17:オープン日
さらにそれから数日後。
夕暮れ時、私たちは近所の列柱広場に来ていた。
列柱広場は首都内にいくつもある公共の広場で、市場が立ったり憩いの場だったり、時には政治集会が開かれることもある身近な施設である。
列柱広場内の掲示板にエラトの店の宣伝ポスターを張って、実際に集客をするのだ。
ポスターの絵は私が描いた。服のデザイン画を描く都合で絵は得意なのだ。
「皆さん、ごちゅうもくー!」
広場のほどよい場所に立って、私は声を張り上げた。横にはニンフの衣装のエラトがいる。
彼女はその可愛らしさで既に人目を引いていた。
他にはティトスと護衛の人がいる。
「この先の路地にあるエラトの店では、こんなに可愛いニンフの女の子が、皆さんのご来店をお待ちしています。とびっきり美味しいお料理とニンフのおもてなし。楽しいひと時をいかがですか?」
口上の終わりと同時に、手に持っていた鈴をガラガラと鳴らす。
エラトがくるりと回ってターンした。
「エラトです! お店ではニンフになりきって、お客さんをおもてなしします。歌と踊りのステージもありますよ! 美味しいお料理を食べながら、ぜひ楽しんでいってくださいね」
にっこり笑うと周囲の人々から声が上がった。
「あの子、可愛いなぁ!」
「本物のニンフみたい」
「ねえママ、あのお姉ちゃん、羽が生えてるよ! ほんとにニンフなの?」
少し違う声も聞こえる。
「何だか変わった服だな?」
「チュニカじゃないのかしら。腰から下がずいぶんふんわりしてる。変なの」
「踊り子じゃあるまいし、あんな服は邪道よね」
「まあ仮装なんだろ。普通じゃないよ」
「でも可愛くない? スカートがふわふわで、腰に巻いているのもひらひらしてて」
エラトの可愛さは文句なしだが、服は賛否両論かな。
最初から全部をすんなり受け入れられるとは思っていない。
今回はあまり旧来のチュニカやストラから外れないよう仕立てたけど、それでもスカートは工夫した。
「さあさあ皆さん! ニンフの店はもう少しでオープンですよっ。今日は開店記念で割引します! ただしニンフにお触りはなしで!」
私は鈴をガラガラ鳴らしながら大声で叫んだ。
隣ではティトスがタンバリンを一生懸命叩いている。
本当は自作の歌を歌いたかったようだが、人前で歌うのはフラウィウスの許可がどうしても下りなかったそうで。
私は壊滅的音痴だから……。歌えばお客さんが逃げるのが目に見える。くそ。
「お客さんはどうぞこちらへ。お店へご案内しまーす!」
エラトがにっこり笑って店の方に歩き始めた。
亜麻色の髪とフィッシュテールの巻きスカートが宙にたなびいて、人々の目を引き付ける。
私とティトスも続いた。
「ねえリディアちゃん、お客さんちゃんと来てる?」
笑顔に緊張をにじませてエラトが小声で言う。
私は鈴を鳴らしながら後ろを振り返って――
かなりの人数が興味津々でついてきているのを見た。
「うん、ばっちり!」
エラトは今度こそ笑った。心からの笑顔だった。
「いらっしゃい、いらっしゃい!」
「今日はレンズ豆と肉団子のスープがおすすめだよ!」
「ここのお店はお触り禁止です。ウェイトレスのニンフに無理を言ったら、お店を出てもらいますのでよろしくどうぞ」
次々とやって来るお客さんに、エラトを筆頭におじさんとおばさん、私とティトスで応対をする。
お触り禁止にぶーたれる男性も少なくなかったが、フラウィウスから借りたガタイのいい護衛の人に睨んでもらって退散させた。うちはそういうお店じゃないんでね。
「ニンフちゃん、こっち向いて!」
「あー、笑顔が可愛い!」
エラトが手を振るとお客さんたちは大喜びだ。
「うお、スープめちゃくちゃウマイじゃん」
「こっちのソーセージもソースがいい味出してる。魚醤は自家製だろうか」
「あのニンフの娘っ子を見て興味本位でついてきたんだけど。こんな隠れ名店があったなんて」
そんな声も上がっている。
お客さんはそれからも続々とやってきて、すぐに満員になった。
食べ終わった人もエラトに話しかけたりして、なかなか帰ろうとしない。
「エラトお姉ちゃん、そろそろステージの準備しよう。で、見終わった人は帰ってもらってお客さんの入れ替えを」
「了解。すぐ準備するわ」
護衛の人にも手伝ってもらい、ステージが設置された。壁に森と泉の書き割りを掛けるのも忘れない。
「なんだ、なんだ」
ざわつくお客さんを尻目に、まずは私がステージに立って鈴を鳴らす。
「さあ皆さん、ご注目! これから当店の一番の目玉、ニンフの歌と踊りのステージが始まります。可憐なニンフの歌声と踊り、それに衣装を楽しんでくださいね!」
ちゃっかり衣装を推してみた。エラトが主役なのは承知の上で、まあこのくらいは許してほしい。
私がステージから降りるのと入れ替わりで、エラトが壇上に上がる。
「ニンフのエラトです。今日はお店に来てくれてありがとう。うちの自慢のお料理は、美味しかったですか?」
「美味しかった!」
「旨くてびっくりしたぜ!」
お客さんの歓声に手を振って応え、エラトは続ける。
「ありがとう! 料理人も喜んでいます。それじゃあその感謝も込めて、精一杯歌って踊ります!」
料理人はつまりエラトのお父さんなんだけど、ニンフの父としておじさんはちょっと強面すぎる。
なのであまり親子関係は強調しないでおくことにした。
エラトは一度深呼吸して歌い始めた。
「はるか昔、ここではない場所。一人のニンフがおりました。森と泉のニンフでした……」
エラトの歌声が店に響く。
歌とともに踊りが始まり、ふわふわと衣装の端が宙を舞う。
美しい歌声と可憐な動き。
店中のお客さんの視線が釘付けになる。
皆、手拍子を打ち鳴らして盛り上げている。
そんな中、私は素早くお客さんの間を抜けて、壁際に立っていたティトスの方へ向かった。
「ティトス、できそう?」
「う、うん。昨日の練習じゃ割とうまくいった」
「よし、やってみよう。大丈夫、失敗しても私がカバーするから」
私は大きな銅鍋を取り出した。深い鍋だが底の一部が抜けているものだった。




