41:一緒に
「ティトス。一体どうしてこんなところに?」
手を握ったまま問い詰めると、ティトスは開き直ったように言った。
「僕だけ置いてけぼりだなんて、あんまりじゃないか。護衛の目を盗んで抜け出してきたんだ。首都を出たあとは、この宿場町に泊まるのは分かっていたからね」
「危ないじゃない! ティトスに万が一のことがあったらどうするの!」
首都近くの街道沿いは比較的安全とはいえ、それでも十歳のお金持ちの子が一人で歩いていたら危険だ。身代金目的の誘拐なんてよくある話だもの。
「危ない? リディアがよくそんなこと言えるね。いつもいつも自分から危ない橋に突っ走っていくくせに」
「うっ……」
ティトスの彼としては珍しい険のある声に、私は言い返せない。全くそのとおりである。
「け、けど、フルウィウスさんとの約束を破るのはよくないよ。今日はもう夕方だから、明日の朝になったら首都に帰ろう?」
「お断りだ。僕だけ送り返そうとしたって無駄だよ。絶対にまた抜け出してやるんだから」
「ティトス、今回に限ってどうしてそんなに頑固なの」
「……嫌なんだよ」
ティトスは私を見た。真っ直ぐな眼差しに少し怯んでしまう。
「僕はもうリディアの後ろを追いかけて、危ない目にあっているのを見るだけでいるのは嫌なんだ。せめて隣に立って一緒に歩いていきたい。何かあったら……守ってあげたい」
「今までだって一緒に来てくれたじゃない。エラトお姉ちゃんに怪我をさせたあいつにだって、体当たりして守ってくれたのに」
けれどティトスは首を振った。
「まだ足りないんだ。僕は今はリディアの後ろを追いかけている。走っていくきみに追いつけないでいる。リディアのおかげでいろんな人に出会って、たくさん経験が積めた。少しは成長したはずだ。いつか必ず追いつくから、だからもう――僕を子ども扱いするのはやめて」
「…………」
ティトスの強い瞳に言葉が出ない。
私は彼を子ども扱いしていただろうか。
……していたかもしれない。
今の私の意識は前世の二十歳のもの。
十歳のティトスはやはり子どもに見える。
でもファッション革命を決意して以降、ティトスはずっと私の力になってくれた。
光の魔力を操って、ステージに特別な演出を施してくれた。
私が恐怖で動けなかった暴力に対しても、立ち向かってくれた。
いつもそばにいて支えてくれた。
「……うん。分かった」
だから私は言う。
「子ども扱いはやめる。置いていくのもしない。だから、虫の良いお願いだけど……これからも力を貸してくれる?」
私は一人でやり遂げるつもりだった。
けれども振り返ってみれば、ここまでの道のりは一人では到底たどり着けないものだと感じる。
最初にティトスが資金を出してくれて、フルウィウスが理解を示してくれて。
お母さんに布を作ってもらい、エラトと両親の力を借りて店を盛り上げた。
ネルヴァと出会って仕事を請け負う代わりに、後ろ盾になってもらった。
そして常にティトスが隣で支えてくれていた。
私一人だったらあっという間につまづいてしまっただろう。
そう思えば恥ずかしくもあり……たくさんの人たちが支えてくれた現状を誇らしくも思う。
「もちろんだよ!」
ティトスが笑う。夕暮れの淡い光の中、とびっきりきれいな笑顔を浮かべている。
「リディア。僕たちはずっと一緒だから」
何だか愛の告白のようで、ちょっと笑ってしまった。
彼にそんなつもりはないだろうが、それでも嬉しい。
「護衛の人たちに話さなきゃね。たぶん怒られるけど」
「別にいいよ。怒られたって怒鳴られたって僕は付いていくし」
「ん、そうね」
ここまで決意が固ければ、追い返したって無駄だろう。何より彼の意思を尊重すると決めたのだから。
私たちは手を繋いで宿へと戻った。
護衛たち、特にフルウィウス家の兵士たちはとても動揺していた。
当然だろう。主人の息子が危険を伴う旅に勝手に着いてきてしまったのだから。
けれどティトスの目を見たデキムスはこう言った。
「生半可な覚悟じゃねえようだ。明日首都まで人を付けて送り返すにしても、ただでさえギリギリの護衛の数が減っちまう。それならもう連れて行った方がいいだろ」
「ですが……」
「今、追い返して、また追いかけて来られたらどうするの。今度こそ人さらいにあうかもしれないわ。ならここで保護しておいた方がいいんじゃない?」
カリオラも賛成した。
それが決め手となって兵士たちもしぶしぶティトスの同行を認める。
「はぁ。ティトス坊っちゃんの身に何かあったら、俺ら全員殺されますよ」
「えー、そこまでは……」
絶対ないとは言い切れないと気づいて、私は顔色を悪くした。
「ティトス。絶対に『いのちだいじに』で行こうね」
「そりゃもちろんだけど、なにそれ。変な言い方」
そんなこんなで私たちは宿場町に一泊し、さらに旅程を進めていく。
野宿の一泊はデキムスとカリオラが手早く準備して、兵士たちもテキパキと動いてくれたので問題なかった。
特にカリオラの魔法は便利で、飲み水や鍋の水を出したり火を点けたりと活躍していた。
そして首都を旅立って四日後。
私たちはダンジョンのある町へとたどり着いたのだった。




