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03:繊維鑑定


 もこもこの羊毛は既に洗われて乾かされ、繊維をほぐすための弓弦で打たれた後のものである。

 それをひとかたまり、膝に乗せてクシで梳いた。

 ある程度梳いたら今度は台にセット。

 長い板の台の片側に釘が何本も打ち付けてある。その釘に羊毛を結わえて長く梳くのだ。

 もじゃもじゃのかたまりだった羊毛が、きれいに梳かした髪の毛みたいに滑らかになっていく。

 だんだんきれいになっていく羊毛を見るのは楽しい。こういう手仕事は好きだった。


「あ、そうだ」


 ふと思い立って羊毛を『繊維鑑定』してみる。

 繊維というからには布以前の材料の状態でもできるのではないかと思ったからだ。


『鑑定結果。

 ユピテル半島北部の村で育った羊の毛。栄養状態は少し悪い』


 頭の中に文字と映像が浮かんだ。

 のどかな田舎村で放牧されている羊たちの姿だった。


 おお、これがスキルの効果なんだ。

 羊の姿を見ると手元の羊毛がなんだか愛おしくなってくる。

 私はいつも以上に熱心にせっせと梳いた。


「お母さん、羊毛梳き終わったよ」


「ありがとう。……あら、すごいわね。とってもキレイに梳いてあるわ。これならいい織物ができる」


「えへへ」


 褒められて嬉しい。

 次に私は織り終わった毛織物の布に目をつけた。


『鑑定結果。

 織物スキルを持つ職人の手で織られた羊毛織物。

 原材料の羊毛はユピテル半島北部の村で育った羊のもの。

 均一な織り目で高品質』


 おおー。さすがお母さんの毛織物。

 ついでに原材料の詳細も出た。

 今回の映像は放牧されている羊と、織り目を拡大したものだった。

 織り目は見事に均一でしっかりと詰まっている。


 鑑定スキルは面白いなあ。

 これが繊維限定でなければ、この世界のあらゆるものをこうやって見ることができるのか。

 とはいえ、ないものねだりをしても仕方ない。

 それにスキルは進化の可能性がある。

 使い込んで熟練度が上がったり、私自身の魔力がアップすれば新しいスキルが得られるのだ。


 鑑定できるものが広がったり、繊維や布に関して新しいスキルをゲットできるかも!

 そう思えば、繊維鑑定のスキルだって捨てたものじゃない。


 よーし、これから頑張るぞ!







 この毛織物工房ではお母さん以外にも職人や奴隷が働いている。

 一人はタライで羊毛を洗っていた。

 これがまぁ臭いのなんの。

 というのも、羊毛の脂汚れを落とす洗剤が尿なのだ。

 ……人間のオシッコである。


 尿に含まれるアンモニアを利用しているのだと今なら分かる。アンモニアは前世でも洗濯洗剤の大事な成分だった。

 けど臭いし汚いしもうどうにもならん。

 汚いっていうか病気とかの原因になりそうだ。やべえ。

 ちなみに尿は羊毛だけでなく普通の洗濯屋でも使われている。だからこの国で洗濯屋といえば「臭い職業」なのだった。


 繊維関連であの尿も鑑定できるかもしれないが……。

 どこの誰のオシッコとか知りたくもないので、まあやめておこう。


 続いて私は機織りをしているお母さんを見た。

 ユピテル共和国の機織り機は不思議な形だ。

 前世の昔話(鶴の恩返しとか)に出てくるような「ギッタン、バッタン、トントン」のあれではない。

 人の背丈ほどの高さで縦糸を布幅に吊るして、下には重りがつけてある。

 織物職人はその前に立って横糸を通し、布を織っていく。

 ……あれってやりにくくないんだろうか?


「ためしに繊維鑑定」


『鑑定結果。

 ごく原始的な機織り機。縦糸の張力が不足しているため品質が低下しがち』


 機織り機も鑑定できた!

 ていうかやっぱり良くないらしい。

 前世で見知った機織り機は縦糸がしっかりと機械に張られていた。そういうのが大事なんだ。


 よし。いつか機織り機を改良してもっといい布が作れるようにしてやる。

 あとついでに石鹸を作ってオシッコ洗剤も撤廃してやる!


 私は張り切ってもうひとかたまり、羊毛を梳き始めた。







 しばらくしてお母さんの仕事が一区切りついた。


「リディア、フルウィウスさんの家に納品に行きましょう」


「うん、荷物持ちするね」


 フルウィウスは大商人。騎士階級と呼ばれる富裕層である。昔は奴隷だったお母さんの元主人で、今はこの羊毛工房の持ち主、つまり雇用主でもある。

 ユピテル共和国では奴隷制がある。

 家内奴隷と呼ばれる奴隷の子や敗戦国から連行された戦争奴隷、それ以外にも貧しさから自分や子どもを売った人が奴隷身分になっている。

 けれど奴隷の身分は固定されたものではなく、お金を貯めて自分自身を買い戻したり、主人の厚意で解放される場合もある。

 奴隷から解放された人々は解放奴隷という身分になって、完全な自由市民よりは制限があるものの自由の身となるのだ。


 なお、解放奴隷の子は完全に自由市民。

 だから私は自由市民だ。

 お母さんは織物の腕とフルウィウスの厚意で解放奴隷になった。

 ちょうど私を妊娠していた時期で、奴隷として出産してしまえば私も奴隷になる。この差は大きい。

 だからお母さんは頑張って解放奴隷になったのだと思う。

 そしてその後すぐにお父さんが死んじゃって、とても大変だったはず。


 で、解放奴隷になっても元の主人と完全に縁が切れるわけではない。

 お母さんは今でもフルウィウスに毛織物を割引価格で納品している。

 解放奴隷は元の主人に一定程度の奉仕義務があるので、仕方ないとのことだった。


 まあ割引価格といっても買い叩きというほどではないし、良心的な方だ。

 そもそもこの羊毛工房自体がフラウィウスの持ち物で、お母さんたち職人は雇われている形だし。


「ティトスはいるかな?」


 私とお母さんは納品用の毛織物を抱えて、フルウィウスの家に向かった。


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幼女の尿だけを集めて羊毛洗えば、一部の人にはとんでもない付加価値に…
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