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04:フルウィウス邸


 フルウィウスの家は丘の上の高級住宅街にある。

 下町のある低地から丘を登っていくと、やがて目的地が見えてきた。

 フルウィウスの家はとても立派で、お屋敷と言って差し支えない。

 門番に用件を取り次いでもらって中に入る。


「やあ、セウェラとリディア。来たね」


 玄関先でフルウィウスが出迎えてくれた。

 三十代くらいの背の高い男性だった。


「フルウィウス様。今月の毛織物の納品です」


「うむ、確かに。相変わらずいい腕をしている」


 フルウィウスは奴隷に布を受け取らせて、一部は自分で確かめた。

 たとえ大口取引でなくとも彼は手を抜かない。

 それから彼はお母さんと毛織物市場の染色の流行だとか、羊毛の仕入れについて話を始めた。


「リディア!」


 そこへ一人の少年がひょっこりと顔を出した。

 フルウィウスの息子で私と同い年、十歳のティトスだ。明るい茶の髪に青い目をした彼は、人の良さそうな笑顔を浮かべている。


「子どもたちは遊んでおいで」


「はーい」


 二人で中庭へ行く。

 ユピテル式の列柱回廊で囲まれた中庭は、いろとりどりの花が咲いていてとてもきれいだ。


「リディア。今日スキル鑑定の日だったろ? どうだった?」


 ティトスが興味津々の様子で聞いてきた。


「繊維鑑定だったよ」


「え……それは。えっと、なんて言っていいのか」


「それがね、意外にいいスキルなのよ! 糸や布に関することならいろいろ鑑定できるし、それを元に工夫もできそう」


 しょんぼりしたティトスを励ますように言えば、彼は顔を上げた。


「リディアはすごいな。いつも前向きで、明るくて」


「別にすごくないよ」


 それに今は前世を思い出した。

 もしすごくなるとしたらこれからだ!


「スキルがすごいのはティトスでしょ。『魔力・光』だもん」


 ティトスは私よりも半年ほど早く鑑定を受けていた。

 魔力系のスキルは貴重で、しかも光はとても珍しい。

 言い返してやったが、ティトスはまた下を向いてしまった。


「珍しいだけで使い道がないじゃないか。火や風なら攻撃魔法使いになれたし、水や氷なら生活魔法が便利。けど光って何?」


「あーまぁ、それは」


 ただ光るだけといえばそうかもしれない。


「でもさ、これから新しい使い道が出るかもしれないよ? 上位スキルとか」


「それにしたって僕は商人の子だ。よほどのことがなければ冒険者や魔法使いにはなれないよ」


「むー」


 もどかしくなって、私はティトスの服の裾を引っ張った。


『鑑定結果。

 織物スキルを持つ職人の手で織られた布で作られたチュニカ。

 襟元と裾の刺繍は羊毛の糸。

 刺繍スキルを持つ職人の手で施された高品質なもの。

 仕立ては縫い物スキルを持つ職人が行った。

 仕立てがよく着心地が良い』


 お。当然のように服も鑑定できた。

 チュニカというのはユピテル共和国の一般的な服で、腰帯をつけるごく簡単な膝丈ワンピースだ。男女ともに着る。

 長方形の布の脇を縫い合わせ、頭と腕を出せるようにしただけの本当にシンプルなデザイン。

 ティトスみたいに裕福な家の子であれば刺繍や染色を凝ったものにできるけど、庶民はほぼほぼ生成りのままで着ていた。

 かくいう私のも草木染めで薄い緑色に染めてあるだけで、他に装飾はない。


「その服、お母さんの布で作った?」


「よく分かったね。……あ、繊維鑑定したのか」


「うん。いい品質だって出てたよ。でもさ」


 私は彼の服を眺めやった。


「チュニカって変わり映えしないよね。ティトスみたいに刺繍とかしていても、基本の形は同じだもん」


「大人になればトーガを巻けるし、女の人はドレープをつけておしゃれできるじゃないか」


 トーガというのはユピテル共和国の伝統的な男性の正装。

 三メートルにもなるでっかい布をぐるぐる巻き付けて着る。

 巻き方とかひだの出し方とかでおしゃれが決まるらしいが、それにしたって基本はみんな同じなのである。


「ドレープねぇ」


 私は裕福な女性たちの衣服を思い浮かべた。

 実はあれも基本はチュニカで、幅広に作ってドレープを寄せてブローチで留めているだけなのだ。

 ブローチはカメオだったり宝石が嵌まっていたりと凝っているのに、服はやっぱりチュニカベース。


 私は前世で女神の古代風衣装を作っていたくらいなので、その手のものはだいたい構造が分かる。

 古代の服だって趣がある。嫌いじゃない、むしろ好きだ。

 でも前世のバリエーション豊かな服を知っている私としては、どうにも物足りないのだ。


「新しい服があるといいと思わない?」


 急に言い出した私にティトスは首を傾げた。


「え? 例えばどんな?」


「袖があったり、ズボンがあったりしたらいろんな形の服になるよ」


「それは軟弱じゃない?」


 ティトスの言葉に私は眉を寄せた。

 ユピテル共和国では確かにそういう価値観がある。

 なまじ温暖な国だから、必要以上に手足を隠すのは良くないとされているのだ。

 軍団兵だって胴鎧以外はむき出しの腕と足。生足である。そういうのがたくましいとされている。

 袖がある服を着ているのは庭師とか必要に迫られた人が多い。


「軟弱じゃないよ。ファッションだよ」


 それでも私は言い返した。

 前世のコスプレ魂に火がつくのを感じる。

 前世の私は普通のファッションを楽しむのはもちろん、あこがれのキャラクターになりきるために衣装を作っていた。

 ファンタジーだったり現代ものだったりの違いはあれど、身にまとう衣装は心まで変えてくれる。大好きなキャラクターに私を近づけてくれた。なりたい自分になれたんだ。


 コスプレでもそうじゃなくても、前世ではみんな自由に着たいものを着ていた。

 自分らしく振る舞っていた。

 ――あの楽しさを取り戻したい!


 衣装作りの衝動が後から後から湧いて出てきて、私を突き動かした。


「私ね、新しい服を作りたいの。でも私のお小遣いじゃ布一枚だって買えない」


 手紡ぎで糸を作って手織りで布を作るこの古代世界では、布は高級品。

 服は中古が当たり前で、大事に継ぎ当てをして使っている。


「だから協力して。絶対に面白いことになるから。絶対に損はさせないから!」


 がしっと手を握れば、ティトスはぽかんとしている。


「ティトス。私と一緒にファッション革命、起こそうよ!」





お読みいただきありがとうございます。

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