44:デカい蜘蛛
第五階層に進むと、また少し雰囲気が変わった。
今までは岩壁や土壁だったくせに、どういうわけか植物が茂っている。シダっぽい植物で南国風になっていた。何だか湿度と気温も高いし、ここはリゾートなのかと突っ込みたくなる。
「ここも数は少ないが巨大蛾が出る。あとは茂みの向こうから魔物が急接近するんで、よく気をつけてくれ」
と、デキムス。
ヘビやトカゲなどの爬虫類系の魔物が多いらしい。まったくダンジョンはバリエーションが豊富だこと。
植物のせいで視界はあまりよくなかったが、デキムスとカリオラは慣れたもので魔物を警戒しながら進んでいった。
「あまり繊維になるような素材はないね」
爬虫類たちには毛が生えていないので、繊維になりそうもない。
植物も注意して見ていたが、鑑定に引っかかるものがなかった。
カリオラが言う。
「もう一つ階層を進めばジャイアントスパイダーが出るわ。手強い魔物だけど、あれこそ糸でしょう?」
「えー、そうだけど。蜘蛛の糸って繊維で使えるのかな」
前世の研究でそういうのがあった気がするが、実用化したと聞いた覚えがない。
細すぎて布糸には不向きなんじゃないだろうか。あ、でも、ファンタジーな魔物であればありかもしれない?
でもでも、そんなに危険な魔物なら糸を取るとか無理では?
「ジャイアントスパイダーとガチでやり合うのは避けたい。一匹だけならともかく、数匹いたら危険だ」
デキムスがため息をついている。
ジャイアントスパイダーは体長が一メートルを超えるそうな。デカすぎるわ。
「そんなに強いの?」
今までの魔物は不意打ち以外では苦戦しなかったので、ついそんな言い方になってしまう。
カリオラは肩をすくめた。
「糸が面倒なの。ベタベタと絡みついて動きを封じてくるし、あいつらずる賢いから。巣を張っている場所におびき寄せて襲ってくるのよ」
「うわぁ……」
「というわけで、引き返すならここまでにしておくのを勧めるぜ。蜘蛛を見学したいってんなら、慎重に進むが」
どうしよう。
糸関連でジャイアントスパイダーは見てみたいけど、だいぶやっかいな相手のようだ。
それに糸がベタつくのであれば、布を織るのは無理な気もする。
既に巨大蛾の繭という戦利品があることだし、ここは『いのちだいじに』かな?
「やめておく。無理に危険は侵したくない」
「了解。んじゃ、引き返そう」
「はーい」
答えて私はくるりと向きを変える。
そのまま歩き始めて――
ヒュッ!
草木の奥から飛んできた糸に絡め取られ、あっという間に引きずり込まれた。
「リディア!」
ティトスの叫び声が既に遠い。
どこからか飛んできた糸はけっこう先から来たようだ。私は地面を引きずられ、木にぶつかり、散々な目にあう。
そうして十数秒後、ようやく動きが止まったと思ったら――
『ギチギチギチ』
目の前にはとんでもなくデカい蜘蛛がいて、私を見下ろしていた。
ふさふさの毛が縞模様になっている。繊維鑑定したい、いやそれどころじゃない。
ジャイアントスパイダーは体長一メートルと言っていたのに、こいつは明らかにもっと大きい。二メートルはあるんじゃないか?
それにジャイアントスパイダーが出るのは次の階層のはずなのに、どうして!
(逃げなきゃ)
恐怖に足がすくんだけれど、それ以上に生存本能が私を突き動かした。
こいつは大きいが、見たところ一匹しかいない。仲間に合流できれば勝てるはずだ。
けれど私の甘い目論見はあっという間に崩される。
地面に巣のように糸が張り巡らされていて、足を取られてしまった。
ヒュッ。
糸が飛んできて、今度こそ私をがんじがらめにした。
蜘蛛の八つの目と視線が合った、気がした。
ジャイアントスパイダーは鋭い牙の生えた口を開ける。私を生きたまま食べる気でいる!
「ううっ、せ、繊維鑑定!」
なんでここでスキルを使ったのかはよく分からない。
さすがの私も死の直前で糸への情熱を持っていたわけではないし。
でも。
『ジャイアントスパイダーの糸。この個体は特によく育って巨大。しなやかで強靭だが耐火性が低い』
耐火性! それってつまり、よく燃えるってこと!
かろうじて動く右手でポケットを探る。小さな石の感触がある。
ダンジョンに入る前にカリオラにもらった、火の魔石!
「燃えろ!」
魔石を握りしめて叫んだ。スキルを使う要領で魔力を流す。
途端に魔石が発熱して、熱さのあまり手を離した。
見渡せば火の手が上がっている。地面の糸を燃やして、私を絡め取っていた糸をも燃やして。
『ギャアッ!?』
炎に巻かれたジャイアントスパイダーが悲鳴を上げる。
今のうちに逃げなければ。
私は地面を転がった。おかげで服を燃やしかけていた炎が消える。
ティトスたちはどこだろう? 糸に引っ張られて地面を引きずられたせいか、方向感覚がおかしくなっている。
声は聞こえるような気がするけど、それ以上に炎の勢いが強くて煙で咳き込んでしまう。
「こっち!?」
声が聞こえた方向に向かって走った。
草をかき分けて走ったが、人影がない。
私は走って走って――
「え」
大きな岩の近くまで来た時、不意にずるりと足元が崩れた。
まるで落盤のように足元が消えている。土の地面にぽっかりと穴があいている。
私はなすすべもなく、崩落に巻き込まれて落ちていった。




