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24:織り機の改良?


 採寸をしながらおしゃべりを続ける。


「他に気になってることとか、困ってることはない?」


「んー。ティトスくんが来ない日は、光の演出ができなくて残念なくらいかな」


「それは許してもらうしかないや。ティトスはまだ十歳で、勉強もしないといけないから」


「うん、分かってる。今、協力してくれるだけでもありがたいもんね」


 他にもあれこれ話していると、おばさんが言いにくそうに言った。


「エラト。あの件も言っておいた方がいいんじゃない?」


「何の話ですか?」


 エラトは顔を曇らせた。


「大したことじゃないんだけど。最近、お店の外で待ち伏せするお客さんがいるのよ」


「待ち伏せって、エラトお姉ちゃんを?」


「うん……。フルウィウスさんの護衛がついていてくれるから、危ないことはないんだけど。それにそれだけあたしを応援してくれるのは嬉しいの。ただびっくりちゃうし、急に詰め寄ってくることもあって……」


 アイドルの出待ちみたいなものだろうか。

 それにしたってマナー違反だ。エラトは明らかに困っている。


「お客さん全体によく注意した方がいいね。エラトお姉ちゃんを応援したいなら、困らせちゃ駄目でしょ」


「でも、別に問題ってほどじゃないのよ。護衛もいるし」


「こういうのは何か起こる前にしっかり釘を刺しておいた方がいいよ」


 言いながら私の脳裏に前世の死の間際の記憶が蘇った。

 何事か叫ぶ暴漢。逃げ惑う人々。そして私に向かって振り下ろされるハンマー……。


「リディアちゃん、大丈夫? 顔色悪いよ。そんなに心配かけちゃった?」


 エラトの不安そうな声で我に返った。


「……大丈夫。でも、万が一のことが起きてからじゃ遅いから。お客さんに注意喚起して、護衛に店の周りも見回ってもらって、おかしな人がいたら追い払ってもらおう」


「そうね、分かった」


「はあ。これで少しは安心か」


 おじさんがため息をついた。彼もかなり心配していたようだ。

 おばさんが新入り二人に向かって言う。


「あんたたちも気をつけるのよ。リディアちゃんに衣装を作ってもらえば、きっと人気者になる。護衛にはもちろん気を配ってもらうけど、自分の身を自分で守る心を忘れないで」


「はい」


 ミミとサリアは神妙に頷いた。







 布はお母さんが気を利かせて早めに仕上げてくれたけど、染色から帰って来るにはまだ間がある。

 空き時間をぼーっと過ごすわけのはもったいないので、私は次の仕事の段取りを考えた。


 まず、糸紡ぎと機織り機の改良。

 糸紡ぎは現状の糸車でも十分に画期的だから、とりあえず良しとしよう。

 となると次は機織り機だ。

 この羊毛工房にあるのはユピテルで一般的な織り機。

 人の背丈ほどの位置に重りをつけた縦糸を吊るし、立って布を織る。


「久々の繊維鑑定」


『鑑定結果。

 ごく原始的な機織り機。縦糸の張力が不足しているため品質が低下しがち』


 うん。つまりこの吊るしている縦糸があまり良くないのだ。

 技術の進歩の結果として前世のような機織り機になったのだから、やはりアレを目指すべきだろう。


 吊り下げ式の織り機をよく観察してみた。

 織り機の上側には棒が掛けられて、下から織られた布が向こう側に巻き取られて落ちていく。

 真ん中あたりにはやはり棒がある。溝が彫られており、縦糸は奇数のものは棒の手前に、偶数のものは後ろ側を通っている。


 布――この場合はごくスタンダードな平織りの布――というものは、縦糸と横糸を互い違いに通すことで織られる。

 つまり奇数と偶数で分けられた縦糸の間に横糸を通せば、布が織られていく。

 そして縦糸が通されている棒を回転させると、奇数と偶数の糸の前後が切り替わる。

 横糸を通すたびに縦糸の棒を回転させて糸を互い違いにして、織っていくのだ。


 横糸はシャトルと呼ばれる細長い器具に糸を巻き付けて使う。

 横糸を一度通すたび、織り目を整えるためにクシのような道具で横糸を布に押し付けるようにする。

 これを何百回、何千回と繰り返してようやく一巻の布が織り上がるのだった。


「どうしても薄い布が欲しかったとはいえ、細い糸で織るのってそれだけ労力がかかるよね……」


 お母さんに負担をかけてしまった。反省ものである。

 しかもこれからも薄い布は必要だから、頼み続けないといけない。ごめんなさい。でもお願いします!


 閑話休題。

 前世の織り機を思い出すと、ペダルを踏んで「ギッタン、バッタン」とやっていた。それに続く「トントン」は横糸を布に押し付けて整える作業のはず。

 じゃあギッタンバッタンは何だろう?

 なんかこう、織り機に張られた縦糸が動いていた気がするんだけど……縦糸!


「きっとこの縦糸を切り替える棒だ!」


 ペダルを踏んで縦糸の前後を切り替えれば、いちいち手で棒を回さなくて済む。効率化である。

 書字板の空いている場所に構造をメモしていく。

 ペダルを踏んで上下させる以上、縦糸は一本の棒に張るわけではなく二本に分けるべきだろう。

 一つのペダルに一本の棒を連動させて、踏むごとに上がり下がりさせる。

 上がり下がりで切り替わった縦糸の間に横糸を通していく。


「よし、これだ」


 棒だと糸がズレてしまいそうなので、縦糸一本ずつに針金の通し口を付けるべきかもしれない。

 そうなると……。


1.縦糸を織り機にセットする。布幅分の縦糸を用意して、上下する通し口に一本ずつ通す。

2.横糸をシャトルに巻いて奇数偶数の縦糸の間に通して織る。

3.横糸一本ごとにクシで織り目を整える。


 あれ? そういえば前世の「トントン」、つまり織り目を整えるのは織り機とセットになっていたような。

 ということは1.の縦糸セットに織り目を整えるクシのセットも必要、と。


「ねえお母さん。布を一枚織るのに縦糸って何本必要?」


「そうねえ、糸の太さによっても違うけれど。この前のリディアのみたいな細い糸なら千本くらいじゃないかしら」


 千本の糸を一本一本織り機にセットする。その上で機織りをする。

 ……うん、普通に気が遠くなる作業です。

 これ本当に効率化しているのだろうか? 心配になってきた。


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