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13:糸車を作ろう


 次にやって来たのは木工職人の工房だった。

 糸紡ぎの道具を作るには木の部品が必要になる。

 どのくらいお金がかかるか分からないけど、見積もりをしてもらおうと思ったのだ。


 まったく、この古代世界では部品一つ調達するにも職人に頼まないといけない。

 前世なら百円ショップに行けば工夫次第で使えるものが山盛りだったのに。


「いらっしゃい。……何だ、ガキじゃねえか。冷やかしはお断りだよ」


「お金ならちゃんとあります。今日は部品を作ってもらいたくて」


 門前払いされそうになったが食い下がって、どうにか話を聞いてもらえた。

 私が作りたいのは、ずばり、原始的な糸車だ。

 ユピテル共和国では、私の知る限り糸車はない。あるのは手に持って紡ぐスピンドルという道具だけである。


 糸を紡ぐには、繊維をねじって「より」をかける必要がある。

 繊維は、羊毛でも亜麻でも綿でもそうだが、そのままではごく短いものでしかない。

 脱脂綿とかを思い浮かべれば分かると思う。あれも綿の繊維だけど、すぐに千切れちゃうよね。

 それを何十メートルにもなる糸に変えるには、よりをかけて繊維同士を絡ませて途切れないように加工するのだ。


 スピンドルはそのねじりの「より」をかける道具。

 糸紡ぎの際にはぶら下げて持って、空中でくるくると回す。すると繊維がねじられてよりがかかるというわけだ。


 で、細い糸は高速でよりをかける必要がある。

 私が欲しい極細の糸は、手で回すスピンドルでは実現不可能なくらいの高速にしなくてはならない。


 そこで糸車だ。

 糸車というと中世のお城の塔で魔女が回しているイメージ。まあそれは別にどうでもいい。

 大きな糸車の回転は小さな糸巻との直径の差で高速になる。糸車を一回回せば糸巻きは十回以上回転する。

 糸車を高速回転させれば、糸巻きは超高速回転する!


 大きな糸車と小さな糸巻きは紐で接続して、糸車の回転が糸巻きに伝わるようにする。

 原理としてはごくシンプルだ。

 なんで私がそんなことを知っているかというと、前世のコスプレ仲間で糸紡ぎと手織りをしている人がいたから。

 何でもこだわりの衣装を布から作りたかったそうで。

 家に遊びに行って自慢の糸車を見せてもらった。

 案外単純な構造でびっくりしたものだ。


 糸車は足踏みのペダルと連動して動くようにしてもらう。

 これも構造はごく単純で、ペダルに縦長の板を取り付けて上下運動を回転に変えるだけ。


 身振り手振りを交えて木工職人に説明すると、ちゃんと伝わった。職人はうなずく。


「何に使うか知らねえが、それなら作れるぜ」


「代金はどのくらいですか?」


「組立まで入れて、まあ、銀貨六枚ってとこだな」


 銀貨二十枚で金貨一枚。うむ、安くはないが予算の範囲内ではある。


「お願いします。完成はいつ頃になりますか?」


「今ちょうど暇でな。これから取り掛かって三日後にはできるぜ」


「やった!」


 というわけで話はまとまり、私は前金で銀貨三枚を支払った。

 完成が楽しみだ。







「すごいね、リディア。あんなアイディアを持っていたなんて」


 木工職人の工房から帰る途中、ティトスが感心した口調で言う。

 アイディアというか単なる前世知識だ。私の功績ではなく先人の知恵というやつ。

 けれどそうと言うわけにもいかず、あいまいに笑って誤魔化した。


「糸車が完成するまで時間があるから。ティトスはニンフの歌と踊りを考えておいて。私は衣装のデザインをまとめておくね」


「うん、分かった」


 糸車が完成したら糸紡ぎ、それから機織り。それでようやく衣装作りだ。

 前世では手芸屋さんに行って布を買えば作業をスタートできた。布の種類は豊富で、ほとんどが手頃な値段で売られていた。

 それに比べて何と前途多難であることか。


 今日はここでティトスと別れて、三日後に羊毛工房に来てもらうことにする。

 羊毛工房へ帰った私は、仕事を手伝いながらエラトの衣装アイディアをあれこれとふくらませた。







 そうして三日後。

 私がロウ引きの書字板に衣装デザインを書いては消ししていると、木工職人がやって来た。


「よう、お嬢ちゃん。例のもの、持ってきたぜ」


「待ってました! ありがとう!」


 ちょうどティトスもやって来て糸車のお披露目となった。

 羊毛工房のみんなには、新しい糸紡ぎの道具が来ると伝えてある。皆、物珍しそうに糸車を見ていた。


 届いた糸車は、大きな糸車が直径五十センチくらい。その横にボビン状の小さな糸巻きがあって、紐でつながっている。

 全体の高さは一メートル少々で、座ってペダルを踏む構造だ。


「じゃあやってみます」


 糸車の前に座る。

 理屈の上ではきちんと作られているはずだけど、私に上手く操作できるだろうか。

 よく梳いた羊毛をひとかたまり手に取って、最初は指でよりをかける。糸状になったら糸巻きに少し巻いた。

 糸車を手で回して、勢いがついたらペダルを踏む。

 カラカラと涼し気な音を立てて糸車が回り始める。

 同時に糸巻きにも回転がかかって、手に持った羊毛が引き出されていく。


 ここでなるべく少しずつ引き出して、かつ、高速で回転をかければかけるほど細い糸になるだろう。

 しかし今日は初体験なので、無理せず中細くらいの糸を目指して試してみる。

 すいすいと引き出されていく羊毛が糸になっていくのを見て、周囲から驚きの声が上がった。


「すごく早い……! スピンドルの何倍かしら」


「リディアはまだ糸紡ぎが下手だったのに。上手によりをかけているわ」


 スピンドルでの糸紡ぎは、羊毛の引き出しとよりを同時に手作業で行わないとならない。

 対して糸車はよりは勝手にかけられるので、手元の羊毛の量を調節するだけ。

 それでも決して簡単ではないが、スピンドルとは比べ物にならない。

 もちろん、スピンドルを手で回転させるより糸車は何倍も早い。


「ふぅ」


 糸巻きがいっぱいになったので、私はペダルから足を離した。

 そんなに細い糸ではないけれど、まあまあの品質だ。


「次は私にやらせてくれる?」


 お母さんは興味津々の顔をしている。


「もちろん! 今、糸巻きをセットするね」


 予備の糸巻きをセットして、お母さんに座ってもらう。

 お母さんは糸紡ぎも上手い。ペダルを踏んで糸車を動かすのに慣れたら、あっという間に糸を紡ぎ始めた。


「すごい、これは楽だわ」


 お母さんは少し糸紡ぎをした後、手を止めた。


「リディアは細い糸が欲しかったのよね。ちょっと試してみる」


「うん、お願い!」


 勢いよくペダルが踏まれて、糸車がぐんぐん回った。

 糸巻きは激しく回る。

 お母さんの手元でごく少量ずつの羊毛が引き出されていく。あれだけ少ない量をむらなくコンスタントに繰り出すのは、私ではまだ無理だ。

 糸巻きにはみるみるうちに糸が巻かれていった。

 それも今までにないほど細い糸が……。


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