25:定番の
いろいろ考えすぎて知恵熱が出そうになったので、休憩することにした。
しかし糸車の時もそうだったが、よく知りもしない織り機の改良とか、それに衣装のデザインとか。
布に関することは前世よりもよっぽど頭が冴えている。
「これもスキルの恩恵だったりして」
ハズレと言われる繊維鑑定だけど、布や繊維の由来が映像で見えたりしてけっこう面白い。
さて、それはさておき。
ここしばらくは忙しくて羊毛工房の手伝いがあまりできなかったので、掃除などしてみる。
頭が疲れた時は体や手を動かすに限る。
「リディア。ちょっと羊毛洗いを手伝ってくれない?」
職人の一人に声をかけられた。
いいですよ、と言いかけてハタと思いとどまる。羊毛洗い、それはつまり。
「オシッコ洗剤!」
「そうよ、当たり前でしょ。オシッコ以外じゃ脂汚れがよく落ちないもの。さあさあ、さっさと手伝って」
「え、えーとぉ」
前世の記憶を思い出す前までは、羊毛洗いの仕事もやっていた。
でも二十一世紀の日本人の意識が芽生えた以上、発酵させてアンモニアと臭気がアップしたどっかの誰かの尿はとても触れない。しかもゴム手袋などあるはずがないので、もちろん素手で。
「ごめんなさい! フルウィウスさんに仕事の話で呼ばれてたの! じゃあねっ」
「あっ、こら、リディア!」
というわけで。私は羊毛工房からエスケープしたのだった。
行くあてはなかったので、ティトスを訪ねてフルウィウスの家に行ってみた。
ちょうどフルウィウスが在宅で、ティトスと一緒に出迎えてくれた。
「リディア、今日はどうした?」
「洗剤なんですけど、尿じゃなくてもっといいのを作りませんか」
「というと?」
「尿って臭いし汚いし、脂汚れは落ちるけどどうしても不潔ですよね。もっといい洗剤を作れば清潔ですっきりキレイになると思うんです」
つまり石鹸である。
異世界ラノベでよく見た展開だ。だから作り方は知っている。油と灰を混ぜればいいんでしょ?
石鹸の概要を説明すると、フルウィウスは腕を組んだ。
「そういえば、ノルド地方では油と灰を混ぜ合わせたものを洗剤として使っているな」
何だよ、あるじゃん石鹸。
ちなみにノルド地方というのはユピテルから北西に位置する土地で、小部族が割拠している国。ユピテルとは微妙な感じで友好関係を保っている。
「もうあるんですね。なんで使わないんですか?」
「汚れ落ちは尿の方が良いからだ」
はぁ~~~~????
いくら脂汚れの性能がいいからって、オシッコなんぞ使う方が汚くて本末転倒じゃないの?
「それからノルドの洗剤を見たことがあるが、ドロドロとした泥のようで奇妙だった。さして汚れは落ちないし、持ち運びも不便。使う必要はないと判断した」
「ドロドロですか?」
石鹸といえば固形のはずなのに。
私の思う石鹸とは違うのか?
「ちょっと作ってみてもいいでしょうか。油と灰を混ぜて」
「お前が作るのか? まあ構わんが」
フルウィウスは厨房を使う許可をくれた。
ティトスと親子してついてくる。
時々思うんだけど、フルウィウスは基本、好奇心旺盛なんだよね。もう三十代の立派な大人なのに、こうして私の石鹸作りを見物しようとしている。
何事にも興味を持つのは商人の特性なのかもしれない。
さて、まずは火の入っているかまどを使わせてもらう。
手頃な鍋に余っていた食用油(ユピテル名産のオリーブ油だ)を入れて温める。
温まってきたら、かまどの灰を少しずつ入れながらかき混ぜた。
うろ覚えの記憶では、冷めれば固まって石鹸になるはずだが……?
「……固まりません」
鍋の温度が下がっても、油と灰の混合物は固まらなかった。粘度は上がってドロドロになっているが、固形には程遠い。
「これが洗剤になるの?」
ティトスが指ですくって不思議そうにしている。
「そのはずなんだけど。ちょっと泡立ててみるね」
手に取って水で湿らせて擦り合わせてみたが、想像しているような泡立ちはほぼなかった。ぬるぬるするだけだ。
せっせと頑張ってようやく少しだけ泡っぽいものが出たか……? いや気のせいかな? くらいのレベルである。
試しに油汚れが残っている食器を洗ってみたが、イマイチどころかイマナナくらいであった。水のまま洗うよりはまぁマシ、くらい。
「そら見ろ。使えないだろう」
フルウィウスが肩をすくめる。馬鹿にしているわけではないだろうが、やれやれと心の声が聞こえてきそうだった。
くっそ悔しいわ! ていうかこのままじゃオシッコ継続じゃん!
「ちょっと待ってください。よく考えます」
頑張れ私。もう二度とオシッコ洗いはしたくない。
何とかして回避するんだ!
必死に考える私の脳裏に、ある出来事が浮かび上がる。
子どもの頃の夏休み、自由研究で石鹸を作ってきた子がいた、ような記憶がある。
その子は確かご家庭の廃油にナントカを混ぜて? それで石鹸を作ってエコでしょーとか言っていた。
ナントカ、何だっけ。薬局で売っているちょっと危ない薬、もとい、大人と一緒に扱うべき劇物だったか。
「あーそうだ! 苛性ソーダ!」
思わず韻を踏んでしまった。
確かかなりの強アルカリの薬品で、目に入ったら最悪失明するくらいの劇物だったはず。
つまり油になるべく強いアルカリをぶちこめば石鹸になる可能性がある!
「そうだ、ソーダ?」
「うん、ソーダ! でもソーダはないから、なるべくアルカリの強いやつ……えーとえーと、海藻は元からアルカリ性のものが多いから、海藻の灰!」
「海藻の灰があれば、お前の言う石鹸が出来上がると?」
「はい、そのはずです。……あっ、ちょっと待ってくださいね。海藻以外だと塩生植物がいいかも。オカヒジキとかです」
オカヒジキは海辺によく生えている植物で、日本なら食用だった。あれも確かアルカリ性だ。
そういやユピテルの食品市場で見たことはない。
「オカヒジキ……。オカヒジキの灰であれば、ガラス工房に在庫があるだろう」
「え? そうなんですか?」
「ガラスは『ガラスになる土』と灰を混ぜ合わせて作られる。古来からのガラス職人の探求の結果、オカヒジキの灰がよりよいと言われるようになった」
「フルウィウスさんは物知りですね」
思わず感心してしまったが、本人は軽く苦笑しただけだった。
ところでガラスになる土ってケイ砂とかかな。まあいいか。
繊維に関することであれば記憶力と閃き力がアップしているが、それ以外はそうでもないらしい。
がっかりするような、当たり前と納得できるような。いやはや。




