15:お披露目
今日は衣装のお披露目会。
主だった人々――お母さん、ティトス、エラトの家族、それにフルウィウス――をエラトのお店に集めて、ニンフの衣装を見てもらうことになった。
布を初めて見るエラトたちとフルウィウスは、毛織物とは思えない薄さと繊細さに目を丸くしている。
「エラトお姉ちゃん、手伝うから着てみて!」
エラトを別室に連れて行って着替えを手伝った。
といっても別に着るのが難しい服ではない。
「この服、上下に別れているのね」
「うん。着やすいし、洗濯も上だけとか下だけとかでできるから便利だよ」
「なるほどねー」
上着のギャザーを整えてスカートの腰紐を絞った。
フィッシュテールの巻きスカートはリボンで結ぶ。
花冠を頭に乗せてピンで留める。
腕輪を付けて、革のサンダルに布の造花を巻きつけた。
仕上げに妖精の羽を背中にセットして、出来上がり。
この国には全身を映す大きな鏡は存在しない。鏡といえば銅を磨いた銅鏡で、しかも小さいものばかり。
だからエラトは自分の姿を確認できないが、それでも喜んでいた。
「すごい、ふわふわでひらひら! スカートをショールみたいに重ねるのね」
巻きスカートをつまんでくるっと回っている。
「エラトお姉ちゃん、みんなに見てもらおうよ」
彼女の手を引いて皆がいる部屋に戻った。
「エラト……!?」
娘の姿を見たおじさんとおばさんが目を見開いている。
「本当にニンフみたい。可愛い……」
ティトスは顔を赤くした。
お母さんとフルウィウスも驚きながら注視している。
ちょっと照れながら立っているエラトは、本物のニンフのように愛らしかった。
ギャザーを寄せた上着はふんわりとして、十五歳の少女の柔らかな体のラインとマッチしている。
膝丈のティアードスカートはボリュームがあって、歩くたびに揺れる。
重ねたフィッシュテールの巻きスカートは前は短く、サイドに行くにつれて長く、後ろでは妖精の尾のようにたなびいている。
袖は柔らかなフリルで、少女の細い腕をさりげなく隠して上品に仕上げた。
花冠と腕輪は揃いのデザイン。
サンダルに編み込んだ花も統一感があって、まるで野の花畑から抜け出してきたような可憐さがあった。
「エラトお姉ちゃん、回ってみて」
「うん」
エラトの動きに合わせて、ふわりとスカートが広がる。
ティアードスカートがバレリーナの衣装のように動きをつけて、少し遅れてフィッシュテールが追いかけていく。
エラトの亜麻色の髪が宙をくるりと舞って、背中の妖精の羽が見える。
そうして一回転。
はにかんだ笑顔のエラトが巻きスカートをつまんで膝を曲げると、皆がため息をついた。
「さすが俺のエラト。可愛い。可愛すぎる」
「スカートが変わった形だと思ったけど、動いた時にこんな風になるのね」
おじさんとおばさんがうなずきあっている。
「リディア。あのスカートはどうなっている? 何段にもなっている上に、上に重ねたスカートが妙な形だが」
フルウィウスが言う。
「スカートはギャザーを寄せたものを段にしました。重ねた巻きスカートは、裾に向かって広くなる点と後ろに向かって長くなる点を計算して裁断しました」
ギャザーとフリルは似ているが実はちょっと違う。
ギャザーは四角い布の片方を縮めて、もう片方をひらひらとフリル状にする縫い方。
フリルは布を円形に切って、内周と外周の差でフリル状にする縫い方である。
ギャザーは縮める割合でフリルの形状が決まる。今回は四割程度にしてみた。
フリルは内周と外周の差が重要。完全な円からゆるい弧を描く程度のものまでいろいろある。
「この子ったらせっかくの布を切り刻むんですよ。一体どうなることかとはらはらしていたら、こんなに素敵な服が出来上がって」
と、お母さん。
ユピテル共和国のチュニックは長方形の布の脇を縫い合わせただけのもの。
よって布はほぼ切らずに丸ごと利用する。
布が貴重な古代世界ならではの工夫といえる。
一方で私が作りたかった前世のような服は、体に沿った立体的なもの。
平面の布を立体に起こすのだから、どうしたって切り分けなければならない。
ダーツを入れたり部品ごとに切ったり。
前世であればまず型紙を作り、紙でサイズなどが間違いないか突き合わせてから作る。
ところがこの国では紙は布と並ぶ高級品なので、とても型紙は作れなかった。
エラトの採寸は念入りにしたものの、一発勝負で布の裁断をした時はとても緊張したなぁ。
今回は間に合わなかったけど、いずれトルソー(マネキンの胴体だけのやつ)を作って、立体裁断に挑戦したい。
「なんと、この服は上下が別れているのか……。しかもブローチで留めているわけでもないのに、ずいぶんきれいにドレープが寄っている。遠目にはストラ(成人女性が着るドレープがある服)とそう変わらなく見えるが、実際はかなりとんでもないな」
フルウィウスが唸りながらエラトの服を触っている。
「フルウィウスさん、後でよく見せますので、今はあんまり触らないでくださいね」
おっさんに触れてエラトが困ってるっての。
「おっと、失礼」
フルウィウスは手を離したが、食い入るような視線は送り続けている。
ただし女性を見る目ではなく、あくまで服と布を見定める商人の目だった。
その視線を受けてエラトは居心地が悪そうだが、誤魔化すように言った。
「こんなに素敵な服だから、汚さないか心配だわ」
「平気だよ、毛織物だもの。いつもの洗濯屋さんに出せばオッケー。ウェイトレスだものね、汚れるのは当たり前」
「上着だけ、スカートだけでも洗濯に出していいのよね」
「うん。今度染色して色を付けた服を作ろうと思ってるんだ。洗い替えはそれにして」
「白も素敵だけど、色がついたらもっと楽しそうね!」
「ね!」
私とエラトは手を取り合って、にっこりと笑った。