22:新しい道
「兵士さんの服、作ります」
決意を込めて私は言った。
作ると決めたら、過酷な活動に従事する兵士のための服のアイディアがいくつも浮かんでくる。
「何千人、何万人もの服ですから、私は服そのもののデザインと、糸車や機織り機の改良を手掛けたいです。実際に糸紡ぎや織物、縫い物をする人はどう手配するんですか?」
「それは私が責任を持って集めよう」
フルウィウスが答えた。
「お前とお前の母セウェラの工房を中心に、さらに繊維関係の職人を集める。ただし新しい道具を多く使うから、あまり同業他者に知られたくない。また人数も相当増える見込みなので、首都郊外に集落を作って工房とする予定を立てている」
おぉ、村を作っちゃうのか。
そうだ。一つ思いついて、思い切って口に出した。
「その村に畑を作るのはできませんか。麻や綿を育ててみたいんです」
私は農業は完全に素人だから、そもそも麻や綿がユピテルで育つのかどうかもよく知らない。
けれど可能性があるのならば挑戦してみたいではないか。
「あっ。ついでに養蚕とかも」
「養蚕とは?」
ネルヴァが首を傾げる。どこか可笑しそうな目つきだった。
「絹の原料になる糸を吐く虫の養殖です。蛾の幼虫で、繭になったら糸を取ります」
「何? 絹はそんな材料で作られるのか。てっきり東方の樹皮を剥いで作られると思っていたが」
フルウィウスが戸惑っている。
この人は織物商なのに知らなかったのか。
ああでも、古代世界のこの国で遠い異国の特産品について詳しい方法は知らなくても仕方ないし、何なら現地で秘匿されているのかもしれない。
この国で最も出回っている絹は野蚕(野外で放し飼いにされている蚕)のものなので、「樹皮を剥いで作る」は木のうろに住んでいる蚕と繭を回収してくる作業に似ていなくもない? 間違って伝わった可能性もある。
それにそもそも樹皮から作る布もあるよね。前世日本の北海道、アイヌ民族の布だ。
「絹が手元で手に入るのであれば、相当な儲けが期待できるが」
「そう簡単ではないと思います。気候とか、食べ物になる木の葉っぱとかいろいろありますし」
日本の養蚕も苦労続きだったらしいし。
「しかし挑戦する価値はある。でかしたぞ、リディア」
「フルウィウス。俺の事業を忘れないようにね」
ネルヴァが笑みを含んだ声で言えば、フルウィウスははっと身を固くした。
「しかしリディアは俺の想像以上にものを知っている。蛾の繭から絹ができるとは。どんな蛾でもいいのだろうか?」
「いえ、絹になるには特定の種類じゃないと難しいと思います」
日本の蚕は品種改良をかなりしていたはずだ。古代世界の野蚕も適合した種類なのだと思う。
「それにネルヴァ様、絹は兵士の服に向いてないですよ。さすがに高級すぎます」
「そうだな。だが俺は産業振興も目指しているんだ。
今や大国となったユピテルは、各地から贅沢な物品が流れ込んでくる。我々は黄金を積み上げてそれらを買い上げる。しかしそれでいいのかとね。
ユピテルに産業を作り属州や他国から金貨を回収していくのは、経済上重要だ。産業が発展すれば従事する労働者も増えて、失業者対策にもなる。
軍制改革だけで全ての貧困層、無産階級をすくい上げられるわけではない。言っただろう、可能な手は全て打つと」
「……それは」
「ゆえにリディア、きみには兵士の服作り以外にも、あのニンフの店のように新しい商売を期待している。あれはなかなかに見事だった。娯楽の少ない平民たちの心を慰めるのに、いい手だ。俺も楽しんだよ」
だからネルヴァは、私が生意気なことを言っても怒らなかったのか。
彼は本当にユピテル人全体の幸せを願っている。
ネルヴァがエラトの店に来ていたのに、私は気づかなかった。きっと大貴族とは思えないくらい平民たちに溶け込んでいたのだろう。
「分かりました。兵士の服作りもエラトの店も、新しい布作りの道具も。全部ぜんぶ、力を尽くします!」
今まで私はファション改革のことだけを考えていた。
身近な人の力になりながらコツコツ頑張っていれば、いつか手が届くと思っていた。
けれどこの古代世界は不安定で、前世よりも戦争や暴力が身近にある。
首都に流入が増え続けている貧しい人々の存在は、私も肌で感じていた。
前世のように安定した平和の中で事業を起こすのとは、わけが違うのだ。
そう、平和な前世ですら私は暴漢に襲われて死んだのに。ああいうことがもっと頻繁にあるんだ。
人々が自由な服装を楽しむ社会は、平和で繁栄した社会でなければならない。
戦争が起きるかどうかはユピテルだけの問題ではないが、内側にある問題はできるだけ解決してもらわないと。
私は無力な平民の子どもだから、政治の話は大貴族のネルヴァに託すしかない。
そして託す以上は私にできることをやりたい。
「私、頑張ります。だからネルヴァ様はユピテルをよりよくしてくださいね」
私が言うと、彼は目を丸くして――くつくつと笑った。
「ああ、もちろんだ。リディア、きみは俺の予想以上に面白い子だね。やってみるといい。そして俺の期待に応えてくれ」
「はい。必ず」
ファッション革命への情熱が衰えたわけじゃない。ただそれは一本道ではなく、いろんな道に繋がっていると自覚しただけだ。
そして新しく見えた道は、私を遠いところまで連れて行ってくれそうで。
思わず武者震いが出る。
ぶるりと震えた私の手をティトスが握る。
「リディア、僕も一緒にやるよ。だってリディアの最初の一歩は、僕のお金で始めたんだもの。最後まで見届けるさ。……父さん、いいですね?」
強い目で見つめる息子に、父はため息をついた。
「ネルヴァ様の事業絡みとなれば、断るわけにはいかんな。いいだろう、精一杯やってきなさい」
「はい!」
手を握り合って目を合わせる。
二人とも自然に笑顔がこぼれた。




