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転生コスプレイヤーは可愛い服を作りたい  作者: 灰猫さんきち
第2章 ダンジョンの素材
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40:旅立ち


 デキムスとカリオラに付き合ってもらって旅支度を整えた。


「どんな物が必要なの?」


「そうね、まず長距離を歩いても疲れにくいサンダル。底に鋲が打ってあると丈夫でいいわ」


「あとは雨よけのマントだな。今は夏だが体が濡れると風邪を引く。マントは野宿の時に毛布代わりに使ったり、何かと便利だ」


 デキムスとカリオラが交互に言う。


「それ以外だと多少の携帯食料と水筒用の革袋かしら。わたしは水の魔法を使えるから、飲み水程度なら出せるわよ」


「なら、マグカップとか簡単な食器があればいいかな」


 カリオラは魔法使い。スキルは『魔力・風』だけれど、他の属性も幅広く習得しているのだそうだ。

 またユピテル共和国は街道の整った国で、一日の移動距離ごとに宿場町がある。だからそこまで準備に気を使わなくていいとのことだった。


 一通りの買い物をした後に二人と別れる。

 このまま家に帰ろうかと思ったが、まだ日は高い。

 少し考えた末に、旅の安全を祈りに神殿へ行こうと思った。


 ユピテルは多神教の国だ。大小さまざまな神様があちこちで祀られている。

 最も信仰を集めているのは主神ユピテル。国名にもなっているこの神様は、神々の王にして雷を操るのだという。

 次にユピテルの妻であるユーノー。彼女は出産の守護女神でもあって、多くの女性が信奉している。

 この二神を中心として、並び立つほど神格が高いのはウェスタ。原初の炎の女神と呼ばれる彼女は、スキル鑑定の儀式も司っている。

 他にも軍神マルスや工芸と商売の守護女神ミネルヴァなどが有名どころだ。


 これらの神々は隣国であるグラエキアと源流を同じくしている。

 グラエキアは古くから発展していた都市国家(ポリス)群で、今はもうすっかり衰退して半ば以上がユピテルに併呑されている。

 文化的にグラエキアの影響を強く受けたユピテルは、神々の系譜も取り入れたようだ。

 しかし全く同じではなく、よく見れば差はたくさんある。


 私は前世でギリシア神話モチーフのアニメオタクをやっていたこともあり、神話とか伝承とかは好物である。

 グラエキアとユピテルの神々を比べると、どうも女神の地位が低くなっているように思う。

 前世の聞きかじり知識を当てはめてみれば、グラエキアは非常に古い文化であるゆえに原始的な母系社会や地母神信仰の要素が残っている。

 ところがユピテルはもう少し新しい国で、家父長制度が最初から定着していた。だから男神に対して女神たちは存在を小さくしてしまったのではないだろうか。


 ミネルヴァ女神などはその最たる存在で、グラエキアではアテナと呼ばれていた。

 アテナは工芸と商売の他に戦争、それも野蛮な血みどろの殺し合いではなく軍略を用いた知的な戦争を司っていたのに、ミネルヴァに軍神の側面はない。

 代わりに軍神マルスがユピテルでは信仰されている。マルスはグラエキアではアレスだが、アレスは野蛮な神とされていた。

 マルスはアテナの神格の高い軍神の側面を吸収したのだと思う。


「とか言いつつ、ミネルヴァ様は今でも幅広い守護を与えてくれる女神様なんだけどね。アテナがハイパーウルトラ女神過ぎただけで」


 私はミネルヴァ神殿の前までやってきて、建物を見上げた。

 商人や職人らしき人がたくさんやって来ては神殿の中に入っていく。ご利益をお祈りに来ているのだろう。

 私も織物職人の子で衣装作りを始めた以上、ミネルヴァの庇護下にある人間かもしれない。それで旅の安全祈願をしておこうと思ったのだ。


 神殿の中に入る。人の流れに乗って歩いていくと、奥に祭壇があった。

 神官たちにお布施をしたり、祭壇に供物を捧げたりしている。

 供物用の花が売っていたので一本買って、祭壇に乗せた。


「あなたにミネルヴァのご加護があらんことを」


 神官の人が厳かに言う。辺りは不思議な香りが立ち込めていて、神秘的な雰囲気だった。

 お祈りを済ませた私は、今度こそ家に帰った。







 それから二日後。

 旅装に身を包んだ私は、お母さんとフルウィウスに見送られながら首都を出発した。ティトスはやっぱり顔を出してくれなかった。

 デキムスとカリオラの他に五人の武装した兵士がついてきてくれている。フルウィウス家の私兵である。

 カリオラが街道を指さした。


「南東に向かうわ。二日目までは宿場町を使うけれど、一泊だけ野宿になる。準備はしてきたので問題ないわよ」


「うん、ありがとう」


 首都周辺の街道は道幅も広く、馬車の行き来も多い。歩道がついているくらいだ。

 しっかりと舗装された街道は歩きやすく、子どもの私でもきちんと歩いていけた。

 ユピテル共和国はインフラ建築を得意とする国。

 この街道は元々軍用道路として敷設された。

 ユピテル半島のいち都市国家として出発したこの国は、周辺の都市国家や異民族を徐々に傘下に収めながら領土を拡大していった。

 その戦争の際に軍団兵の移動をスムーズにしたのが、これらの街道。

 街道は戦後は民間利用されるようになり、おかげで旅人や商人の行き来が活発になった。

 ユピテルに張り巡らされた街道は、今でも人と物との往来を支えている。


 初日の行程は何の問題もなく進んで、夕暮れ前には宿場町に着く。

 宿場町では多くの人が行き来していて、荷馬車などもたくさん見かけた。


「宿は相変わらず混んでるな」


 デキムスが言えばカリオラが首を振った。


「首都が近いもの。当たり前でしょう」


「ここいらの宿は混んでいるし値段もちょっと高めでさ。金欠の時はよく野宿したもんだ。今日はフルウィウスさんからしっかり金が出ているから、ありがたく泊まるぜ」


 デキムスがそう言って笑っている。

 カリオラは肩をすくめて私を手招きした。


「リディアは私と同室。男性陣は適当に部屋を配分して頂戴」


「おうよ」


 デキムスと兵士たちが集まって話し始めた。


「全員で六人、大部屋にするか? そしたら金が浮くから一杯引っかけようぜ」


 そんな声が聞こえる。

 私は内心で「楽しそうだなぁ」と思いながらカリオラについて行って――


「あれっ?」


 行き交う人々の中に見知った姿を見かけた気がして、立ち止まった。


「どうしたの、リディア」


「ごめん、ちょっと待ってて!」


 私がその人を追いかけると、相手も気づいたようだ。旅装のマントのフードを目深にかぶり、慌てて逃げていく。

 けれどその足取りは軽快とは言い難い。少しの追跡劇のあとに追いついて、その手を引っ張った。


「こんなところで何やってるの、ティトス!」


 首都にいるはずのティトスが、ばつの悪い顔をして立っていた。


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