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転生コスプレイヤーは可愛い服を作りたい  作者: 灰猫さんきち
第1章 ニンフのお店

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31:人の誇り


 平和な前世にあって私が殺されたように、もちろん社会の問題だけではない点もある。

 けれど社会の不安定さが減れば、そうした心配事だって減るはずだ。

 昨日の出来事と、今の話。

 二つをもって実感した。

 だからこそ私は言う。


「ネルヴァ様。あなたの改革は、不幸になる人を減らすためのものですよね。なるべくみんなで豊かになって、幸せに暮らすためのものですよね?」


「ああ、そうだ。これ以上の貧困と不幸を増やさないためにも、人が人らしく生きていけるように改革を進めるつもりだ。

 リディア。人が生きるにはパンが必要だが、それだけでは足りないと知っているかい?」


「え?」


 私は彼を見る。どこか遠くの理想を見つめるようで、しっかりと足元をも見ているネルヴァを。


「元老院の貧民救済で、かなりの数の民が生きるだけならば可能になった。しかし社会不安は減るどころか増すばかり。どうしてだと思う?」


「それは……自分自身に誇りが必要だから、ですか?」


 人はパンのみで生きるにあらず。精神面の充実が必要だもの。


「そのとおりだ」


 私の答えを聞いてネルヴァは微笑んだ。

 正解を言い当てた生徒を見る教師のような――いいや、もっと大きな喜びが彼の瞳に灯っている。


「食べて生きるだけならば家畜と同じ。人は自らの能力を社会に生かしてこそ、誇りを得られる生き物だからね。だからこそ俺は彼らに兵士という職を与えて、この国を守るという誇りを持ってほしいと考えている」


 ――軍制改革。

 ただ失業者を吸収するだけじゃなく、ネルヴァはそんなことを考えていたのか。

 もちろん、本当は兵士以外の職業がいい。だって兵士はつまり戦争の、殺し合いの手段だから。

 けれどこの古代世界では戦争はごく当たり前のことで、前世のような理念だけでは自衛すら危うい。

 ならば仕方ない、のか。


 ふと想像する。

 昨日のあの男が兵士になって、仲間と笑い合っている姿を。

 衣食住に不便せず、信頼できる友人がいる。寂しい心をエラトのようなアイドルで埋めずとも、誇りを持って生きていける。

 そうなればどんなにいいか。


「ネルヴァ様」


 私は言った。視線を上げて。


「私、衣装作りもエラトのお店のプロデュースも、誇りを持って取り組んでいます。子どもの遊び半分などではありません。真剣なんです」


「ああ。分かっているよ」


「だからこれから始まる兵士さんの服作りも、同じくらいの真剣さで取り組みます。だから……だからネルヴァ様は、必ずユピテルを変えてください。貧しさから間違いを犯す人を減らすように、力を尽くしてください!」


「リディア、無礼がすぎる……」


 言いかけたフルウィウスを、ネルヴァは手で制した。


「もちろんそのつもりだとも。規模の大小はあるが、その点できみと俺は同志だ。ネルヴァ・フェリクスの名にかけて約束しよう。全てのユピテルの民のために力を尽くし、社会を変えると」


 彼は立ち上がり、私の肩に手を置いた。

 それは誓いだった。

 大貴族の彼が、平民の小娘にすぎない私のために誓いを立ててくれている。

 ティトスはおろかフルウィウスさえ驚きの表情で私たちを眺めていた。


「……あの」


 気恥ずかしくなって私は尋ねた。


「ネルヴァ様は、どうしてそんなに私を気にかけてくださるのですか。そりゃあ頑張ったけど、それでも……」


「きみが俺の心を理解してくれたからだよ」


 肩から手を離して、ネルヴァが言う。


「正直に言えば、一連の社会不安から始まる改革の必要性は、元老院議員でさえ本質を捉えている者は少ない。そこのフルウィウスとて、俺のクリエンテスだから協力している面が強いだろう。

 だがきみは違った。きみは自分の頭で新しい商売、新しい衣服を考え出して実行に移した。俺の話の意図を正確に汲み取り、自分の意志で協力を申し出た。

 そのような者はめったにいない。子どもだろうが平民だろうが関係ないんだ。理解者の少ない中で大きな改革を遂行する以上、同志の存在はこの上ないものだ。もちろん人には領分があるから、きみに政治をやれというわけではない。だがリディアの得意とする分野で力を尽くしてくれれば、どれほど心強いことか」


「ネルヴァ様……」


 大貴族の直系でこんなにも堂々としている人が、私のような人間の助力を心強いと言ってくれる。

 役に立てるのだと思ったら、心がじんと熱くなった。


「……僕も」


 ティトスが拳を握って言った。


「僕も、ネルヴァ様とリディアの力になりたいです。僕にはリディアほどのアイディアもないし、行動力もないけど。それでも力を尽くしたいと思っています!」


「ティトス、卑下はしなくていい」


 ネルヴァは朗らかに笑う。


「きみの歌と踊りの才能や、光の魔力のスキルがあってこそ、あの店が成功したと俺は知っている。言っただろう、人には領分があると。きみの得意な分野を伸ばし、リディアと俺の力になってくれ。頼んだぞ」


「はいっ……!」


 ティトスは顔を紅潮させた。

 そんな息子を見て、フルウィウスが苦笑している。


「やれやれ、二人ともすっかりネルヴァ様にたらしこまれましたな」


「たらしこむとは人聞きの悪い。真剣に説得して助力を取り付けたと言ってくれ」


 そんなやり取りをするネルヴァとフルウィウスを見て、ふと思い出した。


「あの、そういえば。もう一つお役に立てるかもしれません。……前に仕込んだ石鹸、どうなりましたか?」


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