝わってきた。

 少しきつめに巻いてみれば、絹特有の「きゅ、きゅ」という絹鳴りの音がする。

 染色していない布なので、繭のままの生成り色。

 それでも光沢が美しい。最高級品に劣るとはいえ、十分な艷やかさだった。

 そして何より、この魔物の絹は本来の絹の弱点を克服している。丈夫で水に強く、洗濯だってできるのだ。


「はぁ……すてき。ずっと触っていたくなる」


 この絹は精錬していない、つまり石鹸でタンパク質を落としていない生糸で織ってもらった。

 確かに以前触った東国の絹と比べれれば、少しばかりぱりっと固い手触りかもしれない。

 それでも羊毛や亜麻、木綿とは比べ物にならないなめらかさ。

 これからもっと工夫して品質を追求していけると思うと、胸が高鳴った。


 お母さんの到着から少し遅れて、織物職人たちが何人もやって来た。

 それぞれ新しい織り機の調節をしながら、まだ不慣れな様子で絹を織ってくれている。羊毛工房でなじみの人もいれば、初めて会う人もいた。


「新しい工房の建設は、もう始まっていたのだけどね」


 お母さんが言う。ネルヴァの事業で使う予定だった兵士の服を作るための工房のことだ。

 あちらは羊毛の布で服を作る予定だった。


「リディアが絹を見つけたと言うから。急遽、こちらにも作ることになったの。羊毛の服がいらないわけではないから、あちらも人が働いているわ」


「フルウィウスさんは大忙しね」


「ほんとに」


 そのフルウィウスは絹糸の様子を一通り確かめたのち、首都に帰って行った。

 ティトスはこちらに残って手伝いを続けてくれている。

 フルウィウスは絹糸と絹織物、さらにはそれらで作る服に関して私に一任してくれた。大きなことは相談しないといけないが、多少のことであれば私の裁量でやっていい許可をもらったのだ。やったね。

 冒険者たちは繭がいいお金になると張り切っていて、けっこうな数を納品してくれた。

 おかげで絹糸工房はフル回転だ。


「リディア! セウェラさんの布が出来上がったって?」


 ティトスがやって来たので、布を渡す。


「わぁ! さすがセウェラさん、いい出来」


 ティトスはにこにこしながら布を撫でた。


「それでリディア。絹の新しい使い道って、何? まさかあの兵士の服……」


 言いかけて慌ててお母さんの顔を見る。その話は口外禁止だものね。

 ところがお母さんは微笑んだ。


「大丈夫、その話は聞いているわ。私が織物職人の責任者になるからと、フルウィウス様とネルヴァ様に教えていただいたの」


 ティトスはほっと息を吐いた。


「そっか、よかった。それじゃあアイディア、教えてよ。この絹はコストがそんなに高くないけど、それでも羊毛に比べればまだ高いし」


「まあね。普通の絹より丈夫と言っても、薄手で繊細でしょ? 兵士の服にはしないよ」


 私はにやりと笑う。


「だから下着を作るの」







 ユピテル共和国では、下着をはく習慣が薄い。

 一応腰巻きみたいのを付けている人は多いが、すっぽんぽんの人も珍しくないのである。


「下着? 腰巻きとか、女性の胸に巻く布とかかしら?」


 お母さんが首を傾げている。


「うん、そう。それをしっかりした形にして『下着』を作りたいと思って」


「必要ある? 何のために?」


 と、ティトス。

 下着の習慣がないために、二人ともよく分からないという顔をしていた。


「必要あるよ。まず、汗を吸収してくれる。吸収した汗の水分を放湿して体温調整がきちんとできる。次に汗や皮脂が直接服に触れないから、汚れを防いで清潔にできる。下着だけなら洗濯も簡単だしね」


 前にネルヴァが言っていた。軍の運用は病との戦いでもあり、戦争で死ぬか病にかかって死ぬかであると。

 下着だけでも取り替えて少しでも清潔にできれば、病気の予防になると思う。

 石鹸の量産は順調だと聞いている。戦場でまめな洗濯は難しいだろうが、物資補給の合間に取り替えたり洗濯に出したりできないだろうか。


「うーん?」


 ティトスとお母さんはまだピンとこないようだ。

 シルクの下着は前世では高級品だったが、この魔物の絹はコストがそんなに高くない。

 下着であれば布を使う面積は少なめで済む。何より絹の吸湿性・放湿性に優れた特性は下着にぴったりなのだ。肌触りもいいしね。


「一般の人向けの下着も作りたいけど、まずは兵士向けかな。肉体労働で汗をいっぱいかく人ほど必要になるもの」


「受け入れてもらえるかなあ。いらないって言われて終わりじゃない?」


 むむ。前世の感覚で言えば下着なしの方がよっぽど違和感があるが、ユピテルの感覚だとそうなるか。


「説得力が必要よね」


 私は考えながら言った。

 フルウィウスやネルヴァに下着の有用性をアピールする際、納得してもらえるような根拠を作らなければ。


「肉体労働、汗……。あっ、そうだ」


 一つ思いついて、ぽんと手を叩いた。ティトスとお母さんが私を見ている。


「冒険者たちに協力を頼もう。彼らに下着をはいてもらって、着心地をレポートするの。兵士の装備に必要だと思えるくらいの成果、出しちゃおう!」


 そうと決まればさっそく行動だ。

 まずは下着の形を決めなければならない。

 前世の下着の多くはTシャツのような伸縮性のある布地で作られていた。あれは「ニット地」といって、厳密には織るのではなく編んで作る布なのだ。

 ニットといえばセーターみたいな編み物が思い浮かぶので、最初に聞いた時は私も戸惑った。

 前世のような高度な機械技術があれば、とても細い糸を編んで薄い布を作ることができる。

 けれどユピテルのレベルでは細い糸は作れても編んで布にするのは無理だ。

 だから仕方ない、伸縮性のある布は諦めよう。


 となると、脱ぎ着しやすくて扱いやすい形を考えなければいけない。

 まず上着は、袖なしのタンクトップ型。襟ぐりを広めにしておこう。

 次に下履きは、男性用ならトランクスタイプか。ゴムはないので、紐で結んで留める形になる。

 丈を少し長めにしてハーフパンツみたいな形にしてもいいかもしれない。その方が服の保護になるし体温調節もきく。

 いっそ女性もそれでいいかな。

 頭の中で型紙を思い浮かべていく。


「よし。タンクトップとハーフパンツで行こう」


 黙考から浮かび上がって声を上げると、ティトスとお母さんが苦笑していた。


「あっ、ごめん……。ちょっと考え事に夢中になっちゃって」


 恥ずかしくて顔が赤くなる。ティトスは苦笑を笑顔に変えて答えてくれた。


「いいよ、もう慣れたから。で、何を作るの?」


「えっとね」


 下着の形と機能を説明する。


「エラトお姉ちゃんたちの服よりは、サイズ合わせを厳密にしなくても大丈夫だけど。一応、デキムスたちに頼んで採寸させてもらおう」


 前世であればS・M・Lの三種類で作ればどれかに当てはまったが、今はそういう概念そのものがない。

 長方形の布の脇を縫い合わせるだけのチュニカは、サイズ合わせをする必要性が薄いのだ。男性用・女性用・子ども用くらいの扱いである。


 私は巻き尺代わりの紐を取り出して、工房の外に出た。


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