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18:最初の夜


 底が抜けた鍋だけどガラクタではない。今日の演出に必要なのだ。


「ティトス。お願い」


 両手で鍋を掲げた私に、ティトスはうなずいた。

 鍋の底の穴に手をかざし、軽く目を閉じる。

 集中しているのだろう、こめかみから汗が一滴伝った。


 そして。

 ティトスの手からカッと強い光が放たれた。

 光は銅の鍋の中で乱反射して、より強い光となって前方に照射される。エラトのいるステージへと。


 ティトスのスキルは『魔力・光』。

 手を光らせるだけのスキルだったけれど、練習次第で光量が増えると分かった。

 この古代世界では、明かりといえばランプやろうそく程度でとても弱い。

 けれど光の魔力があれば光源として使えると思ったのだ。そしてそれは、ステージ演出の強力な武器になる。


「おぉ……!?」


 思わず、というふうに客席から声が上がる。

 光はまるでスポットライトのようにエラトを照らした。

 ランプとかろうそくとか、ありふれた光源では再現できないほどの光量。

 背後の書き割りに仕込まれた金属片がきらきらと光る。


 折しも歌はクライマックスで、エラトは大きく手を広げていた。

 正面から光を浴びて眩しそうにしたのは一瞬のこと。

 すぐに受け入れて、光を味方につけた。

 森と泉の絵がきらめく。

 光の中で踊るエラトは神秘的で、私ですら本物のニンフと間違えてしまいそう。


 歌の最後の一節が高らかに歌われて、途切れた。

 同時にティトスが光を消して、店内はつかの間の暗闇に包まれる。

 実際はそんなに暗くないのだが、今までが明るすぎた。目が慣れなくて暗く感じるのだ。

 エラトはその隙にステージを降りて、厨房のカウンターの中に入る。

 やっと目が慣れたお客さんたちは、エラトがいなくなったのに気づいてざわめいた。


「あれっ、エラトちゃん?」


「いつの間にいなくなったんだ。まさか消えた?」


「え、本当に? ニンフみたいに?」


 ざわめきが不安と不満に変わる一瞬前、カウンターの向こうからエラトがひょっこりと顔を出した。


「はーい! 私ならここにいますよ!」


「あぁ、よかった」


「本物のニンフみたいに消えてしまったら、どうしようかと……」


 客たちが安堵のため息をつく。


「私はこの店のニンフですから。いなくなったりしませんよ」


 そんなことを言って笑わせている。


「さてお客さん、お料理はもう食べ終わりましたね? 歌と踊りが終わったことですし、次のお客さんと席を交換してください」


 そう言われて半分の客は素直に席を立ったが、もう半分は粘っていた。


「え、俺、まだここにいたい。エラトちゃんと話したい」


「うるせえ馬鹿、次がつかえてんだよ。代われっての」


 他の客やエラト父、護衛の人などにせっつかれて仕方なく席を代わる。

 そうして新しく入ってきた客は料理に舌鼓を打ちつつ、再度行われたステージを堪能していったのだった。







 その日は途中で料理が売り切れてしまったのと、三回のステージをこなしたエラトに疲れが見えたので、早めの閉店となった。


「いやあ、売り切れるだなんて、初めてだわ……」


 閉店後。売上の銅貨がみっちりと入った壺を眺めて、おじさんがしみじみと言った。


「まだまだこれからですよ。今日はお店にお客さんが入り切らなくて、途中で帰っちゃう人もいたくらいだったから。次は席の回転や料理の補充を考えないと」


 私が言うと、おばさんもうなずいた。


「エラトのステージ、練習なら何度も見ていたけど。本番というのはまた格別なんだね」


「うん。本当に」


 光の魔力のスポットライトを浴びた姿は、私も感動してしまった。


「ティトスも頑張ったよね。光がすごかった」


「僕はたいしたことないよ。すごいのはアイディアを出して衣装を作ったリディアと、ニンフをやりきったエラトさん。それにお店のおじさんとおばさん」


