50:絹糸テスト
それから数日後。
私とティトスは再度ダンジョンへ向かって旅立った。
今回の同行者はデキムスとカリオラの二人。フルウィウス家からの護衛は二名だ。
私たちがダンジョンに入らないなら、それ以上の護衛は不要ということになった。
それから木工職人と弟子たち、資材を載せた馬車である。木工用の木材とものすごくデカい銅鍋が積まれている。
四日の旅路は何の問題もなく進み、私たちはダンジョンに戻ってきた。
ダンジョンの入口を前にして、デキムスとカリオラが交互に言う。
「んじゃ、俺らは四階層まで行って繭を持って帰るからな」
「何個くらいあればいいかしら?」
「んー」
カリオラに聞かれて考える。
あの時、細い通路の蛾を全滅させて進んだ先には十個以上の繭があった。
「とりあえず、通路の蛾を全滅させた先にあるやつを全部かな。ただ途中で蛾が孵ったら大変だから、明らかに出てきそうなのはよけて」
私の繊維鑑定スキルでは、孵化の予想日数が表示されていた。持って帰ってきたもののうち、すぐに孵化しそうなやつは廃棄してしまおう。
「了解だぜ」
頷くデキムスに念を押す。
「くれぐれも無理はしないでね。私のせいで二人が怪我したら、後悔してもしきれないから」
「冒険者なんぞ怪我してなんぼの職業だがな。まぁ心遣いはありがたく受け取っておく」
「蛾は光に集まる習性のおかげで、コントロールが簡単だから。油断しなければ大丈夫よ」
カリオラが指を鳴らすと、小さな炎が灯る。
ティトスの光の魔力ほどではないが、彼女の火の魔法があれば頼もしい。
そうして彼らは数人の冒険者仲間を募り、ダンジョンへと消えていった。
冒険者たちが帰ってくるまでは、二~三日程度はかかるだろう。
その間に絹糸を作る道具を仕上げなければ。
私は書字板を取り出した。首都からの旅の途中、前世の記憶を書き留めてまとめておいたのだ。
1.繭を煮る。
繭の糸はそのままだと粘ついてお互いにくっついているので、煮ることでネバつき成分を溶かして取り除く。
2.糸巻きに糸を巻き揚げる。
糸巻き機のハンドルを回すと糸が手繰り寄せられ、巻かれていく。
糸巻き機はいくつかの部品からできている。
絹糸を作るためには、大雑把に言えばこの二つ作業が必要。
記憶を頼りに部品の形と役割を木工職人に伝えて、相談しながら部品を作った。
木の歯車を作るのをちょっと手間取ってしまったが、それ以外はとりあえず形になった。
持ってきた羊毛の糸を試しに巻き取ってみると、一応はちゃんと巻かれていく。何とかなりそうである。
そうしているうちにデキムスとカリオラが戻ってきた。
「わ! 大漁だね?」
十五個ほどの繭を渡されて、私大喜び。
「細い通路だと案外戦いやすくてな。蛾を少しずつおびき寄せて始末してきた」
デキムスは得意げだ。
その戦法は前世のMMOゲームなんかで言う「釣り」だろう。
念のため繊維鑑定をして、明日にでも孵化しそうな繭だけは燃やしてもらった。それでも十三個は残っている。
さっそく冒険者ギルドの炊事場の一角を借りて、大鍋にお湯を沸かす。
「あれ、そういえば。普通の蚕の繭だったら五~六個くらいの糸を撚り合わせて一本の糸にしていたけど。このでっかい繭だとどのくらいだろう」
前世の蚕の繭糸は本当に細くて、一本ずつでは見えにくいほどだった。
目の前のこれは大きさが大きさなので、糸もやや太いように見える。
「とりあえず半分の三個くらいでやってみる?」
と、ティトス。私は頷いた。
「じゃあ三個お鍋に入れようか」
大鍋であったが、五十センチの繭を三個入れたらだいぶいっぱいになってしまった。もっと大きい鍋でも良かったかもしれない。前世のショベルカーでやる芋煮会みたいなやつ。
まあ今後必要になったら特注で作ってもらおう。
沸騰しない程度のお湯に入れてぐるぐるかき回す。すると糸がほぐれてきたので、表面を指でつまんで糸端を探した。
それぞれの繭の糸端を見つけて軽くより合わせる。それから糸巻き機の先端にセットした。
先端部分は鼓車という部品。次に振り手という棒に引っ掛ける。これらがあると均等に糸が巻けるのだ。
そのあとは糸巻き本体に糸の先端を軽く結びつけて、ハンドルを回した。
「おっ。いい感じじゃない?」
くるくる、くるくる。ハンドルを回すと糸が引き上げられ、糸巻きに巻き取られていく。
私は調子よくハンドルを回していった。
「あれっ!?」
ところがブチッと音がして糸が千切れてしまった。
ティトスがびっくりしている。
「なんで? 繭三個じゃ糸が細すぎた?」
「違うみたい」
私は鍋の中を覗き込んだ。
「これ見て。繭が鍋の中で偏っちゃってる。それで糸が引っかかって切れたんだ」
鍋の中の繭は端の方に三個とも寄ってしまって、お互いにお互いを邪魔するような格好になっていた。
「じゃあ、鍋をかき混ぜればいい?」
「そうね。ティトス、お願い」
前世の記憶をよく思い出せば、確かにハンドルを回しながら鍋をかき回していた気がする。うっかりしていた。
小さな蚕の繭であれば鍋も小さく、両方の動作を一人でできる。
けれどこの大鍋はかき回すのも一苦労なので、ティトスに頼むことにした。
ティトスは木工職人から棒をもらってきて振ってみせた。
「じゃあ行くよー」
「オッケー」
お互いに掛け声をしながらハンドルを回し、鍋をかき混ぜた。
くるくると糸巻を回して、ぐるぐると鍋をかき混ぜる。くるくる、ぐるぐる。息ぴったりで良い感じだ。
先ほどよりも長い時間ハンドルを回したが、糸が切れる気配はない。正解だったようだ。
「リディア、この繭の糸ってどのくらいの長さなんだろう?」
「んー、普通の小さい繭で一マイル(一・六キロメートル)足らずって聞いたことがある」
「めちゃくちゃ長いね!?」
「だよね。この繭は何十倍も大きいから、下手したら何十倍も長いかも」
「ひえ~」
話している間もずっとハンドルと鍋を回しているが、繭はあまり小さくなったように見えない。
本当に何十キロメートルにもなる糸であれば、何回巻けば終わるのやら。
私たちは先行きの長さを思いながら、くるくる、ぐるぐると回し続けた。




