28:改めての誓い
翌日、羊毛工房の職人たちの気持ちを伝えると、フルウィウスは驚いていた。
「無論私としても、技術を持つ職人の存在は重視している。だが新しい道具に忌避感を持つようでは解雇もやむなしと考えていた。この短期間でどう説得したんだ?」
「私じゃありません。お母さんがみんなの気持ちを汲み取って、言葉を尽くしてくれました」
「なるほど、セウェラが……」
フルウィウスは頷いて、新しい羊毛工房村でも今の職人たちの雇用を守ると言ってくれた。
彼だって子飼いの職人を手放したくはないのだ。ただし商人としての優先順位が人情を上回るのだろう。
「リディア、良かったね」
「うん」
ティトスと私は応接間を出て、中庭に行った。
中庭は昔から私たちの遊び場で、落ち着く場所なのである。
「新しいニンフの衣装、もう決めた?」
「うん、デザインは決めた。もう何日かで染色から布が戻ってくるから、戻って来次第縫うつもり」
「リディアの服はあちこち切ったり縫ったりするんでしょ。僕も見学していい?」
「いいよ。手伝ってもらえると助かるしね」
私が言うと、ティトスは嬉しそうに頷いた。
「新しい二人の歌と踊りはどう?」
「こっちもだいたいできたよ。一人ずつと、三人一緒に歌って踊るパターンを考えた。今、練習してもらってる」
最近の彼は光の魔力に磨きをかけて、色付きの光も出せるようになっている。おかげでステージは大盛りあがりだ。
勉強もしっかり続けているようで、フルウィウスほどではないがなかなかの博識。
本当なら大商人の息子、それも希少なスキルの持ち主となれば、解放奴隷の子である私と仲良くする理由なんてないのに。
「ティトス」
だから私は聞いてみた。
今回の発端は金貨三枚を彼から借りたことにある。
もう返済の目処は立っているから、これからは無理に付き合わなくていい。
「もし無理をして私に付き合っているなら、もういいよ。ちゃんとお金は返すから」
するとティトスは私を見た。信じられないものを見るような目だった。
「……僕はもう用済みってこと?」
「え? 違う違う、用済みとかそんなんじゃなくて、無理してないか心配だったの。エラトの店のステージもちょくちょく来てくれるし、いろんなこと手伝ってくれるでしょ。勉強もあるのに大変じゃないかな、って」
「前にも言ったよね。僕は僕自身がやりたくてリディアと一緒に働いているんだ。きみと一緒にいると楽しい。新しいアイディアに触れて、物事が動いていくのを見るのは嬉しい。それに僕が手を貸せるなら、もっと嬉しいんだよ」
思いの外真剣な彼の目を見て、私は言葉を飲み込んだ。
「無理をしていないと言えば嘘になるかも。でもそれ以上に、リディア、僕はきみと一緒にいたいんだ! だから『もういいよ』だなんて悲しいことは言わないでくれ……」
「……ごめん。悪かった」
思うに私は、ティトスを必要以上に子ども扱いしていた。
前世で十歳は小学生。完全に子どもである。
でもこの国では私が見習い職人をしているように、自立が始まる年齢でもある。
十歳の年に行われるスキル鑑定は、子どもと大人の境目にいる少年少女に自立の一歩を促すものなのかもしれない。
「昔のティトスは抱え込んじゃう性格だったから、いらない心配してしまったみたい。自分のこと、ちゃんと分かる年だよね」
「そうだよ。同じ年なんだから分かるだろ。大人に一方的に言われて従うばかりの子どもじゃないよ」
「うん。その通り」
私は前世二十歳の意識があるけれど、ティトスの意思は尊重したい。実際彼はとてもよく働いている。
「これからもよろしくね、ティトス」
ぎゅっと手を握って言えば、ティトスは顔を真赤にした。
「う、うん、任せておいて!」
目が合ったら何だか照れくさくて可笑しくて、私たちは笑い合ってしまった。
それから数日後。いよいよ染色された布が工房に届けられたので、私は張り切って裁断を始めた。
「ええっ、そんなにばっさり切っちゃうの」
上着の身頃の形を切り出せばティトスが目を丸くしている。
お母さんと羊毛工房の人々は二回目なので、だいぶ慣れたようで苦笑いしているだけだ。
「そんなに小さいパーツを切ってどうするの?」
「ここに縫い合わせる。そうするとほら、体の線に沿うように立体的になるでしょ?」
「本当だ。不思議だなあ……」
「パピルス紙でサイコロ作ったことなかったっけ? あれと同じで、切ったり縫ったりすれば平面の布が立体になるのよ。……あ、そこの定規を取ってくれない?」
「はい、どうぞ」
「ありがと」
ティトスに洋裁の基礎を教えながら裁断を進める。
切り出したパーツは服ごとに袋に入れておいて、余ったハギレも別に取っておく。布は高級品なので、ハギレも造花や小物を作ったりして有効活用するのだ。
今日は一通りの裁断をした段階で夜になってしまった。
明かりのランプオイルは貧乏な我が家では馬鹿にならない出費。だから作業は昼間だけ行う。
だいたいランプやロウソクの明かりは頼りなくて見づらいしね。前世の室内灯とはわけが違う。
「僕の魔力で照らそうか?」
ティトスが言ってくれたけど、私は首を横に振った。
「魔力は温存しておいて。さあ、そろそろエラトお姉ちゃんの店に行こう」
もうしばらくすればステージが始まるだろう。
「今日も盛り上げちゃおうね」
「うん!」
私とティトスは手を取り合ってエラトの店に向かった。