「じゃあ、みんながすごくて頑張ったってことで!」


 エラトが笑顔で言うと、皆笑った。


「エラトお姉ちゃん。今日、三回ステージやって疲れはどう?」


「大丈夫……と言いたいところだけど、毎日やるのはちょっときついかも」


「そうだよね。いずれ人を増やしたいけど、それまではもう少し減らそう」


 これまでエラトの店は七日に一度の休みだった。

 それは変えないとして、一番負担のかかるエラトの疲労に注意しながら進めなければ。


「私にもっと体力があれば……。悔しいなあ」


 首を振るエラトの肩を、おじさんがぽんと叩いた。


「お前は十分よくやってる。無理すんな」


「そうだよ。エラトお姉ちゃんが怪我でもしたら大変だもの。体は大事にして」


 私も口を出すと、ようやくエラトはうなずいてくれた。


「ん。そうする」


 それからも話し合いを進めた。

 まず、お昼の営業時間ではステージはやらないこと。

 夜のステージは一日二回であることを決めた。

 私とティトスができるだけサポートに入るが、いつまでもというわけにはいかない。

 お店の経営が安定して雇う人を増やせたら、そのタイミングで入れ替わることなどを話し合った。

 特にティトスの光の魔力は彼だけのスキル。

 ステージの演出ができなくなるのは痛いが、その時はまた話し合うこととする。


 宣伝は、今日行った一番近い列柱回廊(フォルム)以外にもう一つ二つ足を伸ばす。

 テレビもネットもない古代世界だ。宣伝といえば口コミ一択で、今日の成功で相応の評判が見込めた。

 元から料理は美味しくて、今は可愛いニンフがいる。

 何度か宣伝をしていれば、おのずとファンは増えていくだろう。


「今日のお客さん、みんな楽しそうだったね」


 エラトがぽつりと言った。フィッシュテールの巻きスカートの裾をいじりながら。


「父さんの料理をおいしいおいしいって食べて、あたしが笑いかけたら嬉しそうで。ステージの最中は、みんな夢中になってた」


「うん」


 今夜の様子を思い出す。

 ほとんどが男性客だったが中には女性もいて、誰もが店を楽しんでいた。

 エラトが衣装をひるがえして踊ると、歓声が上がった。

 歌のクライマックスでスポットライトが当たったら、目を丸くして見入っていたっけ。


「リディアちゃんのおかげよ。こんなに可愛い服で、あたしをニンフにしてくれた。……ありがとう、リディアちゃん」


 少し涙を浮かべたエラトが可愛くて、ちょっと照れくさくなってしまった私は、誤魔化すように言った。


「違うよ。さっきエラトお姉ちゃんも言ってたでしょ。みんなが頑張ったの。それで、これからももっと成功しちゃうんだ!」


 私が言うと、おじさんも声を上げた。


「おお、そうだ。エラトの嫁入り資金を稼がにゃならんからな。いい婿さんを捕まえて、一生大事にしてもらえるように」


「この店を繁盛させて、うちの人の料理をもっと広めないとね。美味しいのは折り紙付きなんだから」


 おばさんも続く。


「僕は、こんなこと言っちゃいけないかもなんだけど、すごく楽しかった。みんなで力を合わせてお店を作って、エラトさんに歌ってもらって。そして今日はお客さんがいっぱい来てくれた。とても嬉しいよ……」


 皆がそれぞれに成功を喜んでいる。

 でも、こんなのまだまだ序の口だ。

 エラトのお店を盛り上げて、いずれはもっと大きくする。

 メイド喫茶ならぬニンフの店を楽しむ人を増やしていく。

 ここで実績の積み上げとお金稼ぎをして、いつか必ずファッション革命を起こすんだ!


 けど今は。

 最初の一歩の成功と幸せを、みんなと分かち合っていたい。

 笑い声の絶えないこの夜は、こうして過ぎていった。





お読みいただきありがとうございます。

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