33:森と星の衣装
「あたしたちの衣装、これ!? 見せて見せて!」
「見たいです!」
少しだけドキドキしながらエラトの店に行けば、店の準備を手伝っていたミミとサリアがすごい勢いで食いついてきた。
さっそく二人を連れて別室に行く。
「あたしの服、グリーンなんだ! イエローも入ってる。かわいい!」
「わたしのはネイビーとグレーですか。きれいな刺繍がされていますね」
彼女たちは平民。ひどく貧しいわけではないが、自分だけのために作られた服は生まれて初めて手にするだろう。
「あれっ? このスカート、どうやって着るの?」
ミミがハイウェストに苦戦している。
「体の横のボタンを開けてみて。スペースが開いて着やすくなるでしょ」
「ほんとだ! お尻が入らなくてどうしようかと思っちゃった」
「ボタンを留めればしっかり体に沿うから、腰帯を締めなくて大丈夫だよ」
「おおー!」
無事に着こなして、しっぽ用に空けた穴からしっぽも出して、ぴこぴこ揺らしている。
「あの……わたしの上着はどうすれば……」
ブラウスを手にしてサリアがおろおろしていた。
「これは先に袖に腕を通して、体の正面のボタンを留めるの」
「へぇ……こんなに幅の狭い服なのに、こうすれば着られるのですね」
「見た目がかなりすっきりするよ。で、このビスチェを合わせて」
「肩紐をかけるんですね。フリルがついていて、スカートと一体化したみたい」
二人の首元にリボンを結ぶ。髪をセットして、花冠とアクセサリーもつけた。
妖精の羽を背中につければ、新しいニンフの完成。
「すごい……!」
「サリア、めちゃくちゃかわいいよ!」
「ミミもよ!」
お互いに変身した姿を見て、手を取り合っている。
こういう時、前世みたいな大きい鏡がないのは不便だ。
ドレスアップした二人を連れて店に戻ると、歓声が上がった。
「これはまた、一段と工夫した服だなぁ……」
おじさんが微妙な言い方をした。やっぱり新しい部分が多すぎて、すんなりとは受け入れられないのだろう。
おばさんとフルウィウスもちょっと困ったような顔をしている。にこにこしているはお母さんだけだ。
エラトの衣装に慣れた人でこれか。少し心配になった。
でも。
「すごーい! かわいい!」
エラトが明るい声を上げる。
擦り傷はもう治って痛々しい包帯は外されていた。
「今日からこの服で、三人で働けるんだよね。ううーっ、楽しみすぎる!」
エラトを中心に三人で手を取って、ティトスが考えた振り付けの一部を踊ってみせた。
ひらひら、ふるふると揺れる衣装はとても可憐で。
まだ昼間のオープン前にもかかわらず、その空間だけがぱっと明るくなったかのような錯覚に陥る。
そうだね。新しいムーブメントはいつだって、若い女の子たちから生まれてきた。
前世だって奇抜なくらいのファッションやメイクが女子高生を中心に生まれて、ブームになっていた。
きゃらきゃらと笑う少女たちは本当に妖精のようで、見ているこちらまで心が明るくなる。
「今日は三人で宣伝に行きましょう」
サリアが言うとエラトが笑い返す。
「いつも通りあたしだけで行って、お店についたら二人が出迎えたら、お客さんびっくりするんじゃない?」
「それいいね! でも、店で新しいニンフが待ってるってちゃんと言ってね!」
ミミも楽しげにアイディアを出す。
「父さん、今日の料理もばっちりよね? お客さんいっぱい連れてくるから、覚悟しといて!」
「おうよ!」
こうして新しい日がスタートした。
「ご注目、ご注目!」
「ニンフの店のエラトですよ。今日から新しいニンフが増えます」
「二人ともとっても可愛い子ですので、ぜひおもてなしを受けに来てね!」
いつもの列柱回廊での宣伝はもう慣れたもの。お客さんもエラトを見るのは初めてではないが、新しい子が入ったと聞いて足を止める人が多かった。
