38:止まらない心
さて、どうしたものか。
ダンジョンには行きたいけれど、ここで出会ったばかりの二人に護衛を頼むのは不安がある。
腕が立つかも分からないし、何より信頼できる人柄かどうかが重要だ。
だからこう言ってみた。
「護衛を頼みたいのは山々なんですけど、冒険者ギルドとかそういう組織から斡旋してもらうのはできますか?」
「冒険者ギルド?」
カリオラは鼻で笑った。
「別にギルドを通してもいいけれど、たいして信用のある組織じゃないわよ、あれ」
「えっ」
私の中のオタクががっかりしている。
冒険者ギルドといえば国境すら超えたなんかすごい組織で、オーバーテクノロジーでギルド証とか発行してくれて、何なら銀行業やその他の業務を手広くやっているイメージだったのだが。
「冒険者自体がマイナーな職業だからな」
と、デキムス。
「冒険者ギルドと言えば聞こえがいいが、要は単なる互助会だ。ちょっとした助け合いはするが、人の斡旋まではしない、というかするだけの力がない。身元や実力の保証をしてほしいって話だろ?」
「ええ、そうです」
「なら無理ね。ギルド内で実力があると示したところで、対外的に無意味だもの。ましてや身元の保証なんてできないわ。組織が小さすぎて」
カリオラが肩をすくめた。
えええ、じゃあどうすればいいんだろう。
ティトスを見ると、ますます困った顔をしていた。
「リディア、そんな目で僕を見ないでよ。ダンジョン行きは反対なんだから」
「フルウィウスさんに頼めば何とかならない?」
「無理無理! 絶対に反対されるって!」
ティトスはぶんぶんと首を振ったが、私は諦めなかった。
「けど、新しい繊維素材を見つけたらフルウィウスさんにとってもプラスでしょ。話をするだけしてみようよ」
「坊主、諦めな。お前さんじゃそのお嬢ちゃんに勝てねえわ」
デキムスがさも可笑しそうに笑っている。
カリオラは表情を動かさずに続けた。
「本当に護衛で雇ってくれるなら助かるわね。自称じゃ何の保証もないけど、わたしたちの腕は確かよ。後でまた話を聞かせてくれない?」
「うん、せっかくの御縁だものね。お母さんとパトローネスの人に相談して、ダンジョンに行けるってことになったらまた話をさせて」
「了解。しばらくはこの列柱広場や近くで毛皮を売っているから、また来てくれ」
そんなわけでデキムスとカリオラと別れ、私たちはフルウィウスの家へと向かったのだった。
「リディアとティトスがダンジョンに行くだと? 駄目に決まっているだろう」
フルウィウスは話を聞いた途端、有無を言わせぬ口調で言った。
ティトスが身を縮めながらも、「そら見たことか」という顔でこっちを見ている。
「お前たちはまだ十歳の子どもで体力がなく、武術の心得があるわけでもない。危険のあるダンジョンに行って万が一の事故が起きたらどうする? 私は息子を失い、ネルヴァ様にも顔向けができなくなる。許可はできない」
「けれどダンジョンの素材はとても魅力的です。冒険者たちは大雑把で頓着していないようですが、私が繊維鑑定のスキルでよく見て回れば、思わぬ掘り出し物があるかもしれません」
「可能性にすぎない話だろう。不確かな可能性にお前たちの命を賭けるわけにはいかん」
「では私だけでも行かせてください」
「リディア!」
ティトスが不満そうにしているが、フルウィウスに睨まれて口を閉じた。
「無茶はしません。護衛の人たちの言うことに従って安全に努めます。私、どうしてもダンジョンで魔物と素材をこの目で見てきたいんです!」
鑑定の映像の魔物たちは迫力があったけど、所詮は映像だ。
あの魔物たちが実際に生きて住んでいる場所に行って、その空気を吸ってみたい。ダンジョンの地面を歩いて感触を確かめたい。
魔物という前世にはいなかった存在、今生でも接点の少なかった存在が繊維素材になり得るのだ。
だったらどうしてもこの目で見てみたい!
一歩も引かない構えの私に、フルウィウスは心底から呆れた表情になった。
「お前のその情熱はどこから来るんだ。豪胆を通り越して無謀ではないか。まったく、やっかいな……」
深い溜め息をつく。
「仕方ない。我が家の私兵から護衛を出そう。その冒険者の男女は身元調査をした上で雇うか決める。数日待つように」
「やった! ありがとうございます、フルウィウスさん!」
私は飛び上がって喜んだが、フルウィウスは苦虫を噛み潰したような顔のままだった。
「リディア。お前はネルヴァ様の事業の一端を受け持っている以上、もはやただの平民の子どもではないんだ。お前に何かあれば多方面に影響が出る。くれぐれも忘れるな」
そうだ。そうだった。
忘れていたわけではないけど、全力で取り組むと約束した仕事がいくつもある。
エラトのお店の件では、私の見通しが甘いばかりに問題を呼び込んでしまった。
今度こそ危険はなくそうと反省したばかりなのに。
でも、それでも。
未知の繊維があると思うと、心が走り出すのを止められない。
前世でも布は好きだったが、あくまで出来合いの布地を買ってくるだけだった。
今は当然のように羊毛の手入れから始めて糸を紡ぎ、布を織る過程を間近に見ている。
だからこそ思うのだ。元の素材が違えばまったく違う布ができる。違う衣装が縫える、と。
あぁ、やっぱり駄目だ。立ち止まるのはできない。
ダンジョンで魔物が、素材が私を待っている!
「じゃあ僕も準備して――」
「ティトス。お前のダンジョン行きは許可しない」
言いかけたティトスをフルウィウスが強い口調で遮った。
「父さん、どうして!?」
「私はお前に言ったはずだ。勉学を続けるようにと。しかも危険のあるダンジョンに息子を行かせるわけにはいかない。この件だけは譲れん」
「…………」
ティトスはうつむいた。
そんな彼に私は声をかける。
「ティトス、フルウィウスさんの心配は当たり前よ。私だけでも無理を通してもらったんだから、あなたは留守番をお願い。いい素材、しっかり持って帰るから」
「……リディアはずるい」
「え」
ほとんど初めて言われたティトスからの悪口に、私は思わず身を強張らせた。
ティトスはうつむいたまま続ける。
「リディアはいつも自分一人で考えて、僕のことは置いてけぼり。僕が必死で追いかけても、そうやって走って行ってしまうんだ。追いつけたくても追いつけない!」
「ティトス?」
「もういい! 知らない!」
ティトスはそう言って、走って部屋を出ていってしまった。
ちらりと見えた横顔、目元に光るものが見えたのは……気のせいじゃないはずだった。