14:念願の布(※衣装挿絵あり)
そして糸巻きがいっぱいになった。
誰ともなくため息のような声が上がる。
「こんなに細い糸ができるなんて、思ってもみなかった。この糸で布を織るのが楽しみよ」
糸車から外した糸巻きを持って、お母さんがにっこりと笑った。
私は彼女の服の裾を引く。
「ちゃんとお金を払うから、出来上がったら売ってね」
「お金はいらない……と言いたいけれど、フラウィウス様との約束があるものね。いいわ、相場より少しだけおまけした値段で売ってあげる」
「うん! ありがとう!」
私たちの背後では羊毛工房の人たちが糸車を触ったりペダルを踏んだりしている。
「リディア、この糸車? だっけ? あたしたちも借りていい?」
「もちろんいいよ。でも私も糸紡ぎの練習したいから、あとでやらせてね」
私はお母さんを手伝って、出来上がったばかりの糸を織り機にセットしていく。
羊毛とは思えないほど細くしなやかで、とてもきれい。
どんな布になるのか楽しみだった。
それから数日後。
お母さんの新作布が織り上がった。
それは今までの毛織物と同じ材料とは思えないくらいに薄く、しなやか。
光に透かせばくっきりと影が映る。
ふんわりとした手触りで、とても気持ちが良い。
さすがに絹並みとはいかないものの、十分に私の理想をかなえていた。
「すごい、これが毛織物?」
布を手に取ってティトスが目を丸くしている。
「毛織物の概念を覆しちゃうよね」
「リディアは難しい言い回しを知っているなぁ」
おっといけない、また前世の悪癖が出た。今の私は十歳だとつい忘れてしまう。
理想の布が予算内で手に入って、しかも糸からお母さんの手作りで、だいぶ浮かれている。
「エラトお姉ちゃんの衣装デザイン、もう決めたんだ。採寸も済んでる。あとは縫うだけ!」
ここしばらくの待機期間を活かして、デザイン決定とその他の材料の手配を済ませた。
やっと衣装作りに取りかかれる。
やっと、やっとだ。
前世の記憶を取り戻して以降、ファッション革命を決意して。
メイド喫茶の企画でフラウィウスとティトスに資金を出してもらった。
エラトと両親を説得して、了解を取った。
それなのにいい布が見つからなくて、良い糸がなくて。
糸車まで作ってやっと、布が手に入った!
長かった。
けれど肝心なのはこれからだ。
とびっきり可愛いニンフの衣装を作って、エラトの店を盛り上げる。
おじさんの美味しい料理をたくさんの人に食べてもらう。
いっぱいお金を儲けて、ティトスにお金をきちんと返す。
それから儲けたお金を元手にして、次の計画に進まなくては……!
でも今は、次のことなど考えないでおこう。
エラトにぴったりの可愛い服を作る。それだけに全力を尽くす。後のことはそれからだ。
お母さんの布を作業テーブルに広げる。
美しく柔らかい布を。
さあ、始めよう。
前世から数えて十年ぶりの衣装作りを。
衣装に取り入れる要素は、早い段階から決めていた。
それは「フィッシュテールの巻きスカート」と「ティアードスカート」を重ねること。
フィッシュテールというのは、後ろの部分だけが長くなったスカートのこと。
ふわふわと裾に向かって広がるさまが魚の尾びれに似ているからと、そう呼ばれている。
ティアードは何段にも重ねるという意味。
フリルやギャザーを何段も重ねてデザインしていく。
前世ではスカートやワンピースでよく使われるデザインで、ミニスカートでもロングでもいける。
ボリュームの出るシルエットなので、薄手の布で作りたかった。
両方合わせるとちょっとくどいかな? と思ったけれど、ティアードスカートを膝丈ミニにすることで解決した。
セクシーは抑え気味に、可憐さ重視にしたいので極端なミニにはしない。
それでも生足がだいぶ見えるが、そこは巻きスカートをオンすることでカバー。
ウェイトレスとして立ち働いたり、ダンスの時にフィッシュテールがひらひらと動くのが絶対に可愛い。
「そういえば、ウェイトレスはどうしても多少は服が汚れる仕事だから。変に張り切って絹にしなくて良かったね」
予算オーバーした上に使い勝手が悪いとなれば、服を楽しむ目的から外れてしまう。
比較的安価な毛織物で、しかも素早い糸紡ぎでこれだけの品質の布を手に入れられたのは、幸いだった。
服の上半身部分は旧来のユピテル文化を踏襲した。
ギャザーをたっぷり寄せたチュニカの形に、襟元には花の刺繍。
強いて言うなら上着とスカートが分離するツーピースなのが新しいだろうな。ユピテルは男女ともにワンピースが主流である。
「ギャザーを寄せても重たくならないように。肩ダーツをうまいこと吸収させて、脇の部分はすっきりさせて」
軟弱と言われる袖は控えめに、肩にふわっと乗せる程度にした。
袖も少しフリルにして二の腕をさりげなく隠す。
そして背中には妖精の羽。
針金に薄布を張って、背負うような形で固定する。
動きにくかったり肌を傷めないよう工夫した。
仕上げは花冠だ。
花冠はユピテルではよく見かけるアクセサリーだが、生花は日持ちがしない。毎日買い替える余裕は今は残念だけどない。
羊毛工房にあった色とりどりのハギレを集めて造花を作る。
前世で和風のコスプレもやっていたので、つまみ細工の要領で花を作っていく。ちょっと布が扱いにくかったけど、なかなか良いものが出来上がった。
余った造花で腕輪を作ったり、革のサンダルに巻き付けたりしてみた。
惜しむらくは時間が足りなくて、布が白いままなこと。
染色に出すとそれなりに時間がかかる。
ここまで既にけっこうな日数が経過しているので、これ以上待てなかった。何より布を前にして衣装作り欲を抑えられなかった。
理想の形を思い浮かべながら布を切る。
パーツを一つずつ縫っていく。
私の手の中で少しずつ形作られていく服。
あぁ、なんて楽しいんだろう。
指に触れる布の手触り、針と糸の感触。
出来上がっていく衣装を眺めながら触れながら、ニヤニヤが止まらない。
「出来た……!」
そして遂に。
私のユピテルでの初作品が完成したのだった。
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