「あそこの店の。そういやウェイトレスが増えていたよな」
「その子たちも衣装を作って、ニンフになったんです」
「へぇー。あの猫耳の娘と大人っぽい子だろ。どんな衣装になったんだ?」
「それは見てのお楽しみ。いつもの歌と踊りのステージも、今日からは三人でやりますからね」
「そりゃ気になる。行かないと」
そんなやり取りの傍らで、違う声も聞こえる。
「また変な衣装の娘が増えたの?」
「あそこの店、客が暴れたんでしょ。危ないよねえ」
「娼婦はやらないと言いながら、娘たちを売り物にしてんだろ」
賛否両論なのはいつものことだが、聞き逃がせない声もあった。だから私は反論しようとして。
「ちょーっと待った!」
野太い男性の声が割って入り、みんながそちらを見た。
見れば若者からおじいさんまで十人ほどの男性が徒党を組んで立っている。
エラトが目を丸くした。
「あれっ? ガイウスさん、それにルキウスさんも」
「エラトお姉ちゃん、知り合い?」
「常連の皆さんよ。よくステージを見に来てくれるの」
「そういえば……」
エラトより店にいる時間が短い私はすぐに気づかなかったが、彼らの顔に見覚えがある。
「エラトちゃんをそこらの娼婦と一緒にするなど、言語道断。彼女は清らかな乙女、神秘のニンフだ」
「そうだ、そうだ」
男性たちは声を上げる。
「美しい歌声と可憐な踊りでおれたちを癒やしてくれる、女神のような存在だ。この前の騒ぎはエラトちゃんを思うあまり暴発した、愚か者の所業。だがおれたちは違う。エラトちゃんに決して手出しはしないし、困らせるようなこともしない」
「そうだ、オレたちはエラトちゃん親衛隊!!」
男性の一人が高らかに宣言すると、他の人々は拍手をした。
……なんかちょっとノリについていけない感じである。エラトも戸惑っている。
「この前のようなことが起こらないよう、おれたちは手分けして店を見回ることにした。許してくれるだろうか、エラトちゃん」
「えっ? えっと、はい、それは助かりますが。皆さんも時間が都合があると思いますし……?」
エラトは遠慮がちに言ったが、男たちは首を振った。
「心配はいらない。今日はこの人数だが、親衛隊はもっと多いんだ。手分けして無理がかからない程度でやるから、どうか安心してくれ」
今でも十人以上いるんだが。けっこうな規模だな親衛隊。
しかし私は釘を刺しておくことにした。
「エラトお姉ちゃんを大事にするのはいいけど、お店通いも親衛隊活動もほどほどにね。推し活は生活第一で」
「推し活?」
「憧れの人を応援すること!」
「なるほど、推し活!」
「もちろんじゃ、ばあさんに話して了解してもらった時間だけやるわい。推し活じゃ!」
と、おじいさん。老後の趣味として結構なことである。
「おれたちはエラトちゃん一筋だが、新しいニンフももちろん応援する。店全体を盛り上げたいと考えている。よろしく頼む」
「は、はい」
ガタイのいいリーダー格の人に挨拶されて、ティトスがビビりまくっている。護衛の人が困ってるわ。
しかしこれは願ったりではないだろうか。
護衛を増やしても目が離れる時はあるだろう。その隙間を彼らが見守ってくれるのなら、心強い。
あとは親衛隊、要はファンクラブかな? 彼らが暴走しないよう手綱を取るべきか。それはエラト父にでも任せよう。
「よーしエラトちゃん、店に行こう! 新人に会えるのが楽しみだ」
「はい! どちらもとっても可愛い子ですよ!」
「おれはエラトちゃん一筋だ」
「オレも」
「ボクだって!」
そんなことを言いながら店に向かった彼らだったが、ミミとサリアを見た途端に派閥分裂していて何だかなぁと思ったのだった。
ま、二人とも可愛いから仕方ないね!
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