42:レッツ・ダンジョン
ダンジョンのある山のふもとには、小さな町があった。
町というが村といってもいい規模で、村としては不釣り合いな大きめの宿が一軒あるのが特徴だ。
「あの宿が冒険者の拠点な。このダンジョンを根城にしてる冒険者は、まあ五十~六十人程度だ。宿に泊まる以外は勝手に家を作って住んでいる」
デキムスの言葉に辺りを見渡すと、掘っ立て小屋みたいのが何軒か建っている。あれは素人の手作りらしい。
「あそこが冒険者ギルドよ」
カリオラが指さした先には、掘っ立て小屋の中ではまだマシ程度の建物があった。
「ギルドといっても大した活動はしていないけどね。情報交換と毛皮なんかの戦利品の一時保管くらいかしら」
「冒険者は全員が知り合いだから、別に代表を立てる必要もねえんだよ。直接話し合えば済むことだ」
五十人程度の規模で仕事場もこのダンジョンだけとなれば、そうなるのだろう。
ギルドみたいな組織は人数がもっと多くて、仕事の場や取引先がたくさんある時にこそ役に立つ。
宿と掘っ立て小屋たちの他にはお店がいくつかあった。
剣や武具の手入れをしてくれる鍛冶屋や、野菜や果物を売っている八百屋。八百屋は干し肉やベーコンも置いていたので、食料品店と言った方がいいかもしれない。
他には袋やらロープやらちょっとしたものを売っている雑貨屋があった。
「家住みの連中は自炊が基本だし、宿に泊まっている奴らも食費節約で自炊するのもいる。ま、冒険者なんてそんなもんだよ」
なかなか夢のない話である。
「そういえば、ダンジョンって他にはないの?」
私が聞くと、カリオラが答えてくれた。
「ユピテル半島にはここだけね。アルシャク朝にもう一つあると噂で聞いたわ」
「ノルドにもあるらしいぜ。位置ははっきりしねえけどな」
アルシャク朝はずっと東の国。ノルドは北西にあるアルブム山脈を越えた向こうにある土地だ。
どちらもかなり遠い異国になる。ユピテルの民としては実質ダンジョンは一つってことか。
それから私たちは宿屋に部屋を取った。
私はカリオラと同室にしてもらって、荷物を置く。
偶然出会った彼らだったけど、護衛に同性がいるのって心強い。
「リディア、わたしたちがついているから大丈夫だと思うけど、念のために渡しておくわ」
カリオラが手渡してきたのは小さな石だった。直径三センチほどの小石で薄っすらと赤い色をしている。
「これは?」
「火の魔石。下級品だけどね。これに少しの魔力を込めれば発火する。護身グッズというところかしら」
「魔力を込めるにはどうしたらいいの?」
「スキルを使うのと同じ要領で触れてみて。あぁ、今は駄目よ。燃えちゃうから」
というわけで、火の魔石をもらった。ポケットに入れておく。
そういえばポケットというものもユピテルでは一般的ではないのだが、私は便利だからつけてみた。
カリオラと一緒に宿のロビーに行くと、他のメンバーはもう揃っていた。
外の店で食料などの必要物資を一通り買い揃えて、デキムスが言う。
「さて。そろそろ行くか?」
皆頷く。
そうして私たちはダンジョンに足を踏み入れた。
ダンジョンは入口こそ天然の洞窟のように見えたが、中に入るとすぐに違和感があった。
入口の割に中は広く天井も高く、足元も比較的安定している。半ば人工的に整えられたような印象だ。
内部は外よりも空気がひんやりとしている。
ティトスが光の魔力で明かりを点けた。
光はふわりと彼の手元を離れて空中を漂う。
最初は手のひらを光らせるだけだったのに、エラトの店でステージを照らしているうちに光量が増え、こうして手から離せるようになった。しかもいろんな色の光を出せるようになっている。
ティトスを見ているとスキルの進化が実感できた。
「おお、すげえな。松明いらずは実に助かる」
デキムスが感心している。ティトスは照れながらも嬉しそうだ。
カリオラが続けた。
「これだけ明るい光があれば、不意打ちもずいぶん防げるわ。ここから二階層目まではアルミラージが多いの。あいつら体が小さくて、物陰から突進してくるから気をつけて」
あの角のあるウサギか。あれもなかなかいい毛なんだよね。
別に毛皮である必要は薄いので、解体する時に毛刈りしてもいいかもしれない。
散発的に襲ってくるウサギを難なく撃退して進む。
アルミラージは個体によって毛の色が違うので、珍しい色のものがいたら仕留めて袋に入れてもらった。染色の手間が省ける。
しばらくは平坦な道を進んでいくと、目の前に階段が現れた。
洞窟の中に階段。ゲームじゃあるまいし、違和感がだいぶある。
「この階段、冒険者の人たちが作ったの?」
坂道を通りやすくするために作ったのかと思ったのだが。
「いいや。昔、最初に人が足を踏み入れた時にはもうあったらしい。それ以来何百年もろくに手入れしていないが、さほどすり減ってもいない。不思議だろ?」
「うん……」
ファンタジーすぎる。
考えたところで分かるはずもなかったので、疑問はとりあえず横においておいた。それよりも素材だ!
階段を降りると二階層目になる。
アルミラージの数が増えた。加えてシャドウウルフなどの少し手強い魔物も出てくるようになる。
シャドウウルフは濃灰色の毛皮の狼。狼としては小柄だが動きがなかなか素早い。
アルミラージよりは大きいため一匹だけ袋に入れてもらった。あとでじっくり繊維鑑定しよう。
ダンジョンを進んでいくうち、デキムスはこんなことを言った。
「最近、魔物が少ないよな。まぁ今回みたいに護衛の仕事の時は楽でいいが」
「これで少ないの? それなりにいると思ったのに」
私が言うとカリオラが頷く。
「少ないわね。おかげで毛皮が取れる量も減って、冒険者たちが困っているのよ」
「まさかと思うけど、魔物氾濫の兆候とか……」
嵐の前の静けさ。あるいは津波の前の潮位低下を連想して、私は身震いした。
デキムスが剣を持っていない方の手を振る。
「ないない。魔物の間引きはまめにしてるからな。魔物の数は時期によってばらつきがあると、昔から言われている。なんてことはねえよ」
「うーん、そっか」
ダンジョンに慣れている彼らが言うのであれば、信じるしかない。
「ちなみにこのダンジョン、何階層まであるんだろ?」
「さあね。今まで一番深く潜った記録は十九階層よ。その時のパーティは瀕死の状態で、無事に逃げ帰ったのもたった一人だったけど」
厳しい話である。
「ボスとかいるの?」
「特にそういう話は聞かないけど。下に行けばいくほど魔物が手強くなるから、先に進めないというだけ」
「ううむ」
とりあえず今回は無理しない範囲で進んでみる予定だ。
デキムスの見立てでは五~六階層程度が限界だろうという話だった。
私たちはティトスの明かりを頼りにしながら、さらに先に進んだ。




