48:帰還
宿に泊まって元気を取り戻した私たちは、首都に帰ることにした。
残念ながら巨大蛾の繭はダンジョンから回収されていない。
私が行方不明になってしまって、それどころではなかったようだ。申し訳ない。
まあ繭のある四階層までであれば、そこまでの危険を侵さずとも行ける。巨大蛾も毒に気をつければそんなに強い魔物ではない。
また次の機会に取りに行けるだろう。
そんなわけで四日の行程をこなし、私たちは首都に戻った。
出迎えたフルウィウスは怒りの形相を浮かべていて、私とティトスはぎょっとした。
「ティトス。家出まがいのやり方で抜け出すとは、一体どういうつもりだ!」
あ。ダンジョンでいろんなことがありすぎたせいで、ティトスが勝手に着いてきたってのを忘れていた。
ティトスは置き手紙を残していたようで、フルウィウスは行き先を把握していた。
「連れ戻すつもりで人を出したが、追いついた時には既にダンジョンに入った後。しかもリディアが行方不明になったというではないか。安全を心がけて危険から身を守るとあれほど約束したのに、この有り様とは!」
そこまで事情を知っていたか。さすがフルウィウス、耳が早い……じゃなくて。
怒気をあらわにする父をティトスが怖がっていないかと心配になる。
ティトスは顔色を悪くしていたが、それでもまっすぐにフルウィウスへ向き直った。
「叱られるのは覚悟の上です。僕はどうしてもリディアと一緒に行きたかった。リディアが一人で先に進んでいるのに、僕だけ留守番なんてできなかったんだ!」
「生意気な! お前はまだ子どもで、親に養われている身であるのを忘れたのか。一人前の口は、自分の食い扶持を稼げるようになってから言え。親の言いつけが守れないのであれば、この家を出ていってもらう」
「……っ」
ティトスがいつにない強い瞳で父を睨む。
私はハラハラしていたけれど、同時にそんなに心配していなかった。今のやり取りは要約すれば、「子どものくせに生意気な! 出ていけ!」と言う父親と、「あんたの言うことなんか聞けるか! 出てってやる」と言う息子のやり取りじゃない?
反抗期のテンプレみたいなものじゃないか。
ティトスは十歳で反抗期には早い年齢だけど、ここしばらくで急激に成長したから。今まで恐れて従っていた父に反発心を持ったのだと思う。
「出て行けと言うのであれば、出ていきます」
ティトスは拳を握りながら答えた。
「けれどリディアへの援助は続けてください。僕の行いと彼女の事業は関係ない。それならば喜んで出ていくとも」
「それは……続ける。リディアの仕事はネルヴァ様の事業でもある。お前のために降りるわけがない。うぬぼれるな」
言いながらもフルウィウスは鼻白んだ様子だった。出ていくとあっさり言われて驚いたのだろう。
「それならいいです。言われた通り出ていきます。今までお世話になりました」
「な、待て、ティトス!」
動揺するフルウィウスの声を背に、ティトスは大股で部屋を出ていってしまった。
「私、ついていって様子を見てきますね」
今は親子ともに頭に血が上っている。話し合いは日を改めてからがいいだろう。
ダンジョンの成果の報告は後回しにして、私はティトスを追いかけた。
ティトスは家の門を出て少し進んだところで立ち止まっていた。
「リディア。今日はきみの家に泊めてもらっていい? なるべく早く違う下宿先を探すから」
「もちろんいいよ。好きなだけ泊まっていって」
私たちは二人並んで歩き始める。
しばらく無言で歩いて、やがてティトスが口を開いた。
「……なんで父さんはああ頑固なのかな。僕をいつまでも子ども扱いしてさ。前までは僕の言う事を完全に無視していて、少しマシになったと思ったらこれだ。嫌になる」
「そうねぇ」
フルウィウスは心配しているとか、十歳は実際に子どもだからとか、そういう言葉が浮かんだが言わないでおいた。
言わなくてもティトスは分かっていると思うので。
「僕、頑張ったのに。ぜんぜん認めてくれないんだ。父さんに認められたくて頑張ったわけじゃないけど、やっぱり悔しい」
「うん」
「それなのにリディアは、父さんどころかネルヴァ様にも認められて。はぁ、やっぱりまだ追いつけないなぁ」
そこはやはり、本当の十歳と転生二十歳の違いだろう。それから前世の知恵のあるなし。
それらは今のティトスでは埋めようのない差で、どう言葉をかけていいものか悩む。
いつか彼には生まれ変わった話もしたい。けれど今は怖気づいてしまう。信じてもらえなかったら、受け入れてもらえなかったらと思うととても怖い。そして、今までのアイディアが全て借り物だとバレるのが怖い。
ティトスに軽蔑されたら立ち直れない気がする。
臆病な私はうつむいて、ティトスの手をぎゅっと握った。
彼は不思議そうな顔をしながらも、手を握り返してくれた。
「私はもうあなたを子ども扱いしないけど。フルウィウスさんとは、ちゃんと話し合った方がいいと思うよ。ティトスがダンジョンに行ってしまってとても心配して、今だってきっと心配しているから」
「……うん」
ティトスがバツの悪そうな表情になる。やっぱり彼は分かっていた。賢い子だ。
「でもやっぱり、今日は泊めてもらえる? 今、父さんの顔を見てちゃんと話せる気がしないや」
「了解。久しぶりにエラトお姉ちゃんのお店に行って、お料理食べてこよう。お腹いっぱいになったら湯浴みして、お布団でぐっすり寝よう」
「いいね。ダンジョンでも旅の途中でも、美味しいもの食べられなかったもん。エラトさんのおじさんの料理、いっぱい食べよう」
「よし、行こう! あ、でもその前にお母さんにただいまを言わなきゃ」
そうして私たちは手を取り合って、首都の大通りを走っていった。




