12:絹織物
フルウィウスの店は大通りに面した建物の一階に入っていた。
かなり良い立地で、仕立て業者や身なりのいいお客などが出入りしている。
「これはティトス坊ちゃま。いらっしゃいませ」
ティトスが店に入ると、すぐに店員が話しかけてきた。
「絹を見たい。薄手の透けるようなやつ、何種類か出してくれ」
「かしこまりました。こちらのお部屋へどうぞ」
さすが店主の息子、VIP待遇で小部屋に通された。
すぐに店員が箱を抱えてやってくる。開いてみると、色とりどりの絹が入っていた。
「……わぁ!」
その美しさに私は思わず声を上げる。
そっと目の前に持ち上げてみれば、向こう側にいるティトスが見えるほどに薄い。
すごい、これぞ私の求めていたもの。お値段確認しなきゃ。
と、その前に。
「繊維鑑定」
『絹糸の織物。織物スキルを持つ職人の手で織られた高品質な布。
原料の絹糸はアウザリア国の野蚕種の繭糸。アウザリアにて収穫、加工された』
「野蚕……?」
絹といえば桑の葉を食べるお蚕様だと思っていた私は、聞き慣れない言葉に首を傾げた。
と、同時に。
どこかの林の中、木のうろにイモムシと繭がいくつかいる映像が脳裏に流れた。
繭は誰かがやって来て持って行く。
お湯に入れられて繭の糸が引き出され、何本か撚り合わされて生糸になった。
繊細な生糸は織り機にかけられて絹織物へと織られていく。
どうやら野蚕とは屋外で放し飼いにされている蚕のようだ。
それにてっきり中国みたいな東国で作られているのかと思ったが、アウザリアとな。
アウザリアはアルシャク朝に隣接する東方の国で、遠いといえば遠いがシルクロードをはるばると~というほどではない。
蚕の養殖は案外いろんなところで行われているみたい。
「あの、私、繊維鑑定スキルがあるんですけど。この絹を鑑定したらアウザリア産と出ました。あの辺りでも絹が作られているんですね」
私の問いかけに店員は困ったような笑みを浮かべた。
「おや、それはアウザリア産でしたか。東方の国のものとして仕入れましたが、国名まではっきり分からず」
「え、そうなんですか」
今度はティトスが答えてくれた。
「絹は分からないことが多い布なんだ。アウザリアやアルシャク周辺、それにもっと東方のシン国が原産だけど、絹の作り方は外部の人に教えてもらえなくて」
蚕の繭から糸を取ること自体、あまり知られていないようだ。
前世のようにテレビがあるわけじゃなし、遠い異国の産業の情報なんてあまり入ってこないのかもね。
あと中国っぽい国が出てきたぞ。
「シン国の絹はここにないの?」
「あるけど、すごく高価だよ。金貨三枚の資金だとハンカチ一枚買えるかどうか」
「ひぇ」
あまりのお値段に私は怯んだが、ちょっと頑張って言ってみた。
「見るだけ見たい。鑑定したい」
「うん、そうだよね。……持ってきてくれ」
「はい、ただいま」
そうして見せてもらった絹は、先ほどのものより一段と艶が良かった。
透けるほど薄いのは同じ。だけど明らかに輝きが違う。
手触りもなめらかでいつまでも触っていたくなる。うっとりしてしまったが、金額を思い出して現実に引き戻された。
緊張しながら繊維鑑定をしてみると。
『絹糸の織物。織物スキルを持つ職人の手で織られた高品質な布。
原料の絹糸はシン国の家蚕種の繭糸。シンにて収穫、加工された』
今度は家蚕と出た。
屋内の箱で飼われて葉っぱをかじっている蚕の映像が流れる。
繭になった蚕は一つずつ小さな箱に入れられて、やがて収穫されて生糸になる。
織り機は前世の昔話に出てくるものにちょっと似ている。絹織物に関してはシン国が一歩先を行っているみたいだ。
たぶん野蚕に対して家蚕は、室内で養殖されている種類って意味だと思う。
超高価なシン国の絹はさっさと箱に戻されて、店員が持ち去ってしまった。
汚い子ども(私)に触られて、汚されてはかなわないと思ったのだろう。
「はぁ。やっぱり絹はいいなぁ」
残されたアウザリアの絹をもう一度手に取る。
「店員さん。この布を一メトル(メートル)ならおいくらですか」
戻ってきた店員に値段を聞くと。
「金貨二枚ですね」
「げほっ」
見事に資金の大半を言い渡されて、撃沈した。
一メトルだけじゃ服は作れない。もっと安い種類の布を組み合わせるにしても、布代だけで資金が尽きそうだ。
「もっと安くならないのか?」
ティトスが値段交渉を始めた。
「ティトス坊っちゃんのお言葉でも、金貨一枚半が限界です」
それなりに安くなったが、それでもまだ手が出る値段ではなかった。
「ごめんなさい。帰ります……」
私はがっくりと肩を落として、しおしおと店を出る羽目になったのだった。
「絹は高かった……」
しょんぼりしながら歩く私に、ティトスが何か言おうとしては首を振っている。
励まそうとする気配を感じるから、いい言葉が思い浮かばないんだろう。
「リディア、違う布でいい服は作れそう?」
「んー。今日見た中だと、お母さんの薄手の毛織物が一番イメージに近いかな。でも、もう一押しほしいんだよねえ」
絹ほどではないが、お母さんの布も薄手でしなやかだった。
あれをもう一歩改良すればいいものになりそうだ。
だけど布を改良するなんて、どうやって?
「糸から作るしかない。もっと言うなら、糸紡ぎの道具から」
薄い布は細い糸で織らないといけない。
絹がしなやかで薄いのは、元の糸がとても細いからだ。
けど、羊毛工房にある糸は一番細くてあれだった。
糸紡ぎは熟練の要る仕事で、工房でも慣れた人がやっている。
未熟な私がもっと細い糸を作るなら、このままじゃ駄目なのだ。
「糸紡ぎの道具って。昔からあるスピンドルじゃいけないの?」
ティトスが戸惑っている。
「うん、あれじゃいろいろ不満があるんだ。私みたいな子どもでも細い糸を紡げるように、工夫してみる」
「そんなことできるの?」
「やってみる。服作りは遅くなっちゃうけど、必ずやり遂げるから」
頭の中で糸紡ぎの道具を考えながら、私は大通りを歩いていった。




