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転生コスプレイヤーは可愛い服を作りたい  作者: 灰猫さんきち
第3章 魔物の絹と新しい服
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49:親子喧嘩の決着


 お母さんに事情を話して、ティトスは我が家に泊まっていった。

 うちは狭いアパートで、私とお母さんのベッドの他はテーブルとちょっとしたものを置いたらいっぱいになる程度のスペースしかない。

 私は久々にお母さんのベッドに潜り込んで、ティトスには私のベッドで寝てもらった。


「それとも私と一緒に寝たかった?」


 冗談の気持ちで言えば、ティトスは真っ赤になった。


「何言ってるんだよ。リディアはもっと慎みを持った方がいいと思う」


「慎みって。私たち、もっと小さい頃は一緒にお昼寝したじゃない」


「四歳くらいの話だろ、それ。昔すぎる!」


 たった六年前なのにね。二十歳の感覚で言えば中学生が大学生になるくらいだが、十歳から見れば差はもっと大きい。

 隣り合ったベッドで冗談交じりの話をしながら、そのうち旅の疲れが出てきて眠ってしまった。







 翌日、ティトスは自分からフルウィウスと話に行くと言い出した。


「一晩寝たら落ち着いた。父さんに謝るよ。許してくれるかどうか分からないけど」


 フルウィウスは息子に甘いわけではないが、愛情はちゃんとあるように見える。だからきっと大丈夫だと思った。

 そうして午前中のうちにフルウィウスの家に行くと、仏頂面の家主が待っていた。


「父さん、すみませんでした。ダンジョンに勝手に行ったのも、昨日家を飛び出したのも」


 ティトスが切り出すと、父は不機嫌そうに応じる。


「……お前は自分の立場が分かっているのか」


「分かっているつもりだけど、譲れないです。僕はリディアと肩を並べて歩いていけるようになりたい」


「はぁ……」


 フルウィウスはかつてないほど深いため息をついた。


「リディア、お前があの店の商売を始めると言って以来、我が家は振り回されてばかりいる。一体どうしてくれる」


「と、言われましても」


 フルウィウスはまたため息をついた。さっきよりはいくらか軽い息だった。


「まあ、いい。ティトス、今後は危険なことだけはくれぐれもしてくれるな。お前に何かあったら、母さんがどれだけ悲しむか」


 そこで「私も悲しい」と素直に言えないのは、父親としての意地なのかな。言っちゃえばいいのにね。

 けれどティトスにはちゃんと伝わったみたいで、頷いていた。


「……はい」


「分かればいい」


 どうやら話は落とし所が見つかったらしい。親子の表情が少し穏やかになった。

 ここぞとばかりに私は口を挟む。


「フルウィウスさん。ダンジョンの報告をしていいでしょうか」


「む、そうだったな。頼む」


「一番大事な結論から言いますね。ダンジョンの素材で絹が作れるかもしれません」


「……何だと!」


 先ほどまでの微妙な空気を吹き飛ばして、フルウィウスが声を上げた。







「ダンジョンに大きな蛾が生息していました。その繭を見つけて繊維鑑定のスキルを使ったところ、絹の適性があると判明しました」


 五十センチもある大きな繭であり、一個から相当な量の絹糸が取れそうなこと。

 ダンジョンの魔物は無尽蔵に湧き出るので、資源枯渇の心配はないこと。

 魔物はダンジョンを出て長く生きられないため、繭の中のサナギが死んでしまわないよう、回収したら素早く糸に加工したいこと。

 そのためダンジョン外での養殖は難しく、回収は現地の冒険者に頼むのが良いと思われること。

 テスト生産をしてきちんと絹が出来上がると確認したら、織物と製糸の工房をダンジョンの近くに作ってほしいことを伝えた。


「……あいわかった。まずはテストをして、絹の生産を確かめてくれ」


 フルウィウスは二つ返事である。

 それだけ絹という商品は旨味があるのだ。

 今までは遠い東国から輸入するしかなく、量も不安定だった。

 手元で絹が大量生産できるとなれば、市場が変わる。

 価格破壊が起きるだろうが、そこは商人であるフルウィウスに調整をしてもらおう。


「それでは、改めてダンジョンに向かいますね」


「僕も行きます」


 ティトスが当然のように言ったので、フルウィウスはギロリと息子を睨んだ。


「危険なことはしないと、ついさっき言ったではないか」


「譲れないとも言いました」


「まあまあ、ちょっと待ってください」


 また険悪になりかけた親子の間に割って入る。


「繭が素材になると分かったので、私とティトスはダンジョンに入る必要はないと思います。ダンジョン入口の町まで行って、絹糸生産の準備を整えるつもりです」


「そう言いながらまた『冒険』をするのではないか?」


「しませんよぉ」


 そりゃあ一度目はワクワクの連続だったが、ダンジョン自体は危険でそんなに楽しい場所でもない。

 あのデカい蜘蛛にはリベンジしてやりたいが、クロステルがいない現状だとこっちの言うこと聞くかも分からないし。また襲われたらたまったものじゃない。


「けど、僕の光のスキルがあれば蛾を楽に狩れるじゃないか」


 ティトスが余計なことを言い出した。フルウィウスの目が険しくなる。

 私は慌てて口を挟んだ。


「いやいや、そりゃあそうだけど、いつまでもティトスが行くわけにはいかないでしょ? 冒険者の皆さんは今のうちに安全で効率的な狩り方を考えてもらわないと」


「むう。そっか」


 素直に引っ込んでくれてほっとする。これ以上話をこじらせてほしくないんだ。

 さっさと話を進めて、絹糸のテストをしたいものね!

 フルウィウスが言う。


「準備はどんなものが必要だ?」


「えーと……」


 私は前世の記憶を引っ張り出した。中学生の頃、修学旅行で伝統工芸博物館に行った記憶だ。

 そこでは伝統的な絹糸の手繰り方を紹介していて、そのための道具も置いてあった。

 江戸時代のものなので、全て木造り。手回しでハンドルを回して糸を巻き取る。

 頑張って構造を思い出せば、再現できる気がしてきた。やはり繊維関係は頭が冴えている。


「木製の道具を作りたいです。たぶんちゃんとできると思いますが、細かい調整は必要なので、木工職人さんがついてきてくれると助かります」


「いいだろう。手配する」


 またもや二つ返事である。むしろ若干前のめりだ。


「あとは大鍋くらいですね」


 五十センチもある繭を複数個煮るので、かなりデカい鍋が必要になるだろう。


「それも用意しよう。……ところでリディア、お前は行方不明になっていたと聞いたが。怪我などはなかったのか?」


 ぶっちゃけ付け加えるような口調で言われて、私は微妙な気持ちになった。

 でもまぁ息子ほど心配しないのは当然だし、とりあえず思い出してくれたのでいいだろう。


「見ての通り平気です。通りすがりの人に助けてもらって、帰るのにちょっと時間がかかっただけで」


「不思議な人でした。僕らと大して違わない年なのに、すごく強い冒険者みたいで」


「ふむ……?」


 フルウィウスは首を傾げたが、絹糸ほどの興味は持たなかったようだ。


「まあ、こうして無事なわけだからよかろう。必要なものは全て手配する。準備ができ次第、ダンジョンへ向かってくれ」


「はい!」


 こうして絹糸生産の仕事が動き出した。


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