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34:三人のステージ


 新しい二人のニンフは、ウェイトレス業はもう慣れたもの。

 客席の間を飛び回るようにして笑顔を振りまき、店内を明るい空気で満たしている。

 エラトの負担は分散されて、動きに余裕が出た。


 やがてステージの時間がやってきた。

 壇上に三人並んでお辞儀をすると、拍手と口笛が鳴り響く。

 エラトがそれを手を上げて制して、歌い始めた。


「遠くて近いあの場所に、ニンフが住んでおりました。一人は森と泉のニンフ。もう一人は木漏れ日のニンフ。そして最後に、星空のニンフ……」


 ティトスが作った歌が三人の声で歌い上げられる。

 この日のために練習を重ねてきた。

 踊りが始まる。

 最初はエラトが、森と泉を連想させる可憐で清らかな動きを。

 次にミミが木漏れ日がちらちらと舞うような元気いっぱいの動きを。

 最後にサリアが、しっとりとした星空の表現を。


 ティトスは光の魔力を操ってステージを彩る。

 森の風景、木漏れ日の動き。そして夜空に光る星ぼしの輝き。

 ステージの背景に吊るされた書き割りがきらきらと光って、狭い店内をどこか遠いニンフの住処に変えてくれた。


 そっとお客さんの様子をうかがえば、どの人も夢中でステージを楽しんでいた。

 大人も子どもも、男性も女性も。目を釘付けにしてニンフたちを見ている。

 最初は新しい服に驚いて、何なら文句を言っていた人も。今ではすっかり引き込まれている。酔いしれている。


 ステージの終盤、中央に立つエラトが大きく手を広げた。

 ティトスはひときわ強く光を放って、彼女にライトを当てる。

 全身にライトを浴びたエラトは堂々として、高らかに歌を歌い上げた。他の二人も唱和する。

 そして、暗闇。

 急に明るさを落とされた室内で、エラトたちは素早くステージを降りた。


「エラトちゃん?」


「ニンフがいなくなっちゃった!」


 初めてステージを見る客は驚いているが、常連客は慣れたもの。

 すぐにカウンターから顔を出した彼女らに、惜しみない拍手を送っている。

 拍手は長く続いて、首都ユピテルの夜空にいつまでも響いていた。







 ミミとサリアは新しいニンフとして受け入れられて、さっそくファンもついている。

 もちろん中心にいるのはエラトで、不動のナンバーワン。

 エラト父に率いられた親衛隊はマナーも良く、護衛の隙間を縫ってよく見守ってくれる。

 お客さんは連日大入りで、店の売上は毎日すごい。


「売上が増えすぎて、店に置いておくには大金すぎる。うちもとうとう、銀行に預けることにしたぜ」


 おじさんは得意そうに言っていた。


 そうそう。売上のうち私の取り分がとうとう借金分を超えた。

 エラトの店は庶民向けの店。ほとんどの支払いは銅貨で、たまに銀貨がちょっとまじるくらい。

 だから私は銀貨と銅貨で、ティトスへの借金金貨三枚を返した。

 ネルヴァの事業の手付金として金貨をもらっていたけれど、それとは完全に別のお金だ。

 フルウィウスにも立ち会ってもらったよ。


「はい、これ。きちんと数えてみてね」


「うん」


 借りた時のお金は金貨が三枚ちょうどで、数えるまでもなかった。

 けれど今はたくさんの銅貨が袋に入っている。金額としては同じでも、今まで頑張った結果の分だけずっしりと重い気がした。


「銀貨二枚と残りは銅貨で……よし、間違いないよ」


 机の上に積み上げられた銅貨は、みんなの努力の証。

 ティトスとフルウィウスが金額を確認して、借用書が破棄された。


「それとティトス。少ないけどこれを」


 私は銀貨三枚を差し出した。


「これは?」


「ティトスの取り分。あなただって光の魔法を使ったり、歌と踊りを作ってくれたり、いっぱい働いてくれたから」


