05:最初の関門
ティトスはいまいちピンと来ない様子であったが、私の熱意に押し切られる形でうなずいてくれた。
「でもファッション革命って、一体何をどうするんだい?」
「ふふふ。計画はあるんだよ」
衣装作りの衝動と一緒に計画のアイディアも閃いている。
けれどもその計画の第一歩は、新しい服を作らないとどうにもならない。
そしてそのために布と糸を買わないといけない。軍資金が要る。
「ティトス。自由になるお金はどのくらいある?」
「金貨三枚くらいかな」
金貨三枚は日本円にしてざっくり五十万円くらいだろうか。貧乏な一人暮らしなら半年暮らせる額だ。
さすが大商人の息子、十歳としてはなかなかの金額を持っている。
「そのお金、私に貸すのはできる?」
「できるよ。リディアなら利子もいらない」
あっさりと答えたティトスに、私は逆に不安になった。子どもの立場でそんな簡単に貸し借りしていいはずがない。
「フルウィウスさんに頼んでちゃんと借用書を作ってもらおう。返せなかった場合も取り決めて」
「え? そこまでしなくていいよ。だってリディア、返す当てないでしょ?」
「当てがなくて借りるなんて言わないよ!」
私は思わず大声を出した。大人しいティトスはビクッとしている。
「計画あるって言ったでしょ。もちろんまだまだ甘いと思うけど、当てならある。私、ちゃんとお金を儲けるんだから!」
「う、うん」
ティトスはただの善意で言ったのだと思う。友だちとして、困っている私を助けようとしてくれた。
けどそんなの父であるフルウィウスは許さないだろう。
何より私が許せない。友だちからお金を巻き上げるような真似、できるものか。
私はティトスの手を引いて応接間に戻った。
フルウィウスとお母さんはまだ話をしていたが、私たちが入ってきたらこちらを見た。
「フルウィウスさん。話があります」
切り出すと、彼は面白そうな目で私を眺めた。
「何かね?」
「ティトスと共同で商売をしようと思うんです。元手はティトスの金貨三枚。これを私が借りて商売を始めます」
「ほう……?」
フルウィウスはすうっと目を細めた。
外面の良い商人の顔を取り払って、まるで獲物を見定める猛獣のような表情になる。ぬめるような光が目の奥でちらついた。
急に様変わりした表情に、私は不覚にも怖気づいてしまった。一歩後ずさりそうになって、握ったままだったティトスの手に気づく。
ティトスは私以上に怯えていた。
真っ青な顔でカタカタと震えている。
彼の立場を思い出す。
ティトスは次男で大人しい性格。しかもスキルが魔力系で商売に不向きだった。
だからいつも父や兄に必要以上に気を使って、顔色をうかがってばかりいた。
家族にうとんじられているとか虐待されているとか、そこまでのことはないはずだ。
でもきっと彼は肩身の狭い思いをし続けているのだろう。
父であるフラウィウスの前に考えなしに引っ張ってきてしまったのを、反省した。
私は前世では二十歳だったのに。十歳の子を気遣ってやれないなんて、大人失格だ!
そう思えばお腹に力が入った。
ティトスをかばうように一歩、前に出る。
「ティトスは元手を貸してくれるだけです。私がそれを活用して商売をする。今まで誰もしてこなかった、新しい商売です。ティトスはまだ子どもだから、お金を借りるにはフルウィウスさんの許可がいると思って、ここまで来た次第です」
「子どもなのはお前もだろう、リディア」
フルウィウスは口調だけは静かに言った。
「子どもの思いつきに簡単に金を貸してやるほど、我が家はお人好しではない。金貨三枚は私にとってははした金だが、だからといってドブに捨てるのはもったいない。金は貸せない。以上だ」
取り付く島もない……と言いたいところだが、私は違和感を感じた。
フルウィウスはそう言いながらもまだ私に興味を向けている。
試されている、と思った。
少しの威圧で私が引っ込んでしまうかどうか。それを乗り越えて交渉できるかどうか。
交渉の席に立つのが最低限の資格。ならば。
「いいえ、貸してもらいます。まずは私の話を聞いてください。聞いたうえで商売として成り立つか、判断してください。きっと興味を持ってもらえると信じていますけど」
内心の怖気を無理やり押し殺して、私は不敵に笑った。
もしかしたらちょっと引きつっていたかもしれないが、それはもう仕方ない。
まだ震えているティトスの手を握って、心配そうにしているお母さんにうなずいてみせる。
「ふふっ……ははは!」
フルウィウスが笑い声を上げた。
「リディアが物怖じしない明るい子なのは知っていたが、ここまで豪胆だったとは。いいだろう、話してみなさい。ただし話したからといって、必ず金を貸せるわけではない。いくらティトスの友人でも、商人として金を粗末にできないからな」
「はい……! ありがとうございます!」
ティトスを振り返ると、笑っている父をぽかんとした顔で見ていた。
私はもう一度彼の手を握って、フルウィウスに話し始めた。
ファッション改革へと続く道、その第一歩の計画を。
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