 エラトたちはもっと出したいと言っていたが、私が多めに取り分をもらっていたので、無理なく出せる金額としてこれになった。


「…………」


 ティトスはそっと銀貨を手のひらに乗せた。金貨三枚を貸してくれる彼は、お金持ちの家の息子。たったの銀貨三枚なんてお小遣いにもならないだろう。

 それでも彼は銀貨を握りしめて、とても嬉しそうに笑っていた。


「僕、初めて自分の力でお金を稼いだよ。大変だったけど、それ以上に楽しくて。そしてこんなに嬉しいものなんだね!」


「その気持ちを忘れないようにな」


 フルウィウスが言う。私は頭を下げた。


「フルウィウスさんも、ありがとうございました。最初の一歩を踏み出せたのは、ティトスとフルウィウスさんのおかげです」


「何。ネルヴァ様の件もある。お前の企画を通したおかげで、私にとっても得が多いのだ」


 彼はにやりと笑った。

 色んな人の力を借りながら、色んな人が嬉しいと言ってくれた。本当にやりがいのある仕事だった。







 全てが順調だったが、またしても別の問題が起こった。

 ある日、私とティトスがエラトの店に行くと、店から出てくる人にぶつかった。

 その人はよろめいた私を一瞥するとさっさと行ってしまった。

 まだお昼のオープン前なのに、なんだろうと思いつつ店に入る。


「リディアちゃん、ティトスくん。いいところに来てくれたわ」


「どうしたの?」


 今は普段着のエラトは困り顔である。


「さっき貴族様のお使いの人が来てね。お屋敷の晩餐会に、私とミミとサリアを招待したいんだって」


「招待というけれど、要は踊り子として呼びたいってことよ」


 おばさんが忌々しそうに言った。

 この国では踊り子などの芸人の立場は極めて低い。貴族の屋敷に行けば間違いなく乱暴されるだろう。

 むしろ女芸人は娼婦を兼ねるのが当たり前と思われているフシさえある。

 ただでさえエラトたちの可愛さは評判が高く、人気も高まっている。

 その貴族とやらは興味本位とアクセサリー感覚で呼び出そうとしたのだと思う。


「いつ来いって言ってるの?」


「明日」


「急すぎる。断ろう」


 私は言ったがエラトは首を振った。


「でもこの貴族の方は、元老院議員でもある身分の高い人よ。平民の私たちの意思なんて無視されるに決まってる」


「なら、無視できない人に頼んでくる! ティトス、行こう!」


 私はティトスを連れて店を飛び出した。行き先はフルウィウスの家。

 息を切らして走り込んできた私たちにフルウィウスは驚いていたが、話を聞いてくれた。


「……その貴族は確かに強い力を持っている。私でも強く口出しはできないな」


「それなら、ネルヴァ様ならどうですか」


 その貴族は名家ではあったが、ネルヴァのフェリクス家ほどではない。

 フェリクス家はユピテルの建国以来続く名家中の名家。はじまりの八家と呼ばれる存在の直系だ。

 しかしフルウィウスは難色を示した。


「そんなことでネルヴァ様のお手を煩わせるわけには……」


「そんなこと、じゃないんです! 私にとっても、エラトたちにとっても」


 必死に食い下がる私に諦めたのか、フルウィウスはため息をついて頷いてくれた。


「分かった。ではこれからネルヴァ様の屋敷へ行こう」


「いいんですか」


「お前が頼んだんじゃないか。ネルヴァ様はリディアを気に入っている。話を聞くだけなら聞いてくださるだろう」


 ネルヴァの家はフルウィウスの家から少し離れた場所にある。

 首都ユピテルにはいくつかの丘があり、その丘の上が高級住宅街になっていた。フルウィウスの家のある丘はネルヴァの屋敷のある丘の隣だった。一度丘を下り、再度登る。

 呼び出しの日は明日だ。そう思うと気が急いて仕方なかった。


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